油断は禁物、焦りも禁物
昨日は色々あったから、精神的にも肉体的にも疲れていたのか、ベッドに入ったらすぐに寝付くことが出来た。
「んんー……よく寝た」
凝り固まった体を伸びをして解す。
ふと、時間に追われないで好きなだけ寝れるって最高、という考えが無意識に頭を過ぎった。
記憶を失う前の俺は忙しくしてたんだろうか……今となっては分からない。
「……さて、今日の目玉商品は何が売ってるのか」
無駄な思考を振り払い、干してあった服を着て売店に向かう。
まだここに来て2日目だが、相変わらず閑散とした売店だなと感じつつ、目玉商品が置かれている祭壇に目を向ける。
その中でも気になったのは1つ。
「包帯……?」
『小さな包帯束』
レア度:コモン 値段:85 カッパーコイン
[布を裂いて作られた簡素な包帯。切り傷や擦り傷を軽く覆う程度の効果しかない。]
「こういう消耗品も売られることあるんだ」
大体武器や防具……あとアクセサリー系のものしか目玉商品商品として売られないと思ってたけど、俺の思い込みだったらしい。
「一応買っとこうかな……?」
今現金として持っているのはシルバーコイン2枚とちょっとだけど……普通に包帯は有用だし、買っておいて損は無いだろう。
「……そういえば目玉商品ってどう買えばいいんだ?」
白チョークのチュートリアルには目玉商品の買い方とか……あと売店の詳しい説明も無かった様な気が。
俺が単に見逃していただけか?もし俺が何も知らなかったら、覚えてなかったら一体どうなってたんだろうか。
「なんか若干不親切だよな……あえてそうしてるのか、ただサービスが行き届いてないのかは分からないけど」
誰に対してでもなく……強いて言うなら白チョークで文字を書いていた『何か』にそう呟きながら、目玉商品の買い方を探す。
「祭壇の上で浮いてるんだから、まず祭壇から調べるのは普通だよな」
何かしらの超常的な力が働いてるのか、目玉商品は祭壇の上に浮かびゆっくりと回転している。
どこからかライトアップされているように、浮いている商品の全貌が照らされているし……多分実物が浮いている訳でも無いんだろう。
包帯の他に売られているのは……看板を見る限り『鋼の斧』と『精霊の指輪』。どう考えても斧の方が他二つよりも大きいが、サイズ感は全て一緒だ。
指輪は装飾などが見やすいように拡大表示されているし、斧も全体が見やすいように縮小表示されているような感じがする。
「まあ、見やすい分なにも困ってないんだけど」
とりあえず、包帯がある祭壇を調べていく。
まず真っ先に浮いている包帯に手を伸ばしてみるが、途中で見えない壁がある様に手が先に進まない。
「お触りは厳禁、と」
なら他に調べるのは祭壇ぐらいしかなく、しゃがんで祭壇の細部に目を向ける。
石を削って造られたような祭壇には、精巧な彫刻が彫られていて、その模様から白く淡い光が漏れていた。
文字のようにも見える模様だが……当然なんて書いてあるのか意味なんか分かりはしない。
「あとは商品名とか説明が書いてある看板しか……お?」
祭壇に取り付けられていた、祭壇と同じく石で作られた看板……いや石版か?それを触ってみるとカタ、と音がして動いた。
どうやら石版は祭壇から取り外せるみたいだ。
石で出来ているからずっしりと重いそれを持ち上げてみると、裏側にはバーコードが印字されていた。
「……なるほど。これをレジで読み込むのか」
ついでに朝ごはんも買ってしまおうと、石版は一旦レジに置いて売店を巡る。
選んだお茶と鮭のおにぎりを石版と一緒にバーコードスキャナーで読み込むと会計は丁度1シルバーコインだった。
「あ、これレジで個数選択出来るんだ」
レジの画面には、『- 小さな包帯束 +』と表示されていた。
売店の商品を複数購入する時は実際に実物を複数持ってくる必要があるが、実物を持ってきようがない目玉商品はレジで個数を選択出来るようだ。
……ああそれと、売店の商品はいつの間にか補充されているらしい。棚にある物を見ても消費期限などは記載されてないが、購入したものにはいつの間にかその記載が増えていたりもする。なんとも不思議だね。
「……これ、どこまで増やせるのかな。あと別の商品でも複数購入出来るのかな」
