全力戦闘
『水妖宮』を探索していて、色々なモンスターと戦ってきた。
水面に映る人影のような形をした水の幽霊だったり、貝殻鱗の蛇や触手の先端が光るクラゲ。
階層を進めば、霧を纏い幻影を操る魚型のモンスターや青い甲殻を持った大型の蟹型もモンスターなども出現する。
ただそんな数多くのモンスターの中でも群を抜いて危険なモンスターはあの水球のモンスターだ。
丸くて小さくて可愛いあのモンスターは、見た目に反して攻撃規模がどのモンスターよりも大きい。
圧縮した空気を内包する泡を大量に生成し、階層の中に吹き荒れる風を生み出し、人の体を簡単に貫く水の針をその風に乗せて飛ばしてくる。
下手をすれば1発アウト、即死亡なレベルでの攻撃を多発してくるこの水球モンスターと、どれだけ遭遇しないかが『水妖宮』の探索にあたって1番重要な事だった。
さらに言うと、今までのエリアでは出現するモンスター同士は敵対関係にあったのか、別種のモンスター同士が縄張り争いをするように戦っていたのに対して、『水妖宮』のモンスターは争わずに、共生しているらしい。
「あ……やば」
水球モンスター、青蟹、水の幽霊の3匹のモンスターが前方に見えた。
すぐさま壁の影に隠れて、見つかっていないかを探るとどうやら見つかりはしていなかったらしい。
「最悪の組み合わせだな」
そもそも水球モンスターが居る時点で最悪ではあるんだが、それ以前に青蟹と呼んでいる青い甲殻を持った蟹と水の幽霊が一緒にいる時点で良くない。
青蟹は堅い甲殻と異常に発達した大きな鋏を持っていて、今の俺では倒すのに相応の時間が掛かる。
水の幽霊も攻撃が基本的に搦手ばかりで、時間稼ぎに徹しられると戦闘が長引きやすい。
そして一撃必殺レベルの攻撃を多発してくる水球モンスターが、防御力の高い青蟹と攻撃が嫌らしい水の幽霊の後ろに隠れているなんて……パーティー構成がしっかりし過ぎている。
「あれは流石に無理だな」
アレらと戦わないで済む迂回路を探す為に、来た道を引き返す……が、どの別れ道を行っても最終的にあの3匹が居る場所に繋がっていて、どうやら戦闘は回避出来ないらしい。
「最悪だ……」
でも戦わなければ先に進めない。
ポーチの中を探って、回復ポーションが十分あることを確認する。ここに来るまでに10体くらいはモンスターを倒してるから……中級回復ポーション1本分までなら、ダメージを負っても収支はマイナスにはならないだろう。
「……ふぅ」
覚悟を決める。
まず速攻で水球モンスターだけは倒さないといけない。そうしたら、あとは厄介とはいえ倒すのに時間が掛かるだけの2匹と戦うだけで済む。
心臓を革の胸当ての上から触って、目を瞑る。
……魔力強化も魔法もこの戦闘を出来るくらいには回復している。
さて、一体どうやって戦うか。
「魔法か魔力強化か」
確実に水球モンスターを倒すなら、ここから魔法を遠距離で発動して、水球モンスターを狙撃すれば良い。
ただ魔法がもし外れた場合、当たっても倒すに至らなかった場合は、即逃走を選択するしかない。
魔力強化を使う場合は、あの3匹の中に突撃しなければならない。モンスターに囲わるという危険を犯す必要があり、尚且つ万が一、他2体に邪魔をされて水球モンスターに攻撃出来なかった場合は逃げる事は出来ないかもしれない。
「もう少し魔力に余裕があれば……魔法を使った後、魔力強化も使えるんだろうけど」
