後編 (完)
一年に一度の豊穣祭。豊穣の女神を讃える祭りかというと、違う。
民衆は、作物を捧げ、神に感謝する。すべての神に。
リネは、儀式の祭壇が組まれていくのを見守っていた。祭壇を組むことを許されているのは、もっと高位の神官と巫女だ。
歌い、踊る民衆の声。
「神に感謝を!」
讃えるそれは夕方に近づくにつれてどんどん増していく。
そして、夕日が水平線に差し掛かる時、民衆に熱気は最高に達する。
刻限、場の雰囲気が変わった。
夕日を背負い、最高神ルゥが顕現する。高く積み上がった儀式台のその遥かてっぺんに。
リネは片時も目を離さず、それを見ていた。
神官が感謝を告げる声が遠くの世界の出来事のようだった。
リネは、ルゥを視界に映し続ける。どうしてか、胸がひどく傷んだ。
昨日、つい昨日隣で笑っていたルゥが、遥か遠くにいる。
これが、本来の距離。
知っていたはずなのに。
つんと鼻の奥が痛む。
「……ルゥ様」
それは無意識だった。リネの唇からその言葉が出た瞬間、ルゥの瞳が、リネをとらえた。
リネは目を逸らさず、見つめ返す。それが応えかのように。
ふと、ルゥは微笑んだ。
刹那、リネの心臓が、どくりと音を立てる。
……繋がっていく。
遥か彼方にいるルゥと。
リネはもう、寂しくなかった。
リネは、後片付けをしていた。
祭りの余韻がまだ胸に残っている。
解体された祭壇に寂しさを感じるが、ルゥとの距離が壊されてしまってほっとしていた。
「巫女……失格ね」
呟いたその時、
「リネ」
背後に気配が落ちた。
リネは振り返る。
「ルゥ様……」
呼んでしまってから、唇を押さえる。
ルゥはその手をそっと引き剥がした。
「呼んで、リネ」
「……ルゥ様」
本当はずっと呼びたかった。リネは胸がいっぱいで唇が震えた。
ルゥはそっとリネを抱きしめた。
「わかってる? もう逃げられない」
「ええ、はい。……逃げません」
リネは前よりもずっと、ルゥを近くに感じた。繋がっている。存在が、溶け合っているかのような、不思議な感覚。
リネが不思議そうにしていると、ルゥは言った。
「君を、私の眷属にした。君は……人間じゃない。半神だ」
え、と唇をかたどったまま、理解する。不思議と、意外だとは思わなかった。
「私を、儚いもののまま見送りたくなかったと、そう信じても、いいですか?」
抱きしめられる腕の力が強まる。
「信じていい。
……信じてほしい」
苦しげな囁き、全能の神とは思えないくらい。
リネは微笑んだ。
ゆっくりとルゥに腕をまわす。
抱きしめられた、ルゥの身体が、震えた。
「私……幸せです」
ルゥは、堪えきれないと顔を歪めた。
とても、人間らしい、仕草だった。