コインを入れる前にふと、気になる事が出来たので試しに包帯の個数を増やしてみる。
+を連打して……長押しでも反応するみたいなので途中からは長押しして、待つこと10秒ほど。
「あ、99個が限界なんだ」
99からいくら+を連打しても個数は増えない。どうせなら切り良く100個で区切って欲しい感はあるけど……
それと『鋼の斧』の石版もレジに持ってくる。こちらも包帯と同じようにレジで個数を選択出来るようだった。
「目玉商品は種類問わず、複数購入出来るのか」
良い事を知れた……が、レジに表示されている合計金額がすごい事になっているので、包帯の個数を1個に戻し斧の購入もキャンセルする。
「さて、支払いは……うん?」
現金を選択してコインを投入しようとした所、『ATM払い』なんて項目を見つけた。どうやら今の今まで見逃していたらしい。
「ATMに預けてたお金から勝手に支払ってくれるって事かな」
どうしてもコインの枚数が多くなる買い物だっていつかは絶対あるだろう。そうなった時にチマチマとコインを投入する必要が無いこの購入方法は確かに便利だ。
ATMはコインの投入口が広いからな。
「まあ、昨日の俺は現金をATMに預け忘れてたからこの機能は試せないんだけど」
ATM払いでは無く現金払いを選択して、持ってきていたベルトのポーチの中から小袋を取り出す。
宝箱から出たこの小袋は紐で縛れるようになっていて、財布代わりに便利だと思って、昨日はコインを小袋に入れたままだった。だから、ATMに預けるのを忘れてた。
シルバーコイン1枚を支払って購入確定を押すと……レジのカウンターにいつの間にか包帯がお茶とおにぎりに紛れて置かれていた。
「……大きい目玉商品を買う時は、他に何も買わないでおこうかな」
もし包帯と同じように買った物がカウンターに出現するのなら、例えば斧のようにサイズの大きい物を買った時、カウンターに置いていた他の物が押し潰されるか、押し出されるかしそうだ。
「……斧を99個買ったら、一体どうなっちゃうんだろう」
そう呟いて体からブル、と震える。自分で想像しておいて怖くなったので、これ以上考えるのはやめておく。
節度を持った買い物が大事だよな、うん。
「さて、腹ごしらえもしたし、本格的に目も覚めたし、今日の活動をしていくとしようかね」
昨日宝箱からある程度の現金を入手出来たし……それに甘えて今日は鉄の戦槍の所感を確かめる事に重きを置いていこうかな。
モンスターとの戦闘もほどほどに、素振りをするのも良いかもしれない。
「せっかく手に入れた武器だし、早く扱えるようになりたいな」
あのかっこいい槍を使いこなせるようになった自分を想像すると、どこかワクワクする。確かこういうのを……厨二心と言うんだったか。
ダンジョンに出る前にストレッチをして体を解していく。
これは昨日寝る前に、記憶が虫食い状態の頭を必死に回転させて考えた事だ。
筋トレしようと思ったのと同じように、これからのダンジョン生活では体が何よりの資本になる。その為にも、なるべくケア出来る怪我の原因をケアするためのストレッチ……準備運動。
「……よし!」
十分体が温まった所で、ダンジョンに出る為の準備を進めていく。と言っても今の所は革の胸当てとベルトを装着するくらいしかやる事は無いけど。
防具を着けたら、昨日と同じようにペットボトルの水を購入し、この水が無くなったら活動は終了すると再度心の中で決める。
「本当はスポドリの方が良いんだろうけど……」
確か運動する時は水よりもそっちの方が良かったと朧気な記憶がある。名前もスポーツのドリンクだし。
ただちょっと毎日買うには費用がかさむので、もう少し稼ぎが増えてから買うようにしよう。
「財布も置いてきた。水も持った……武器も持った!」
鉄の戦槍を肩に担いで、再度準備に抜かりがないかを確認する。そして問題が無いことを確認して、ダンジョンへの入口となる掲示板の元へ歩く。
「……念の為まだ1階層にしておこう」
2階層へは行けるようになってるけど、一回も使ってない武器で初見のエリアに行く勇気は今の俺には無い。
……一応昨日も、一回も使った事ない木剣で初見のエリアをしたと言えるけど、それは流石に例外として、ね……少なくとも木剣の方が鉄の戦槍より軽くて使いやすい訳だし。
