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強敵




 ぐったりとして動かなくなった子猿を見下ろしていると、子猿の体は風船のように膨れ上がり爆散して消える。


「……手、痛いな」


 子猿を殴り殺した時に手首を若干痛めてしまった。

 それに、殴った時の感触がへばりつくように手に残っていてなかなかに不快だ。肉をひしゃげる感覚、骨を砕く感覚……子猿の目には最後まで俺への敵意が浮かんでいた。

 これが敵意ではなく、死への恐怖や俺への怯えの感情だったなら、俺は吐いていた自信があった。


「開幕からこんな感情を味わうとは……」


 なんだっけな、こういうのを『ネガティブ』って言うんだったっけな。

 嫌な気分を味わいながら、回復ポーションを唇を濡らす程度に飲む。本当に微量だがそれでも効果を発揮し、手首の痛みがだんだんと引いていく。


「よっ、と」


 子猿のドロップを回収し、淵樹に穂先が刺さったままの鉄の戦槍を回収する。

 軽く槍を振って、手首の調子を確かめて問題無さそうなことを確認し、探索を再開する。


「切り替えていこう」


 今日の探索は本当に始まったばっかだ。数分しか経ってない。

 子猿……生きたモンスターを殴り殺したので気分が悪くなった、程度で休むなんて甘えたことはしてられない。


 肩に担いだ戦槍の重さを感じながら、淵樹の密林の中を歩いていく。




 探索を進めて分かった事は流石レア度がレアの武器、流石約7シルバーコインの武器といった所か。

 鉄の戦槍の攻撃力の高さは、最序盤に来るこの【淵樹の密林:第1階層】では過剰も過剰だった。


 昨日の探索では、モンスターを倒すのに木剣をほぼ全力で振って、瀕死にするか、当たり所が良くて一撃か……そんな程度だった。


「ふんっ!」


 もちろん木剣よりちゃんとした刃が付いてる分、こちらの方が殺傷能力は高いのは当たり前だけども、この槍をちゃんと扱えてるとは言えない状況。

 そんな中、鉄の戦槍は穂先を相手に当てるだけで、敵が死んでいく。


「これでレアなのか……もっと上の武器はどうなるんだ?」


 まだ目玉商品で見たものでレア度の最大はレアである。だが俺の直感が、というか多分記憶の忘れている部分から、もっと上があると囁いてくる。

 そう考えると、まだまだ知らない世界や領域があることが、とても楽しみになってきた。


「それに……」


 ついさっき、毒へビの頭を切り落とした鉄の戦槍を持つ手を見下ろす。

 ゲーム、というものはよく覚えてないが、今俺の置かれている状況がそれと似たような状況であることは分かっている。

 そう考えると、この世界にも『経験値』のようなものがこの世界にもあるんじゃないかと感じる。


 虫食い状態の記憶。それにかろうじて残っていた『経験値』『レベルアップ』『ステータス』といったゲームの知識。

 いや、残っていたというよりは自分がそれに該当する事柄を経験して、思い出したと言うべきか。


 どうにも、身体能力が上がっている気がする。


「槍がちょっと軽いんだよなぁ……」


 モンスターとの戦闘を重ねていくたびに、明らかに初めて鉄の戦槍を使った時よりも、余裕を感じるようになってきていた。

 もちろんまだまだ槍は重く、振り回すなんてことは出来ないが……『突く』程度の動作なら、そこまで力まなくても攻撃に値するような威力を繰り出すことが出来るようになった。


