『蒼映の湖畔』
「よっ……!」
太もものホルスターから抜いた投剣を、10mほど離れた淵樹に向けて投げる。
投剣はクルクルと回りながら若干の放物線を描き……トス、と音を立たてて突き刺さった。
「……うん、いい感じ」
俺は今、今日の目玉商品に並んだ『鉄の投剣セット』という装備を試すために『淵樹の密林』に来ていた。
5本一組の手のひらサイズのナイフ、そしてそれを収めるホルスターがセットになった『鉄の投剣セット』……魔法を使えない、魔法は使わない時の遠距離攻撃手段になればいいなと思って試しに買ってみたが、手応えは結構良い。
俺個人の器用さが、アクセサリーと巻物でも強化されているからか結構思い通りに投げ飛ばす事が出来た。
それに軽く投げただけでも木の幹に刺さるくらいだし、武器としての威力は十分だろう。
「ただ片手が空いてないとなぁ」
そう……欠点として片手が空いてないと投剣は、投げられない。
俺は、右手は鉄の戦槍を握っている事が多いし、左手も常に魔鉄の盾を握っている。そうなると基本的に鞘に納めている時が多い騎士の剣を装備中にしか使えないだろう。
「盾とか槍とか取り付けるホルダーとかも考えておかないとなぁ」
今は常に両手に装備を持っていてもそこまで不便ではないが、いつかは困る事もあるかもしれない……いや、投剣が使えないという点ではもう困っているか。
一応ホルダー自体は売店で売ってはいるから、すぐにでも手に入れられはする。
「……買うかぁ」
ホルダー自体はいくらもしないんだし、この方法が合わないんだったら別の方法を考えれら良い話だ。
「よし、一旦戻って装備を整えよ」
そうしたら今日は『水妖宮』から行ける別エリアを本格的に探していく日だ。
石レンガの拠点に戻り……もうワンセット、投剣を紛失した時の備えに追加で購入しつつ、魔鉄の盾と鉄の戦槍を背中に背負えるようにするホルダーベルトも買っていく。
「……これで大丈夫かな」
背中の受け具に盾と槍を固定する事は出来た。出来たんだが……動くと少しガチャガチャと音が鳴って、しっかり固定出来てるのか不安になる。
「ほっ!」
試しに物置部屋の何も無い空間を走り回って急旋回してみたり、壁を蹴ってだが宙返りもしてみたりしたが……ホルダーから盾と槍が離れる事は無かった。
ついでに太もものホルダーの投剣が、ずり落ちてくる事も無かった。
「そんでこっちからはすぐに抜けるっと」
と言っても持ったままと比べれば、構えるまで時間が掛かってしまうが……これは俺の慣れの問題もあるだろうから改善の余地はある。
「さて!……探索に行くとしますか!」
今日は丁度ダンジョン内の更新日でもある。
向こう3日間は、地形も出現するモンスターも、その分布も……別エリアへの看板などその他設置物も、変化は起きない。
心行くまで探索して、モンスターを倒してステータスアップして、コインを稼ぎながら探すとしよう。
「目標は、ルキが言っていた別エリアだ!」
……見つかりました。
「いや〜……長かった」
まさか2日目になってようやく見つかるとは思わなかった。今回のダンジョンの地形がやや迷路の様になっていたのが良くなかった。
曲がり角でばったりモンスターと遭遇……なんて事も多々あってどれだけ消耗を強いられた事か。
「別エリアを見つけるって名目だから、適当なマッピングは出来ないし……」
もし見落としでもして、最後まで見つけられず3日経過してダンジョンが更新……努力が水の泡、なんて最悪の事態を考えてしまい、各階層の隅から隅まで探索してしまった。
そのせいで余計時間が掛かったっていうのもあるが。
「『蒼映の湖畔』……か」
看板に書かれていたエリアの名前の後ろにはこれまでのエリアとは違って『第〇階層』と続いてはいなかった。
1階層分しかない単一のエリアという事なんだろう。
「……確かルキはモンスターが出ない地上のエリアって言ってたな」
湖畔ってある通り、湖のほとりのエリアなんだろうけど……モンスターとの遭遇に気を張らなくても良いのは助かる。昨日今日と、なんの情報を見逃してなるものかとずっと周囲を探っていたから、気疲れみたいな状態になってしまっている。
「一旦様子見て……その後、盛大に休むもう……」
看板の文字に触れ『蒼映の湖畔』への入口を開く。
そしてエリアの中に入った瞬間、眩しい程の太陽の光と爽やかなそよ風が俺の事を出迎えた。
「……うっわぁ」
確かにルキが『綺麗なエリア』としてこのエリアの名前を出したのも頷ける。
……大きな山々に抱かれるように、静かな湖が辺り一面に広がっていた。
鏡のような湖面が青く澄み渡った空を写し、ゆるやかな風が吹く度に太陽の輝きがきらきらと輝く。