今の俺が持つ魔力量では、1回の魔法発動で魔力が空になってしまい、どちらか一方だけしか使用出来ない。
「……魔力強化だな」
より確実に水球モンスターに攻撃を当てられそうな魔力強化を使用して、直接自分で水球モンスターを倒す。
最悪他2体に邪魔をされそうになっても、何がなんでも水球モンスターを倒しさえすれば、立て直す事は出来るだろう
「……」
心臓から魔力を引き出して、全身に魔力を広げる。
まだまだ魔力操作がおぼつかないから、こうやって一旦停止した状態で魔力操作に集中しなければならない。
……一瞬で魔力強化出来るようになるまで、どれくらいかかるのか。まあ、練習あるのみだろう。
「……ッシ!」
指の先まで魔力が広がり魔力強化が発動した瞬間、壁の影から飛び出して全速力でモンスター達の所へ向かう。
「……」
「──!?」
「ブク、ブク」
モンスター達の反応はそれぞれ違い、水の幽霊は俺の魔力を感じ取っていたのかすぐに迎撃体勢に移っていて、水球モンスターは飛び上がって驚く。
青蟹だけは口元から気泡を出し……何を考えてるのか分からない。
「チッ!」
真っ先に俺に反応していた水の幽霊が腕を水の鞭のようにして俺の方に伸ばしてきた。
──あれに捕まったら一貫の終わりだ。
水球モンスターはまだワタワタしていて、攻撃をする気配は無く、青蟹は泡を吹きながら鋏をカチカチ鳴らすだけで動きはしない。
気をつけるのは水の幽霊の腕だけ。
「ふっ……!」
伸びてくる腕の狙いを定まらせないように、俺は壁に向かって跳ぶように地面を蹴る。
水の幽霊の腕は、俺の動きに着いてくる様子が見えたが……俺はさらに壁を蹴って宙を舞うと、完全に振り切る事が出来た。
地面を跳び、壁を跳び……そして最後、水球モンスターに向かって天井を蹴って跳ぶ。
「あははっ!」
咄嗟の思いつきでやってみた三角飛びだったが、魔力強化状態だという事もあり、意外とちゃんと形になっていた。
目まぐるしく変わる視点が面白くて自分でやったにも関わらず思わず笑みが漏れる。
そんな常識を遥かに超えた動きだが……だからこそ、モンスターの意表を突く事が出来た。
「はあっ!」
「──……」
天井を蹴った勢いと俺の全体重が乗った魔鉄の盾によるシールドバッシュ。
それに押し潰された水球モンスターは、堪らずその水球の身体が破裂して、血の代わりに水をぶちまけて死んでいった。
これで最重要事項は達成。あとは残りを対処するだけだ。
「ふん……っ!」
シールドバッシュの反動を、魔力強化で身体能力の上昇した体でねじ伏せて、鉄の戦槍を薙ぎ払うように振るう。
無理矢理な体勢から無理矢理槍を振り回したから、狙いは上手く付けられなかったが、青蟹の横っ面を槍でぶん殴り水の幽霊を巻き込んで吹き飛ばす事は出来た。
「……8秒!」
魔力量が少ないから、魔力強化の効果時間をしっかりとカウント出来る。
そして出来れば魔力強化中に戦いを終わらせたい。
魔鉄の盾は、青銅の小盾と違いベルトで腕に固定するのでは無く、2つある取っ手の片方に腕を通して、もう片方を握るという装備方法だった。
「おらっ!」
だからこそ簡単に腕から取り外せて……盾を投擲するなんて、雑な扱いをする事が出来る。
ブーメランのように回転しながら飛んで行った魔鉄の盾は、狙い通り起き上がろうとしていた水の幽霊の頭部に命中し、さらに時間を稼ぐ事が出来た。
「10……11……」
