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簡単な話




 その後の事を話そう。

 

 【淵樹の密林:第2階層】で宴をしていたモンスター達との戦闘後、俺は茫然自失の状態に陥ってしまった。

 今まで倒してきたモンスターがちゃんと生きていた……『感情』を感じ『意思』を持ってちゃんと『生活』していたと知ってしまい、今まで自分がして来た事への罪の意識に苛まれてしまった。


 言わば遊び半分で生き物を殺すような事をしていた自覚により、俺の戦う意思、ダンジョンから脱出する意思が無くなってしまった。


 半ば無意識に、地面に落ちていたドロップアイテムをかき集め、ふらふらと石レンガへの拠点へ帰った俺は、部屋の片隅に蹲る事になる。


 ここに来て『生き物を殺す』という行為の意味を本当の意味で思い知り、打ちひしがれ自問自答を繰り返す。


 自分がして来た事。これから先同じ事をしないといけない事。果たしてそれがして良い事なのか。自分はそれが出来るのか。


 トンボと戦ったり、宴をしていたモンスター達に飛び込んだりとやや無茶とも言える行動をした結果、重度の筋肉痛に襲われ動けない事もあり、否応にも何度度も何度も同じ事を繰り返し考えてしまう。


 幸いと言うべきか。俺はこのダンジョンで目覚めてからまだ2日しか経っていなかった。故に自分が重ねてきた罪の量はそう多くは無く、一度本気で自分の命で償おうと考えた時もあった。


 だが俺に自分で自分を殺せるような度胸など無く、槍の穂先を自分に向けるだけで、情けなくも「死にたくない……」と槍を落とし、泣きながら蹲る。


 情けない、根性無し、怖がり……などなど、思いつく限りの自虐が浮かんでは消え、浮かんでは消える。


 地べたに這いつくばり、自分への失意に涙を流し……最後には思考すら放棄して、ただ一点を見つめるだけの生きた骸と化す。


 何度か泣き疲れ寝落ちする事もあったが……毎度、傷だらけで血を流す無数の子猿が、同胞の亡骸に縋り、俺の事を恐怖の目で、憎悪の目で見つめてくるという夢を見てしまい、まともに寝る事も出来なかった。


 そんな事を……時計が無いのでどれだけしていたかは分からなかったが、空腹の限界が来るまで続けていた。


 あんなにも動きたくなかったのに、空腹に耐えられず食料を求め動き出す自分を、どれだけ情けないと思った事か。


 それでも俺の意思とは関係無く、体は生命活動を止めることは無い。そう……体は、本能は、生きたいと雄弁に語っていた。

 何を見て、何を感じ、何を思ったとしても、俺の体は勝手に俺の事を生かそうとする。


 俺の根底に『生きたいという欲望』がある事に気づいた俺は、更に涙を流しつつも、ご飯を貪り、ベッドで寝る。

 どんなに吐き気がしても、どんな悪夢を見たとしても、生命活動に必要であれば、受け入れなければならない。


 生きたい。


 ただそれだけを思う事で、俺は立ち直る事が出来た。


 これから先も生き物を殺すだろう。もしかしたら今以上に辛い思いをする時もあるかも知れない。

 だがそれを受け入れ、乗り越えて生きるという『覚悟』が出来た。


 そして俺は俺に縋るのを辞めた。正確には『記憶を失う前の俺』に縋るのを辞めた。いつか記憶が戻るんじゃないか、なんて期待するのも辞めた。


 この『選定の狭間のダンジョン』に来てからの全ては、『今の俺』が感じて考えたものだ。

 生物を殺した時に手に伝わってくる不快な感触も血の匂いも、『殺し』への忌避感も罪悪感も、この苦悩も覚悟も……全て『今の俺』が感じてきたもの。

 断じて『記憶を失う前の俺』のものではなく……決して『前の俺』と『今の俺』は同一な存在でない。同一であってたまるか。

 

 残った記憶は記録として、知識として……今の俺は名前すら無い『白紙の俺』として歩んでいくと、そう決めた。





 だがいくら覚悟を決めたとはいえ、すぐさま受け入れられないというもの、現実だった。

 