「すー……はー……」
木々のざわめきと、波のさざめきが響く中で……時折、遠くの方に浮かぶ水鳥の「ピィ、ピィ」という鳴き声が聞こえてくる。
ここで椅子でも出して、冷たい飲み物でも片手にのんびり過ごせば……それだけで一日が満たされてしまいそうだ。
「うーん……空気か美味しいねぇ!」
体を精一杯伸ばし、風と陽の光を浴びる。
『淵樹の密林』ぶりの地上エリアだ……いや『淵樹の密林』はあの木の洞の多い淵樹が、見上げてもなおてっぺんの見えないほど大きく育っていて、それが密集しているから、ここまで開放感の感じるエリアでは無かった。
それに少し歩けばモンスターの気配がするし、どっかから野鳥の鳴き声とか虫の鳴き声とか……モンスターの鳴き声とか、色んな音がして煩いくらいだった。
「うーん……やっぱり地上にモンスターは見えないね」
というか地上の部分が少なすぎる。
まず前方に大きく広がる湖……その縁を細かい白砂が覆い、さらにその外側を丸く磨かれた石の砂利が囲っていた。
山側の地形は柔らかい土が広がり、背の低い草が風に揺れている。所々小さな白い花が咲いていて……さらに後方には大きな山に続く崖。
「50mとちょっとぐらいか?」
地上のエリアの横幅はそれぐらいしかない。縦幅はその半分も無いだろう。
崖は登れそうにないほど険しく、ダンジョンから登ってくるなという無言の圧を感じる。
「湖の方は……ん?」
試しに湖の波打ち際に近づくと……遠い遠い湖の底の方に、建造物らしき物が辛うじて見える。
周りを囲っている山が大きすぎるのと、湖が広すぎるので遠近感が少しバグってしまっているが……多分相当遠くにあるそれが、おそらくこのエリアでのダンジョン要素なんだろう。
「……なるほど。こりゃ誰もこのエリアを攻略しようとは思えないな」
どう考えたって素の能力では息が続かないだろう。
水中呼吸ポーションもどれだけ数を揃えれば良いのか分からないし……何よりこのエリアの入口から遠すぎる。
「余程深くまで潜らなきゃ……ほんっとうに深く潜らなきゃ、モンスターの索敵範囲には引っ掛からなさそう」
だから安心して湖のほとりでバカンスを楽しめるということか。
「よし……安全は確認出来たし、休む為にもやる事をさっさと済ませようか!」
まず装備を拠点に置きに行く……前に空のペットボトルで湖の水を採取する。
そして拠点に戻って、レジの鑑定機能を使って水質の調査をする。一応念の為の保険、みたいなものだ。
「『綺麗な水』……良し、飲用可能!」
水が綺麗な事を確認して、拠点に装備を置き……そして小山の用に積まれた洗濯物を、洗濯用具と共に持って『蒼映の湖畔』に戻る。
「せんたっく、せっんたっく……!」
洗濯用の桶で大量に湖の水を掬い、服を浸す。洗剤をその中に加えて1枚1枚服を洗濯板で擦り、汚れを落としていく。
石レンガの拠点という閉鎖された空間では、満足に洗濯なんて行為は出来なかった。
基本的に部屋干しになってしまう衣類は、どうしても血や汗臭くなったり、生乾き臭くなってしまう時がある。
そんな時はもったいないが捨てて新しい服を買う以外無かったが……こうして天気の良い青空の下に出てこれるなら、そんな心配も要らない。
「最短3日で服を買い替えなきゃいけなくなった時は、ちょっと泣いたよね」
負傷して服に血が滲んだ結果、服を捨てる以外選択肢が無くなるのは、まあしょうがない。モンスターと日夜戦ってたらそんな事もあるだろう。
ただ拠点での生活で着る服が汗臭くなっていくのは、元日本人としてどうしても耐えられないらしい。
「うし……!」
あとは洗剤を綺麗に洗い流すだけとなり、山の方に一旦汚く濁った水を捨て、新たに綺麗な水を組む。
服の洗剤を洗い流し、桶や板も綺麗に洗って……この時の為に少しずつ作っていた物を、地面に展開する。
「おー!いい感じ!」
目玉商品として並んだ『木の槍』を複数本、改造して作った洗濯用の物干し竿とそのスタンドだ。
槍として穂先が尖っているからちゃんと地面に突き刺さり、スタンドが安定しているのを見て、作って良かったと思えた。
「針金があればハンガー作るんだけどなぁ……」
そういう小さな所から生活の質は上げていくべきだろう。
スタンドに使った縄も元を辿れば目玉商品として買った、捕縛用縄だから、もしかしたら針金も並ぶ事があるかもしれない。
「鎧と一緒で、販売待ちだな……よし、あとタオルを洗ったら休憩開始だ。頑張ろう!」
拠点からテーブルと椅子引っ張ってきて……紅茶でも入れてみようかな。
そしたら、魔法の構成式考えてメモしたり……錬成のレシピ考えたり……ゆっくり休もう。