それに昨日が初日なんだからしょうがないし。
【淵樹の密林:第1階層】の看板を選択して、ダンジョンへの道を開き、軽く入口周りの安全を確認する。
モンスターの姿が見えない事を確認して2日目の探索、その開始の1歩を踏み出した。
「眩し……」
淵樹の隙間から漏れる似非太陽が顔に掛かり思わず目を細める。
手をかざして光を遮りながら、周囲を見回してみると、どうやら昨日と同じ場所に出ているらしい。この景色には見覚えがある。
「ってことは、階層の構造も昨日と同じかな」
第2階層への看板も変わらずにあるのだろうか?あったら帰還しやすくて便利になるんだけど……
「ウキキ」
ダンジョンの探索を始めてまだ1分も経ってないが、さっそくモンスターの声が聞こえてきた。
担いでいた鉄の戦槍を構えて、子猿との接敵に備えているとガサガサと枝の揺れる音が近づいてくる。
「キキー!」
子猿は相も変わらず、その醜悪な顔をニタリと歪ませ飛び掛かってくる。
その速度はそこまで早い訳では無く、音を聞いてから反応しても間に合うが……
「っふん!」
俺が持っている今の武器は鉄製の重い武器。子猿の飛び掛かりに合わせて槍を突き出したつもりだったが、その重さに動作がワンテンポ遅れてしまった。
子猿は小柄な体をくるりと身軽に翻して、俺の拙い刺突を回避する。
「くそ、まだまだ筋力が……!」
鉄の戦槍を自由自在に使いこなすには、槍の重さに対して俺の力が足りていない。
このまま鉄の戦槍を使っていけば、いつかはそんなことも無くなるだろうが……今はそんな事よりも、この重さに慣れることが最優先か。
「動作がワンテンポ遅れるなら……動きを予測して早く動けばいい!」
子猿が枝に避難するために、ぐっと膝を曲げて助走をつける。それが見えていた俺は槍を薙ぎ払うために、足腰に力を入れ体を捻る。
「ふん、ぐっ……!」
槍は重い。重いが、少しでも動かせてしまえば後は遠心力で勢いが強くなる。長い柄も、持ち手の位置を変えるだけで攻撃の届く範囲を簡単に操作できる。
「ウキッ!?」
鉄の戦槍を使い始めて、まだまだ二撃目。それにしては完璧なタイミング、十分な勢い、子猿との距離感を正確に把握した槍のリーチの変更。
渾身の一撃と言っても過言ではない俺の攻撃は、迫りくる凶刃に驚愕の声を上げる子猿を真っ二つに……する途中で、戦槍の穂先が淵樹の幹に深く食い込んで終わった。
「……えっ?」
どうやら鉄の戦槍を子猿に当てることだけを考えすぎて、周りの地形の事をすっかり忘れていたらしい。
密林という場所で、槍という長柄武器を振るう事への慣れて無さが、あだとなってしまった。
「あれっ?……ちょっと、待って?」
勢い良く、槍を振ったせいで淵樹の幹の深くまで、穂先が食い込んでいる。そのせいで槍の戦槍が引き抜けない。
「ウキ、ウププ」
子猿が一生懸命鉄の戦槍を引っ張っている俺を嘲笑う。あろうことか、そのまま俺の元に無防備に近づいてきた。
子猿というには可愛げのない……むしろ醜い顔が俺を見上げている。
「くそ!こんなのすぐに引き抜いてお前の事ぶっ殺してやる!いいか、普通に戦ったらお前程度……え、待って。ちょっと待って。待て待て、たんま!一旦たんま!」
子猿の顔にムカついていたら、俺のことを見ているのに飽きた子猿が木に登り、そして俺のことを攻撃しようと構えた。
鉄の戦槍は1cmくらいなら引き抜けたが、まだまだ引き抜けそうな気はしない。
そんな槍を引っ張ってる俺が、子猿の目には無防備も無防備に映っているだろう。
このまま子猿に攻撃されたらひとたまりもないが、槍が引き抜けない今、俺にはどうすることも出来ない。
刻一刻と迫る子猿の攻撃に、俺はパニックに陥り……子猿は再度ニタリと醜い顔を歪ませて飛び掛かってくる。
どうすればいい!?と焦ったまま俺は、子猿の攻撃に身構え……
「あ、槍から手離せば大丈夫か」
必要以上に焦ることもなかったわ、と子猿の攻撃を避けた。
別に手を離したからといって、鉄の戦槍が無くなって二度と使えなくなる訳でも無い。
「ウキッ!?」
「やっぱ冷静でいるって、大事なんだなぁ……こんな単純なことも気付けないなんて」
馬鹿だな、と自戒しながら俺は、避けられると思っていなかった攻撃を避けられて茫然とする子猿に向けて腕を振り上げた。




