不慣れで苦戦
「〜〜〜!」
腕の水を鞭のようにしらなせた、水の幽霊の攻撃を両手に持った剣と盾で防ぐ。
すると鞭の水が篭手の内部に浸食し……俺の手を掴んで、動かせないように固定する。
「ああ……鞭みたいにしならせても、元は腕だったっけ!?」
水の幽霊によって身動きが取れなくなった俺に向かって、地を這う貝殻の鱗を持った蛇が、とぐろを巻いて鱗から水で出来た刃を幾つか飛ばしてくる。
……『水妖宮』の探索は順調に進んでいる。
これまでの階層とは違い、平気で魔法攻撃を織り交ぜてくるようになったモンスターとの戦闘は、良い意味でも悪い意味でも新鮮だった。
まだまだ魔法を使うのにも、使われるのにも慣れてない俺からすると、予想もしない結果を生み出され対処が難しい。
今だって、鞭としての攻撃だと思っていたら捕まってしまい……蛇の格好の的になってしまった。
「っ……!」
水の刃は防具の着ていない俺の体を簡単に切り裂くし、水の腕は俺の手を握り潰さんと、どんどん圧力が強まっていく。
「……へへ」
だが俺の顔には笑みが浮かび上がってきた。
もちろん痛い。痛いんだが……それよりもこうでなくちゃな、という思いの方が強かった。
戦いは、切って切られを繰り返すものじゃないと。
「ふんっ!……ぐぐぐ!」
水の腕が俺の手を握り潰そうとしているのなら、逆に言えば相手は俺の手を離せないわけで……俺は地面を踏みして水の幽霊の体を引っ張ろうとする。
水の幽霊も引っ張れないように反抗するが、普段棒状の鉄の塊を振り回す俺の筋力の方が勝り始めた。
「《属性は風》《空気の収束》《形状は針》《個数は10》《放射状に射出》《射程は4m》……風針散弾だっ!」
とうとう力に負けて俺の方に引っ張られた水の幽霊と、地面を這う貝殻鱗の蛇に向けて魔法を発動する。
魔力がごっそり消費され、俺の体の周囲を囲うように風の針が形成されていく。
指定した数の針が形成された瞬間、散弾のように針は散り……モンスター達の体を貫いていった。
「……いってぇ」
2体のモンスターが消えていくのを見届けて、俺は泣き言を漏らす。
体からは当たり前のように血が流れ、騎士の剣を持って居られないほどの痛みを手から感じる。
痛みに震える手で何とかポーチから中級ポーションを取り出し、中身を飲み干すと……何とか血は収まり、痛みも引いていった。
剣を拾い上げ鞘に納め、ドロップアイテムを回収する。今回は貝殻鱗の蛇の、その鱗がドロップしていた。
「それにしても、魔法の発動もちょっとは慣れてきたな」
俺が勝手にワイズ式魔法と呼んでいる、構成式を構築して魔法を発動している方法。
構成式をそのまま口に出せば詠唱となり、イメージ構築にも役立つこの方法は、自分の『こういうのが欲しい』というイメージを臨機応変に体現してくれるから、戦いがずっと楽になる。
「……モンスターの魔法も、見てたらインスピレーション湧いてくるし」
持った貝殻鱗を手遊びする様に弄りながら呟く。
水の幽霊が行った腕を水に変換させて鞭みたいにしたと思ったら、まだ腕としての機能が残っていたのは素直に驚いた。あれと似た様なのを俺が再現しようとしても、どう構成式を組めば良いのか分からない。
それに一度身をもって体験したから、水の刃でも物を切断出来る事が理解出来た。
ウォータージェットというものがあり、それが物を切断出来るのは元々知識として残っているが……それを魔法で再現するには大変だろう。
「でも、この貝殻鱗から出たあの水の刃なら、魔力を節約して発動出来そう」
そうすると構成式で肝なのは、刃物の鋭さをイメージする事と、それに見合った形状を取らせて、イメージを補完する事かな。
「……まあ、明らかに水属性ですってモンスターに水の刃が通用するとは思えないけど」
そもそも水の幽霊なんて、影のように見えるけどその実全部が水で構成されているし。
「なんか水属性に有効そうな属性って風以外にあったっけなぁ……」
ゲームの知識を必死に呼び起こす。
日本に居た頃に遊んでいたであろうゲームの記憶は、多分だが俺のパーソナルな部分に繋がっていたのか、大半が忘れ去ってしまっている。
ゲームのジャンルとか、その人の性格や好みとかが反映されてたりするからだろう。
そのせいで、せっかく頭を回転させたのにも関わらず役に立ちそうな情報は思い出せなかった。
「そうなるとなんで俺は、俺の事ばっか忘れてるんだろうなぁ」
……いやまあ、記憶喪失に陥った人間が記憶を失う前の自分の事を覚えていたら、そもそもそれは記憶喪失とは言えないか。
何を当たり前の事を、と思いつつ……貝殻鱗をポーチにしまう。
「……」
モンスターのお出ましだ。
