『錬成の台座』
錬金の台座の使い方が載った冊子におまけとして掲載されていた『低級回復ポーション』の作り方を読むに、作るのは比較的簡単そうだった。
特定のアイテムを順番に掛け合わせたりして、中間素材を作り……そしてその中間素材同士を掛け合わせたら、低級回復ポーションの完成、という事らしい。
「えっと、必要なアイテムは……まず薬草か」
『淵樹の密林』や『黒岩窟』に出現するモンスターが大体ドロップする薬草が必要だった。
まあこれは想像通りというか、元々回復効果のある素材を使わずして何が回復ポーションだ……みたいな所がある。
「あ、まず薬草を一旦茹でてアク取りしないといけないんだ」
なるほど、茹でることであの独特の青臭さと苦味を無くすのか。
「茹でるのは……大釜があるし、それを使おう」
売店に鍋も売ってるし、キッチンコーナーにはコンロもあるけど、大釜でやるのが風情というものだろう。
せっかく用意されているものだし、何より薬を作るといったら大釜を思い浮かべる。
とんがりボウシを被った魔女のお婆さんが笑いながら、大釜を混ぜるのって、結構メジャーなイメージじゃないか。
「水か……とりあえず茹でるだけだから、キッチンで水を組むか」
重い大釜を持ち上げて、売店横のキッチンスペースに運んで、シンクから蛇口を引っ張って大釜の中に水を注いでいく。
ポーションを実際に錬成する時は、ただの水じゃなくて『清水』というちゃんとしたアイテムを使わないといけないらしい。
大釜に6割くらい水が入ったら、さらに重くなった大釜を作業部屋に運んで、元にあった場所に戻す。
予め買っていたライターで、大釜の下に置いてある焚き火台に火を起こす。
「……あ、アクを取るお玉とか必要か」
水が沸くまで時間あるし、今買ってしまおう。
とりあえず必要なのは、お玉と菜箸……あとは茹でた薬草と、取ったアクを捨てる受け皿か。
これらは、錬成し終わった後に洗う必要があるが……洗剤とスポンジは既にある。
弁当とかを食べる時に、自分で買った箸をつかってるからね。
「けど、思わぬ出費」
まあ、必要経費という事にしておこう。後々ちゃんとご飯を作る時が来たら、使うもんな。
というか、そろそろ自分でご飯を作っても良い時期かもしれない……作るって言ってもインスタントだけど。
「んー、水はまだか」
必要な物を買って作業部屋に戻ってきても、大釜の水はまだまだ沸いてなかった。
「量が量だしね……というか、拠点の中で火を起こしてもいいのかな」
基本的に周りを見渡して見ても、通気口みたいな物は見えない。密室で火を起こすのは結構危険だと思うんだが……
「あれ?」
焚き火が燃えて、もちろん煙も生まれるんだが……その煙が作業部屋の天井にまで上る前に不自然な消え方をするのが見えた。
多分なんらかの力が働いてるんだろうな。
全体的に密室なはずの石レンガの拠点で生活していて息苦しいとか思った事もないし、部屋の隅にホコリが溜まってるような事も無いし。
「大丈夫そうなら良いか……先の工程を進めちゃおう」
降って湧いた疑問は抜きにして、大釜の水が沸くのを待っている間に、作業を進めていく。
「えーと……まず『清水』と『月光草』を錬成します」
地下からの湧水である不純物の無い『清水』に、魔力を帯びている月の下でしか成長しない特殊な白い花を錬成して、『魔力水』を作る。
「地下水は『黒岩窟』から、月光草は……『淵樹の密林』の第3階層からかな?」
それぞれのアイテムが採取出来そうな場所を想像しつつ、ガラス瓶に入った水と白い花を、錬成の台座の魔法陣の上に置く。
「そしたら、横のスイッチを押すだけと」
かち、とスイッチを押し込んで錬成の台座を起動する。