「……」


 筋肉痛も治り、体調もしっかりと休んで治した。ここ数日ただ寝ているだけだったのはもう辞めると、ダンジョンへの探索の準備を進める。


 いつものように革の胸当てとベルトを装備して、飲み物を買う。

 あとは鉄の戦槍を持って、探索に出るだけという所で……槍を持つ手が震えてしまう。


「ふぅー……」


 口では覚悟を決めたと言っても、こうして武器を……命を奪う道具を持つと、あの嫌な記憶がフラッシュバックし、恐怖が込み上げてくる。


 だがそんな自分を情けないとは思わない。俺は自分がどうしようもなく弱い事をつい最近思い知ったばっかなのだから。


「行ける、大丈夫、俺は……やれる」


 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。

 どんな事でも受け入れる、乗り越えると決めたんだ。


「自分を、信じろ」


 俺が俺を信じれなくてどうする。俺だけしか居ないこの空間で、俺を肯定出来るのはただ1人。


「よし……」


 槍を持つ手の震えが治まりはしなかった。だがそれで良い。それで良いんだ、とダンジョンの探索を始める為に掲示板の前まで歩く。


 【淵樹の密林:第2階層】と書かれた看板を見つけて……深く息を吐いた後、俺は意を決してその文字に触れる。


 たった2階層目でありながら、1度俺の心を折った場所。

 そんな場所にリベンジを決め込もうとして……入口から見える目の前の景色に、その意思をくじかれた。


 ダンジョンの階層が見て恐怖を感じ、やっぱり俺には無理だ……と諦めた訳では無い。


「……はは」


 むしろその逆だった。良い意味で、今までの俺の苦悩や葛藤が吹き飛ばされてしまったのだ。


 ダンジョンの地形が変わっている。


 第2階層の入口からすぐ横に小川が流れていた。もちろん、俺が初めてこの【淵樹の密林】の第2階層に訪れた時はこんな地形はしてなかった。見落とすはずがない。


 この景色を見た瞬間、ついさっきまで感じていた恐怖と葛藤を忘れ、『何故?』という疑問が頭に埋め尽くされた。


 ダンジョンの地形が違う。何かの変化の条件があるのか。俺が今までしてきた行動の中で、トリガーになるような事はしていない。なら俺の行動は関係無い可能性が高い?……他に条件があるとすればそれは何か……時間?

 俺がダンジョンに来てから数日が経った。何も考えずに居た時があったせいで詳しい日数は分からない。

 けれど空腹の限界が来て動いた考えれば、長くて2日。

 そう過程すると俺がダンジョンで過ごした日数は今日で5日目……


「……あは、あっははは!」

 

 目の前の出来事への考察で頭が占領され、気付けばすっかり手の震えが無くなっていた。


「あーあ……結構なシリアスシーンしてたと思うんだけどなぁ」


 もちろん『もちろん何があっても生きる』という覚悟に変わりは無い。

 けれども、たかがダンジョンの地形が変わっただけ……そんなちっぽけな出来事への興味が。

 こんな事もダンジョンにら起きるんだ、という発見が。


 なによりも俺を奮い立たせてしまった。


「俺の考えすぎだったって事かなあ」


 いやそれは急いた結論か。俺にとってあの挫折は成長を及ぼした重要なことだ。

 俺が人生で感じた……といっても今の俺の人生は数日しか経ってないが……最大の悩みだった事に間違い無い。


「でも……こんな簡単な事でやる気出ちゃったんだよな」


 俺って単純だなと苦笑しがら、ダンジョンへと足を踏み入れる。

 まだモンスターと戦うと考えれば、若干の恐怖が湧き上がってくる。

 けれどもダンジョンには未だ俺の知らない未知があると考えれば、どうにか乗り越えられそうではあった。


「あはは、面白いなぁ……」

 

 これからもこんな事が起きる。

 俺がモンスターとの命の奪い合いをする事への向き合い方を悩んだ結果、『生きる』という覚悟を決める事が出来たような。

 ダンジョンで起きたたった一つの出来事で、救われてしまうような、そんな出来事を繰り返し経験していくんだろうなと、そんな予感を感じる。


 多分だけど、それが人生と言うやつなんだろう。



 

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