槍で殴られた青蟹の顔の側面にはヒビが入っていた。ヒビから磯臭い体液が流れ出ていて、ダメージを喰らった青蟹は怒るように鋏と顎をカチカチと鳴らしている。
そんなものお構い無しに俺は青蟹の甲殻に飛び乗って、杭を打つように鉄の戦槍を全力で青蟹に突き立てる。
「ブクブク……」
バキバキと甲羅を割りながら槍の穂先は青蟹の体を貫いていく。魔力強化状態で、さらに両手を使ってるとなると防御力の高い甲殻も何とか突破出来た。
致命傷になった様子は無いが、体を貫く鉄の戦槍で随分動きづらそうにしながらも青蟹は鋏を背中に乗る俺に向けるが、俺はそれを背中から飛び降りて回避する。
「15……」
メイン武器となる鉄の戦槍は手放してしまったが、左手で腰の後ろのホルダーから鋼鉄の手斧の引き抜いて、右手に投げて持ち帰る。
「お前は後で!」
青蟹の攻撃の種類は、その大きな体で体当たりしてくるか、鋏で攻撃してくるか……口から泡のブレスを吐くぐらいしか無い。
だが今の青蟹は、横っ面を砕いた事でヒビから泡が漏れてしまってまともに泡を吐けない上に、槍で体に杭を打ったからまともに移動すら出来ない。
「……!!」
現状優先度が高いのは、ほとんどダメージの喰らってない水の幽霊の方。
起き上がっていた水の幽霊は3つの水球を生み出して、俺を狙っている。
「……!」
連続して放たれた水球は寸分違わず俺に向かって飛んでくる。魔鉄の盾を持っていないから水の幽霊の攻撃は防げない……という訳では無い。
盾と篭手に使われた『魔鉄』という金属は魔力を込める事で硬くなるといる特殊な性質を持っている。
それを持ってすれば水の幽霊の魔法なんか、余裕で防ぐ事が出来る。
「ふっ!」
まず1発目の水球を、鋼鉄の手斧を振り下ろして打ち落とす。
続く2発目を、魔力強化に使った魔力で硬質化した左手の篭手で殴り、水球を弾き飛ばした。
衝撃が肩に伝わってくるが、魔力強化状態ではその衝撃なんて屁でもなく……最後の3発目を手斧を振り上げて、真っ二つに切り裂く。
「あと、5秒……!」
全ての水球を迎撃し、水の幽霊を倒すべく全力で距離を詰める。
水の幽霊も俺に向けて鞭のよう腕を腕を伸ばすが、その全てを鋼鉄の手斧で切り落とし……ゼロ距離まで近づく。
「はぁっ!」
水の幽霊の無防備な体に向けて左手で正拳突きを放つ。
魔鉄の篭手の殴打時のダメージを増加させる為の特殊な機構である、小さな刃が並んで出来た【黒牙】も存分に働き……水の幽霊の胸部を左腕が貫く。
水の幽霊の身体を構成している水が服に染み込んできて少し冷たい……が、これも水の幽霊が爆散して消えるまでの辛抱。
腕を引き抜いて、水の幽霊の体は捨て置き……鉄の戦槍が刺さって動きにくそうにしている青蟹に向き直る。
「……ふぅ」
25秒が経ち魔力を使い切った事で、魔力強化が終了する。
魔力切れの症状として、胸に倦怠感と若干の吐き気を感じるが問題は無い。
「被弾は無しかな」
あとは鈍重な動きの青蟹にトドメを刺すだけ。
足元に転がっていた魔鉄の盾を蹴り上げて、左手で掴む。そのまま腕に装着すれば、鋏の動きに気を付けてながら盾を構えて慎重に戦えばいいだけ。
「キチキチ……」
現状最悪の組み合わせのモンスター達と被ダメ無しで戦えるようになるとは……俺も少しづつ成長している事の証だろう。
『水妖宮』のエリアを解放したてで、攻撃を喰らってばかりだった頃はまだ数日前だというのに、少し懐かしい。
「よし……さっさと倒すか」
……俺は青蟹に向けて鋼鉄の手斧を振り上げた。




