圧倒的『美』との出会い
スケルトンの体を魔鉄の篭手での握り拳で殴り砕くのにも慣れ始め、妙な手応えに快感を覚え始めてきた。
「んー……良くない気がするなぁ」
スケルトンは、もうそのまま人型の白骨死体って感じだから……人の骨砕くのが気持ち良いって感じてるのと同じだ。
いくらモンスターとはいえ、そんなサイコパス的な思考は良くない気もするだが……
「でも楽なんだよなぁ!」
そう言いながら、スケルトンの肩の骨を殴り砕く。
騎士の剣を鞘に入れたまま使えば、攻撃方法が斬撃から打撃に変えることも出来るが、まずベルトに固定している鞘を外さないといけないし、スケルトン以外の敵と遭遇した時にその鞘の扱いにも困る。
そう言った諸々の事情を含め、剣を鞘に納めたまま……魔鉄の盾すらも背中に背負ったままスケルトンと戦っている。
「はぁっ!」
掌底をスケルトンの肋骨に打って、何本か纏めてへし折る。
バキバキィッ……とこれが骨の砕ける音でなければ気持ち良い軽快な音が『海淵の墓都』の細い通路に鳴り響く。
「カタカタ」
肋骨が一部ボロボロになっていても関係無いと、スケルトンは自分の折れて使い物にならなくなった骨を掴み……そして俺に投擲する。
「マジか、自分の骨だろそれ」
結構な勢いで飛んでくる骨を魔鉄の篭手で弾き飛ばし、地面と壁を蹴って飛び上がり、スケルトンの頭蓋骨目掛けて踵を振り下ろす。
思っていたよりも頭蓋骨は硬く、踵落としでは全てを砕く事は出来なかったが……
「カタ……カ…………」
それがトドメとなったのか、不思議な力で人型に保たれていたスケルトンの全身骨格が、カラカラと形を保てなくなったように地面に崩れ落ちていき……そして爆散して消えていく。
「……ふう」
指の骨を鳴らしながら、武器としてこれ以上無い程役立つ己の手を労り、ドロップアイテムを回収する。
現在の探索度合いは『海淵の墓都:第1階層』の終盤と行ったあたりか。あとこの細道の先を探索したら、この階層の全てを探索した、という事になる。
「幸先の悪い滑り出しだね」
一番最初の階層から、次の階層への看板が最後まで見つけられず右往左往する事になるとは……
「というか迷路すぎて普通に迷うって……」
このエリア、というかこの階層の特徴としては曲がり角の多さだろう。
他のエリアでも迷路や迷宮といった言葉が似合いそうな作りをしていたが、それと比べても曲がり角の数は恐らく倍はある。
その為、正解と信じて進んだ先が行き止まりだったり、自分がどこから来たか見失う……なんて事が多々あった。
「モンスターともばったり遭遇する事も多いし……はぁ」
なんというか体力的なものよりも、この迷路を迷わないように……とずっと頭を回転させていたから頭脳的な疲労を感じる。
「……ん?」
先の階層に進まないで、この階層だけで今日の探索を終わりにしようか……なんて、悩みながら最後の曲がり角を曲がると、第2階層への看板があるのを見つけた。
そしてその手前に、光の漏れる石レンガの空間への入口も発見する。
「ああ……臭くて分からなかったけど集会所か」
僅かに感じるコーヒーの落ち着くような香りを、なんとも言えないこのエリアの臭いの中に感じ始める。
丁度良い、一旦集会所で休憩して気力を回復させるとしよう。
モンスターに邪魔されず思うまま休めるという夢のような空間に、スキップしてしまいそうな足取りで向かう。
「……誰も居ないな」
中を覗いて見回してみても、誰の姿も見えない。直前に人が居たような形跡も無かった。
前のイベントで見かけたダンジョンの攻略者は50人以上居たのは確かだし、その内の誰も今日この時まで集会所への入口を見つけてないっていうのは、確率は低いが無い話ではないし……何故誰も居ない、とはならない。
「まあ、待ってたら誰かしら来るでしょ」
とりあえず集会所の中に入り、『海淵の墓都』の臭いを振り払うように服や防具をパタパタ動かして換気する。
もし人が来た時に、臭いとは思われたくない。
適当な席に、ベルトごと外して装備解除した騎士の剣や魔鉄の盾を置いて、魔鉄の篭手も外す。
「ふう……ホットドッグ食べるか」
小腹を満たすためにも、初めて集会所に来てルキと出会った時に奢って貰ったホットドッグを買う為に、席を立って食品自動販売機に向かう。
ホットドッグを買って、飲み物も何にしようか……とドリンクバーや飲料の方の自動販売機のラインナップを見て悩む。
「……コーヒー牛乳?」
その中でも1つ目が惹かれるのは『コーヒー牛乳』という飲み物だった。
前にルキに勧められて一口コーヒーを飲んだ時、あまりの苦さに「もう二度と飲まない」と思ったコーヒーと牛乳……?