すると台座の上に描かれていた魔法陣が怪しく光り始めた。その光はやがて魔法陣から浮き、アイテムの周囲を回転し始める。
徐々に回転する速度は早くなり、2つのアイテムに吸い込まれていき……眩しくて直視出来ないくらいの強い光を放った。
「うわっ!?」
咄嗟に手を顔の前に掲げて光を遮る。
こういう魔術的な儀式?とか、錬成……錬金術みたいなのとかは、当たり前だから全く経験が無い。
だからこそ、もしかしたら爆発でもするんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしていたが……強く光っただけで何も起こる気配は無い。
「……」
そっと手を下ろして、慎重に台座の上を確かめてみると……清水と草花が置いてあったはずの台座には、1つのガラス瓶しか存在しなかった。
「……成功かな?」
ガラス瓶の中の水に変化は見えないが……多分、清水と月光草の錬成は完了した筈だ。
これで魔力水は完成。
そして大釜の水も良い感じに沸騰し始めている。これでさらに工程を進めることが出来そうだ。
「薬草を入れて……5分くらい茹でるのか」
レシピをちゃんと読み込んで、茹で時間を確認する。全体的に火を通して、アクを取りきる為には5分くらいかかるらしい。
そこまで煮込んだら、薬草の成分も出切っちゃわないか心配だが……まあレシピに書いてあるとおりにすれば問題は無いだろう。
薬草を束ねていた紐を解き、大釜の中に入れる。
「うわ、くっさ」
薬草を入れて、軽くかき混ぜてみると、大釜のお湯がすぐに緑色に薄く染まる。あの青臭い匂いも部屋の中に広がり、思わず顔を顰めてしまった。
「なるほど、確かにこれは茹でるのが必要だわ」
茹でてお湯から青臭さが匂うという事は、薬草からその成分がお湯に滲んでいるという事。
この工程を経て、薬草の雑味が消えるという事か。
「アクもいっぱい出てるし……こっちは青臭さより苦味の方かな?」
お玉で掬って、深皿に捨てていく。薬草を一束丸々茹でているからか、大量にアクが出始め……深皿に収まらなくなってきてしまった。
「一旦捨てるか」
十数秒程度なら目を離しても大丈夫だろう。深皿を持って、取ったアクをこぼさないように慎重にしながらも、作業部屋から急いで出る。
「……あれ?」
作業部屋から売店横のキッチンスペースまで経由するのは、まず作業部屋から横にある物置部屋……そこから売店や他の部屋に繋がる入口がある大部屋に移動するするんだが、あれだけ匂ってきた薬草の青臭さが、作業部屋を出た途端、全く感じなくなった。
各部屋の入口には扉なんて物は無く、普通だったらこの拠点全体にあの青臭さが広がってもおかしくは無いんだが……
「とりあえず急いで戻らなきゃ!」
今は作業中だからと、シンクにアクを流し小走りで作業部屋に向かう。
そうして大部屋から物置部屋に移り、そして作業部屋に入った途端……あの青臭さを感じ始める。
「なるほど、作業部屋だけか各部屋全部かは分からないけど……空間が区切られたりしてるのか」
青臭い匂いが他の部屋に広がって無いことを考えるに、そういう仕様になっているんだろう。
実際には部屋同士が繋がっているように見えるけど、 ダンジョンと拠点が区切られているように、部屋ごとに違うエリアという判定になってそう。
「だから別に火を起こしても大丈夫だし、匂いも他の部屋に広がらないって訳ね」
まさか回復ポーションの調合と錬成でこんな事が発覚するとは思わなかった。これか棚からぼたもちというやつだろうか。
「……いや、そんな事考えてる暇無いって」
慌てて水面に浮かぶ大量のアクを取り除く。もしこのアクの除去を怠ったら、ポーションを飲んだら変な雑味を感じる……みたいな仕上がりになりそうで怖い。
