4話
光書房は、団地の三階にあった。
エレベーターはなく、階段を上がると、静かな廊下に出る。
陶子は、封筒に入った図録を抱えて、青井の部屋の前に立った。
郵便受けには、小さな紙が貼られていた。
「光書房」とだけ書かれている。
チャイムを鳴らすと、少しして扉が開いた。
青井は、想像より若かった。
けれど、声は低く、所作は静かだった。
「どうぞ」
それだけ言って、青井は部屋の奥へと歩いた。
陶子は靴を脱ぎ、そっと入った。
部屋には、本棚が三つ。
器の本、茶道具の本、裂地の図録。
棚の端には、信楽焼の小皿が一枚、何も乗せずに置かれていた。
「この小皿、前にも見ました。写真で」
「ええ。使ってないけど、置いてます」
青井は、湯を沸かしていた。
湯気が立ち上り、部屋の空気が少しだけ柔らかくなる。
「煎茶でよければ」
「ありがとうございます」
器は、白い湯呑みだった。
縁に小さな欠けがあり、そこに光が落ちていた。
陶子は、茶を受け取り、黙って一口飲んだ。
「裂地の本、ありがとうございました。間道の模様、祖母の帯に似てました」
「そうですか。裂は、記憶を包むものかもしれませんね」
それ以上、言葉はなかった。
けれど、沈黙は居心地が悪くなかった。
器と裂地の話は、語らなくても、少しずつ伝わっていた。
帰り際、陶子はふと尋ねた。
「茶会って、行かれますか?」
青井は、少し考えてから答えた。
「年に一度だけ、等々力不動の裏にある茶室で。静かで、いい場所です」
「今度、ご一緒してもいいですか?」
青井は、頷いた。
「ええ。静かなところです」
陶子は、軽く頭を下げて、部屋を出た。
階段を降りると、渓谷の風が吹いていた。
木々の間から差す光が、足元に模様を描いていた。
それは、裂地のようだった。
そして、器の縁に落ちる光にも、少し似ていた。