ぴちゃん、ぴちょん……水滴が落ちて音を立てているような、そんな水音が不規則な間隔で聞こえてきた。
その水音は、徐々にこちらに近づいて来ている事を考えると……空中に居る『何か』が床に水滴を垂らしているか。
──『水』そのものみたいな存在が歩いているのか。
「……っ!」
顔を覗かせたのは、丸々の水の球体だった。
水の幽霊が使っていた、魔法の水球そのままの見た目をしたそのモンスターは、小さな水球で出来た手足があり、それが地面を踏む度にぴちゃんと水音を立てている。
球体の中に浮かぶ気泡が3つ、目と口の様に並んでいて顔を形成している……本当に、水の球体としか言いようがないモンスターだ。
「……可愛いかも」
丸っこくて、本体がバスケットボールくらいの大きさしかない上、手足も野球ボールみたいに小さい。
ずんぐりむっくり、なんて言葉が似合いそうだ。
「──!?」
水球モンスターはちゃぽちゃぽと歩き、俺との距離が結構近くなってからやっと俺の存在に気づいたのか、驚きのあまり飛び上がる。
手足をバタつかせて、気泡の目を見開いて驚くその様子が、尚更可愛くて俺は胸がグッと苦しくなる。
「今からコレ倒すのかぁ」
モンスターと出会ってしまった以上、戦わないという選択肢は俺には無い。
どれだけ気が進まなくても、過去に抱いた覚悟に従って俺は騎士の剣を鞘から引き抜く。
「──!!」
俺が臨戦態勢に入ったのを水球モンスターも理解したのか、水泡の目をクッと釣り上げて敵対心を滲ませてくる。
その姿さえも可愛いが
「──!」
水球モンスターの気泡の口から、シャボン玉のように泡がぽわぽわと放出される。
そしてその泡がパッと割れると……圧縮空気弾のように、泡の中の空気が爆発するように広がっていく。泡のひとつひとつが、俺が魔力を使い果たして発動する圧縮空気弾に匹敵する風量を、泡の中に有しているらしい。
「……くっ!?」
大量の泡が割れ、解放された空気が暴風となって俺を襲う。
踏ん張らないと経っていられない……そんな嵐の中、青銅の小盾にカツンと何かが当たる。
──水の針だ。俺がさっき使っていた魔法の水バージョンみたいな。
「やば、すぎ……!」
風に乗って水の針が飛んでくる。この暴風の中だから細かく狙いを付けることはできないだろう。だが当たりさえすれば、風に乗って容易に俺の体を貫通出来る勢いがある。
水球モンスターは、泡を出して風を補充しながら合間で水の針を吐き出している。それだけで俺を倒せるだろうと、自分の戦い方を俺に押し付けるだけで、動く様子はない。
盾を顔の前、篭手を胸の前に掲げて、なんとか致命傷を防ごうとしながら……ここからどうするかを考える。
「(魔法を使ってから、もう3分は経ってるはず……魔力強化で強引に突破するしかないか?)」
魔力強化だ。全身に広げた余剰分を足に全部込める……吹き飛ばされる前に、叩き斬る。
「目に物見せてやる……!」
さっきも被弾覚悟で戦ったんだけどな、と思いながら防御の構えを解き……地面すれすれの前傾姿勢を取る。
心臓から残り少ない魔力を引きずり出すように全身に広げる。水球モンスターを仕留めるのに、3秒も要らない……1秒しか魔力強化出来ない代わりに、残った魔力をすべて下半身に込めた。
「……っ!」
地面を滑るように走り出し、暴風を物ともしない勢いで水球モンスターに向かう。
肩や腹に水の針が突き刺さり、気絶しそうなほどの激痛を感じる中……騎士の剣を水球モンスターに振り下ろした。
水球モンスターの体が2つに割れ、水が飛び散る。受け身を上手く取れず、俺の体も地面に転がるが……嵐がぴたり、と病んだ。
「なに、マジで……急に強くなりすぎじゃない?」
水の針が貫通して出来た腹の穴を手で押さえながら呟く。
これまでのエリアで出会ったモンスターと比べ物にならないくらい、『水妖宮』に出てくるモンスターが強い。
もうチュートリアルは終わりで『水妖宮』から本格的なダンジョン攻略ってことだろうか……それにしては、アクセル全開過ぎる気もするが。
「くそ……今日で中級使うの2回目だぞ」
回復ポーションを飲みながら、今日の消費したアイテムの値段とモンスターを倒して得た収入を比べる。
『水妖宮』からモンスターがシルバーコインをドロップしなければ、大赤字だっただろう。すでに20体以上倒して、消費したポーション分はとっくに稼ぐことが出来ている。
「防具か?防具なのか?」
一番手軽な被弾を防ぐ行動としては、装備を充実させることだろう。
「早く目玉商品に鎧が並ばないかなー!」
初期装備と同じ革の胸当てだけでは、モンスターの攻撃を全然防げない。ダンジョンで生き残るためにも、防具を揃えるのが俺の急務だった。