真剣にやらなければ。
「もっと深い皿買えばよかったな」
また皿がアクでいっぱいになって捨てなきゃいけなくなった時、思わず呟いてしまった。
徐々にアクの出る量は減ってきてるから、次は捨てに行行くことも無さそうだが……次やる時はもっと大きくて底が深い皿を買うとしよう。
「……お?匂いも少し収まってきたかも」
お湯の中の薬草がしなしなになって、匂いもアクも収まりが見えてきた。茹でた時間もそろそろ5分経つし……そういう事だろう。
「よし、5分経った」
5分茹でた薬草を大釜から皿に引き上げる。
茹でる前と比べると綺麗な緑色をした薬草は……パッと見ほうれん草と似ていて、おひたしにして食べると美味しそうかも、なんて思ってしまった。
「あははっ!……今度試してみても良いかも」
5分茹でないといけないから少し手間は掛かるけど、どんな味かするんだろうと興味がそそられてしまう。
ああ、これは多分試さないとずっと気になってしまうやつだ。
「今度集会所でルキとかに振舞って見てもいいかも……ふふ」
集会所から拠点の入口を開けるし、その入口を閉じさえしなければまた拠点から集会所に戻ってこれる。
次会う時が楽しみになってきた。ほうれん草のおひたしならぬ『薬草のおひたし』……食べ物で遊ぶな、なんて言うけれど、料理を創作しているだけだ。
回復効果もあるだろうし、多分許してくれるだろう。
「……冷えたかな」
そんなこんな考えているうちに、茹でた薬草の粗熱は取れたと思う。
そうしたら、この茹でた薬草と魔力水を錬成の台座で掛け合わせたら……低級回復ポーションの完成だ。
錬成の台座の上に2つのアイテムを置いて、スイッチを押す。
今回は錬成の台座がどうなるのか分かってるから、手を目の前に掲げて、指の隙間から台座を見守る。
さっきと同じように魔法陣が光り、その光が浮かび上がって回転し……そしてアイテムに吸い込まれる。
カッ!と眩い光が部屋全体に一瞬だけ広がり……そうして台座の上には、綺麗な緑色の液体の入ったガラス瓶が残される。
「低級回復ポーション、完成ー!」
誰が見てる訳でも聞いてる訳でもないが、一人で拍手をする。モンスターを倒した時とは違う達成感があった。
物を作るってこういうことか。ちょっと楽しいかもしれない。
「本当に出来てるか、ちょっとレジで確認しよ」
売店までガラス瓶を持っていき、レジの鑑定機能を使って、本当に『低級回復ポーション』となっているかを確かめる。
「……問題無し!」
鑑定結果は売店で言っている低級回復ポーションと変わらない。正真正銘、低級回復ポーションを自分の手で作り上げることが出来た。
ダンジョンに来て戦うばかりだったが……こうして敵を傷付ける技術では無く、ほぼ真反対と言っていい怪我を癒す技術を身につけられた事が嬉しかった。
「でも、ちょっと量が多いな」
ガラス瓶に入っているポーションの量は多い。前に宝箱から出た『低級回復ポーション:中量』よりも多い。
大体ペットボトル1本分……500mlぐらいだろうか。
流石に探索中、水分補給用に持っていく水だったりスポドリだったりと一緒にはポーチには入れられない。
「ちょっと重すぎるよな」
確かポーションを飲んだ後、捨てずに置いていた空き瓶があった筈だ。
それにギリギリまで入れたら多分1本50mlくらいは入るだろう……売り物よりちょっと容量の多い低級回復ポーションを10本分作れる。
そうして小分けにした方が探索の時持っていきやすいから、そうするとしよう。
「一旦空き瓶をキレイにゆすがなきゃ」
薬草を茹でた時に使ったお玉とか食器とか……それこそ大釜とかも綺麗にしなきゃいけない。
丁度良いから一気にやってしまおう。




