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6話
茶室「清風庵」は、等々力不動の裏手にひっそりと佇んでいた。
苔むした石段を上がると、障子越しに柔らかな光が差していた。
木漏れ日だった。
器の縁に落ちる光にも、裂地の模様にも、似ていた。
青井は、少し早めに着いていた。
陶子が現れたとき、二人は言葉を交わさず、ただ一礼した。
それだけで、十分だった。
茶室の中は、炉が切られ、湯が静かに沸いていた。
主人の所作は丁寧で、無駄がなく、裂地の袱紗が淡く揺れるたびに、空気が整っていくようだった。
青井は、志野の茶碗を見つめていた。
陶子は、掛け軸の「無事」の文字に目を留めていた。
茶が点てられ、器が回され、裂地が折りたたまれ、時間がゆっくりと流れていく。
二人は、ただその流れの中に身を置いていた。
語らず、ただそこにいた。
茶室を出ると、渓谷の風が少し強くなっていた。
落ち葉が舞い、空が広がっていた。
青井と陶子は、等々力不動の石段を並んで降りた。
言葉はなかった。
けれど、歩調は自然に揃っていた。
その日、ふたりは静寂を分かち合った。
それだけで、十分だった。