「ふっ!」


 槍を素振りするように、何もいない空間に刺突する。

 今まではしっかり足で地面を踏みしめ、腰を捻り、両手で槍を落とさない様にしっかり掴んでないと、重さに振り回されて、戦いにならなかった。

 そこまでしないと子猿には避けられるし、毒ヘビには先に攻撃されてしまう。


「せいっ!」


 だが今は腕力だけでも刺突を繰り出せる。今までよりも遥かに攻撃するまでの合間が早くなった。


 普通だと1日2日程度で身体能力が上がる事はありえない。特に筋トレなど、力が上がるように鍛えてないなど無いと言うのに。


「モンスターを倒す……経験値を入手する」


 そしてレベルアップして、ステータスが上昇する。

 この一連の流れが起きていないと説明出来ないほど、身体能力が変わっている。


「……なんだろうなぁ、この」


 ダンジョンを進む為に色々お膳立てされている感じ。

 確かに俺はただの高校生だったらしいから、突然モンスターみたいな怪物と戦ってくださいって言われても限度があるし、道具も持ってない。

 それを、モンスターと戦っていくと身体能力が上がっていきますよ。道具も目玉商品として売りに出しているので、それを買ってね。だから、ダンジョン攻略頑張って……と言われている気分だ。


「ダンジョンに閉じ込めておきながら……ダンジョンを攻略して欲しそうにしてる」


 ……忘れていたが、ここは『選定の狭間のダンジョン』って名前だったな。

 何を選定しようとしてるんだろうか。その選定の基準は一体何?……なぜ俺をここに呼んだ?


「……分からないな。」


 今の俺にはダンジョンを攻略していくしかない。それ以外に選択肢は無いけど……他の選択肢が現れた時、俺はそれを選ぶんだろうか……


「……真面目な話はもうやめよう」


 頭から煙が出そうだ。それに探索中に考えることでもなかったか。


【淵樹の密林】の構造が昨日と同じなら……もちろん昨日のこの鉄の戦槍が入っていた宝箱の守護者であるトンボもいる訳で。


 ブンブンと不愉快な羽音が聞こえ振り返る。

 昨日最後に見た……毒ヘビの毒液にやられて、顔と羽の一部と長い胴体の半分程が溶け爛れていたトンボが飛んでいた。


 「思ってたより、早い再開だったな」


 今居る場所は宝箱があったところから離れてるけど。宝箱が無くなったから、もう一つの場所に留まる必要もなくなったってことか?


 「……」


 トンボの眼が緑から赤に染まり、羽の羽ばたく速さが早くなっていく……昨日も見た臨戦態勢だ。

 俺も槍を構えて戦いに備える。


「ちょっと考えてたんだ。お前を倒さずに第2階層に行けるのかって」


 このトンボは宝箱のことも相まってとても強く印象に残っていた。

 子猿の体を真っ二つにするほど切れ味の高い羽の刃。直角に曲がることも出来るその俊敏性。

 今の俺が通用するかどうかは分からないが、トンボもトンボで負傷している。


「挑戦してみるには……ちょうどいい!」


 俺は今出来る最大限の踏み込みをして、槍を突き出す。

 自分では渾身の一撃だったと思ったが、トンボにはいとも簡単に避けられてしまった。

 すぐさまトンボは無傷の羽で俺を攻撃しようと、向かってくる。


「あ……っぶね」


 横に倒れるように地面を転がって羽を避けるが、コンマ数秒でも遅かったら攻撃を喰らっていた。

 一旦仕切り直すように、俺とトンボに距離が生まれる。それがちょっとありがたかった。


「(……相性最悪じゃないか?今の俺はどうしても槍の重量的に、一撃一撃が遅くなってしまう。その分攻撃力は高いと思ってるけど)」


 相手の方が機動力が圧倒的に上。それにトンボの羽を喰らったら最後、致命傷になり得る。

 トンボの羽の一部が、毒ヘビによって使い物にならなくなっているのが不幸中の幸いか。


 ごくり、と唾を飲み込む。


 トンボを倒すには、何か……一手でも、相手を上回る要素が必要だ。


「さて、どうするか……」


 相打ち覚悟でも、トンボは倒せるだろう。でも出来ればそんなことはしたくない。

 勝つために何が出来るかを必死に考えながら、トンボとの紙一重の攻防を繰り返していく。


 槍を振るい、避けられてはトンボの攻撃を命からがら回避する。

 トンボの羽に槍を合わせてなんとか防御して、少しでもダメージを与えようとトンボに蹴りを出す。

 