「……記憶に無いな」
これが一体どんな飲み物なのかも、どうやら記憶喪失で忘れてしまっているらしい。
好奇心が刺激され、つい値段分のコインを入れて『購入』のボタンに指が伸びてしまった。
ピッという電子音と共に、自動販売機下部の取り出し口が揺れる。
「おお!……これがコーヒー牛乳」
紙で出来た四角い容器に入って出てきたコーヒー牛乳。その紙パックには雪……いや『氷印のコーヒー牛乳』という印字がされてあった。
どんな味がするんだろうなとワクワクしながら席に戻り、紙パックに書いてあった簡単な説明通りに開封して、コーヒー牛乳を開ける。
するとふわりとコーヒーの落ち着いた香りに甘さが混ざった匂いがした。そのまま、ストローを開け口に差し込み、中の白っぽい茶色い液体を吸うと……
「……美味しい!」
コーヒーが牛乳と混ざった事で俺でも飲めるくらい苦味がまろやかになり、そして甘い。
コーヒー牛乳……好きな味かも。
唯一俺の記憶喪失周りの事情を知っているルキに、この事を話そうとウキウキしながら、今度はホットドッグを一口……と大口を開けてホットドッグに頬張ろうとした瞬間。
「ここは一体……おや?あなたは……」
集会所の中に、恐る恐る周囲を見回しながら入ってきた存在がいた。
「なんとまあ……よく友人に『お前はタイミングが悪い』と言われていましたが……どうか私の事は気にせず、お食事を続けてください」
集会所に設置された照明の光をキラキラと反射させる綺麗な金髪。宝石をそのままはめ込んだんじゃないかと錯覚してしまいそうな輝きを放つ緑……翠色の瞳。
人としての美醜ではなく、一種の芸術作品かのように整った顔の造形の美しさ。
……その横にはやや長めの尖った耳が覗いていた。
「……っ!……いや、これは、はしたない所を失礼しました」
不思議とその美しさに遜って俺に出来る最大の丁寧な言葉で返事をしてしまう。
記憶喪失でも知っている。それくらい有名な……エルフ。この人多分、エルフの人だ。
「いえいえ、食事を取るというのは生命活動において必須の事……決して恥ずかしい事ではありませんよ、少年」
「あ、はい……ありがとうございます」
ふっ……とこの人に笑いかけられるだけで、顔に血が上り顔が暑くなる。
これは照れだ……圧倒的な美の破壊力を持った笑みを向けられた上に『少年』って呼ばれちゃったと俺の心が照れながら歓喜しているんだ。
「少年、向かいに座らせてもらっても?」
「も、もちろんです……どうぞ」
「ありがとう、失礼するね」
頭の中はパニック状態だ。
冷静にエルフの人と受け答えをする自分と、エルフの人の美貌に見惚れる自分と、呼びかけられちゃったー!と歓喜する自分でごっちゃになっている。
「ふふ……私にそんな畏まらなくていいからね。少年の普段通りの姿を見せてくれると、私は嬉しいかな」
「あ、はい……じゃなくて……うん、わ、分かった」
「うんうん、自然体が1番だよ」
サラリと肩から滑り落ちる綺麗な黄金の髪に目が引き寄せられつつも、言われた通りにしなければ!と普段の口調を努めて再現する。
……あれ、俺ってどんな感じに喋ってたっけ?テンパりすぎて何が何だか分からなくなってきた。
「さて、少年。少し聞きたいんだが……君はこの場所がどういう所か、知っていたりするかな?」
「この場所っていうと、ダンジョンの事?」
「そう……『選定の狭間のダンジョン』……つい数日前、ここに来たばかりなんだ、私は」
「!!」
エルフの人のその言葉に、思考が冷水を掛けられたかのようにサッと冷静になる。
この人の様子や言動を思い返してみれば確かに、集会所に入ってくる時に警戒していた。
それに容姿に目が行って気付かなかったが、この人が装備してるのは、俺もお世話になった革装備一式。
トレントを倒した後、売店で買えるようになった装備だ。
この人……新人だ。




