第12話 祝福と通行証
試験が終わって間もなく、
審議室ではすでに結果についての議論が始まっていた。
重厚な扉の内側。
円卓を囲むのは、
剣戟・学問・神倣術、それぞれを専門とする試験官たち。
「セレナ、ミレイユ、ライアンの三名は――」
書類に目を落とした試験官が淡々と言う。
「余裕で合格ラインを超えているな」
「ライアンは学問が、正直ギリギリだが」
別の試験官が肩をすくめる。
「だが、あの剣戟は評価せざるを得ない」
「獣人でも、あそこまで荒々しく、なおかつ制御された剣は振れん」
異論は、ほとんど出なかった。
話題は、自然と次に移る。
「……問題は」
一拍。
「ノアだな」
空気が、わずかに重くなる。
「失格でいいんじゃないか?」
と、即座に言い切る者がいた。
「いや、待て」
「筆記は、セレナとミレイユに次いで三位だ」
「学問の素養は、明らかにある」
「それに、セレナとの試合だ」
「見ただろう? あれは只者じゃない」
「だが――」
声が低くなる。
「なんだ、あの神倣術は」
「聞いたことがない」
「体系にも、系譜にも、当てはまらん」
「危険因子だ」
「管理できる保証がない」
別の試験官が、言葉を継ぐ。
「数年前……最後の吸血鬼が逃げただろう」
「もしかすると、あれかもしれん」
一瞬、沈黙。
「……逃げたなら、もっと遠くに行くはずだ」
「なぜ、こんな王都の学園に来る?」
「目立ちすぎる」
「合理的じゃない」
意見は、賛否に割れた。
剣戟。
学問。
危険性。
可能性。
どれを取るかで、結論は変わる。
やがて、
自然と視線が集まった。
円卓の奥。
背もたれの高い椅子に、
静かに座る一人の男。
エドワルド。
王立学園を、
何年にもわたって束ねてきた学園長。
生まれは侯爵家。
血筋も、立場も、
この場で最も高貴な者。
彼は、しばらく黙っていた。
全てを聞き、
全てを飲み込んだ上で、
ようやく口を開く。
「……合格で、いいんじゃないかな」
あまりにも、あっさりとした一言。
「ですが!」
すぐに異議が上がる。
「危険性が――」
「前例が――」
そのとき。
重い扉が、
ゆっくりと開いた。
軋む音。
全員が、振り向く。
そこに立っていたのは、
白髪混じりの、糸目の男だった。
柔らかな笑み。
だが、
その存在感だけで、場が静まる。
「……私も」
男は、穏やかに言った。
「合格でいいと思いますよ」
「なっ……!」
誰かが、息を呑む。
「ヴィザ様……!」
今代の太陽の剣の使い手。
太陽の化身と呼ばれる存在。
「何かあれば」
「私が、いますし」
それだけだった。
だが――
それで十分だった。
エドワルドは、
小さく頷く。
太陽の剣と、
学園長。
二人の意見が一致した以上、
議論は、終わる。
異論は、
もう出なかった。
「では……」
「ノア・グラムは、合格とする」
書類に、
決定の印が押される。
乾いた音。
「後は、本人に結果を伝えるだけだな」
その場にいた誰もが、
まだ完全には理解していなかった。
今、何を選んだのかを。
それが、
学園にとっての未来なのか、
それとも――
青の時代に差し込む、夜なのかを。
ただ一つ確かなのは。
この時、
王立学園は――
危険だと分かっているものを、迎え入れた。
その責任を、
誰が取ることになるのか。
それは、
まだ語られないまま、
扉の向こうに置かれた。
王立学園 入学試験結果通知
ノア・グラム殿
この度実施された
王立学園入学試験(筆記・剣戟)において、
貴殿の成績を厳正に審査した結果、
合格と判定したことを、ここに通知する。
貴殿は、
学問分野において優れた理解力と記述力を示し、
実技試験においても、
極めて高い適応力と判断力を確認した。
なお、
王立学園は教育機関であると同時に、
人類の未来を担う人材を管理・育成する場である。
在学中は、
学園の規律および指導に従い、
その能力を適切に用いることを求める。
入学手続きおよび初期配属に関する詳細は、
別途通達する。
本学園における貴殿の学びが、
人類に資するものであることを期待する。
王立学園 学園長
エドワルド・ハイリヒト
「あんた、やったじゃないの!」
女は、合格通知を握ったまま、
年甲斐もなく飛び跳ねていた。
「ほら、ちゃんと書いてあるよ」
「合格、だって!」
皺だらけの顔が、
くしゃっと崩れる。
まるで、
自分のことのように――
いや、
それ以上に嬉しそうだった。
「よかったねぇ」
「ほんとに、よかった」
ノアは、
その様子を静かに見ていた。
「あぁ」
短く、
それだけ返す。
女は気にしない。
机の上に通知を置き、
「今日はご馳走だね」と
もう次のことを考えている。
その背中を見ながら、
ノアは、胸の奥を探る。
――忘れていない。
忘れるはずがない。
あの日。
処刑台の上。
罵声と石。
憎悪と歓声。
そして――
自分の口から、
確かに放った言葉。
「お前ら全員、殺してやる」
あれは、
虚勢じゃない。
絶望でもない。
誓いだ。
だが今。
目の前にいるこの女は、
その誓いの外にいる。
血も、
王も、
夜の国も、
何も知らないまま。
ただ、
「よかったね」と言って笑う。
ノアは、
拳を、ゆっくりと握る。
――全部は、殺さない。
――でも、忘れない。
太陽の下で笑う者たちを。
夜を踏みにじった歴史を。
そして、
この温もりを与えてしまった自分自身を。
合格通知は、
机の上で、
静かに光を反射している。
それは、
未来への切符であり、
復讐への通行証でもあった。
女は、
背を向けたまま言う。
「ちゃんと、帰ってきなさいよ」
「学園に行っても、ここは家なんだから」
ノアは、
その言葉を、
胸の奥にしまった。
「あぁ」
もう一度だけ、
そう答える。
祝福と、
呪い。
その両方を抱えて、
ノアは歩き出す準備をしていた。
――夜は、
まだ終わっていない。