 鉄の戦槍でトンボの攻撃を受けれたのは良かった。消耗も少なそうだし、トンボの攻撃に対する対処の手札が増えたのは嬉しい。

 けど槍を防御に使ってしまうと、俺の攻撃の威力が激減してしまう。


 「……盾があったらなぁ」

 

 盾で防御して槍で攻撃する。堅実な戦い方だが、俺の求める理想だということが、トンボと戦っていて浮彫になってきた。


 自由に戦えないという鬱憤が貯まりつつも、なんとか隙を見て槍で攻撃する。崖っぷちの戦いだが、それも長く続かない事は分かっている。


 何か。何か無いか……!


「い”っ……!」


 ギリギリ避け蹴れず、トンボに羽に頬をすっぱりと切られてしまった。

 顔に走る激痛に顔を顰める。そろそろ限界が近い。


「はぁ、はぁ」


 息も切れてきた。それに少しでも違えば待っているのは『死』だということが、頬の傷ではっきりと感じてしまった。

 恐怖で体が竦む。


「……ハハ」


 そんな中、漏れてきたのは小さな笑いだった。

 

 怖い。当たり前だ、だって死にかけているんだから。でも……はっきりと感じているその死への恐怖が少し面白かった。

 なんでかな。今感じている生への渇望が記憶を失う前も、あとも感じたことの無い感情だから、新鮮なのかな。

 

 ここまで戦ってるって感じも、初めてだもんな。


「ウキッ!?」


 そんなこと考えて戦っている間に、少しずつ移動していたらしい。すぐ近くの淵樹の根本で子猿がキイチゴの実を食べて休んでいた。


 その子猿が逃げ出す前に、と俺は走り出す。

 使えるものはなんでも使わなければ、トンボには勝てない。まだまだ俺は弱い。当たり前だろう……なにせ昨日で戦いに身を置くのが初なんだから。


「ウギ」


 子猿の顔を引っ掴み、トンボに向けてぶん投げる。ついでに落ちていた小石も、ポーチに入っていた水のペットボトルも投げながら、全力でトンボとの距離を詰めていく。


「……!」


 トンボは毒ヘビとの戦闘で羽が一部使い物になっていない。

 今まで戦っていてトンボが攻撃として使っていたのは羽の片方だけだったのに気付いてた。


 だから子猿、小石、ペットボトルの3つの投擲物への対処で、片方しか残ってない羽を使わせたい。投擲物への対処でトンボが精一杯になってくれたら、俺の攻撃もトンボに通るんじゃないか。


 トンボがまず子猿を羽で切り裂くついでに小石を避けた。なんにも、役に立たない。

 このまま行けばペットボトルも俺も簡単に対処されてしまうだろう。せっかくのチャンスを活かせない。

 

「……あ」


 そこでふと、もっとトンボにたたみかけて負荷をかけられる方法を思いつくことが出来た。


「と、どけぇぇ!」


 走りながらペットボトルに向けて槍を突き出し……ギリギリ届いた槍の穂先がペットボトルの一部に切り込みを入れた。

 

「……!?」


 途端に水があふれ出し、空中に広がる。トンボの動きが、広がった水の対処で一瞬止まった。

 その停止の隙に、俺は引き戻していた鉄の戦槍を再度、思い切り突き出していた。


 「……!」


 鉄の戦槍の穂先がトンボの頭部に突き刺さり、そしてそのまま進み胴体を切り裂いていく。


「はぁ、はぁ……倒した?」


 カランカラン、と槍が地面に転がる。疲れすぎて槍を持ってることすら出来なかった。

 手を膝に着いて、なんとか立ってられる。、その状態で後ろを振り返ると、トンボの身体が爆散していくところだった。小さな布袋が地面に落ちていく。


 トンボの不快な羽音が消え、静かになった空間には俺の呼吸の音しか響いていなかった。


「た、倒したぁぁぁぁぁあああ……」


 疲れで地面に倒れこみ、頬の痛みを感じながらも俺は勝鬨を上げて喜びをあらわにする。



 

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