第3エリア『水妖宮』
イベント終了後、ほぼ丸1日を脳の休息に費やす事となってしまった。
これからは気力のポーションを短期間で何本も飲むような事はしないように、と心に決めながら、今俺は『淵樹の密林』『黒岩崫』に続く第3のエリアへの攻略に足を踏み入れようとしていた。
3つめのエリアの名前は『水妖宮』……『黒岩崫』のボス部屋から見えていた入り江から先の海の中にある様な、そんなエリアだ。
「……地続き、って感じだろうな」
実際に続いてる訳では無いが、このダンジョンは次のエリアのテーマが前のエリアのボス部屋である程度分かるようになっているらしい。
今日の装備は『水妖宮』がどんな所か全く分からないという事で、臨機応変に対応出来る騎士の剣と青銅の小盾というラインナップだ。
「鉄の戦槍より、騎士の剣の方が使いやすいからね」
イベントの交換品である『器用さの巻物』は、俺に器用になったなと実感させるくらいの効果を発揮した。
その事を考えると槍でも特に問題は無いんだろうが……取り回しの良さで、剣を選ぶ事にした。
他に気になる事と言えば、青銅の小盾を装着していると、左手の魔鉄の篭手を盾が覆うようになってしまうから、一番の特徴の黒牙が使えなくなる事か。
まあ盾のほうが攻撃を防げるから、篭手より盾を優先して装備するんだが。
「よし、準備出来たし行くか」
看板の文字を触って『水妖宮』の入口を開く。そうして見えてきた『水妖宮:第1階層』の景色は、思わず息を止めてしまいそうになるほど『水中』って感じだった。
天上から降り注ぐ日の光を、水面をそのまま固めたような地面が反射している。まるで水を切り取ったように出来ている壁を試しに触ってみても、手が濡れることはない。
その透き通った壁の奥には小さい魚の群れが見えたり、床の先には海底が見え珊瑚なんかも見える。
「綺麗だけど……怖いなぁ」
無いとは思うが、この空間が潰れれば俺は海に飲み込まれるだろう。なんの準備も出来ず、呼吸すらままならない水中を彷徨う事になると考えると、回避の出来ようもない、大いなる自然の脅威をありありと感じて、背筋がひやりとする。
「そもそも、俺泳げんのかな……」
ダンジョンに来てから、当たり前だが泳いだ経験が無く自分が水中を移動できるのかが分からない。
まあ、完全に水中を移動しなきゃいけないエリアでも無ければ大丈夫だろう。
そんなことを考えながらダンジョン内を歩いていると、このエリア初のモンスターの姿が見えてきた。
水面に映った人影がそのまま闊歩しているようにゆらゆらと揺らめく、人型の幽霊だ。
「~~~」
幽霊は目敏く俺の存在を感知し、その影の腕を俺に向けてくる。影はやがて水流となり、空中にバスケットボール大の水球を作り出した。
「そういう感じね……!」
一発、二発、三発……立て続けに発射された水球は、全て俺に向かって飛んでくる。
まず一発はそのまま避けて、二発目は青銅の小盾で受け止めると、バシャッと水が撒き散り、腕にそれなりの衝撃が伝わってくる。
だがその程度の衝撃はもう俺にとって大したものでは無く、体勢を崩すにも動きを止めるにも至らない。
「ハッ!」
そして右手で鞘から引き抜いた騎士の剣を、そのまま三発目の水球に向けて切り上げた。
僅かな抵抗感と共に水球が真っ二つになり、後ろの地面の染みとなる……いや、地面も水面だから染みにならないんだろうけど。
「魔法か……レシピが必要って言ってたな」
そういえば魔力強化だけで、魔法は使ったことなかったなと思い、騎士の剣の切っ先を幽霊に向ける。水の幽霊に効くような魔法ってなんだろうな……属性的に風か?
「《周囲から空気を収束》《収束した空気を射出》《軌道は剣先から直線状に真っ直ぐ》……えっとあとは《射程は10m》……!」
行き当たりばったりで魔法を使おうとしたから、構成式を構築するのに手間取ったが……ワイズ式魔法を発動するには至れた。
心臓の熱が……魔力が腕を伝い、剣を伝って無くなっていく。すると騎士の剣の切っ先に、可視化できるくらいの濃密の空気弾が生成されていった。
「~~~」
水の幽霊も俺の魔法に対抗してか、また水球を作り始めたが……その水球が射出されるよりも先に、俺の魔法が発動する方が早かった。
圧縮された空気は、反動を微塵も感じさせずに剣の切っ先から、水の幽霊に向かって真っすぐ飛んでいく。
「……わお」
水の幽霊に魔法が命中した瞬間、パァンッという乾いた衝撃音が、反響する。圧縮された空気が爆発するように広がり……その風圧に髪が揺れ、頬を撫でる。
上半身の大半が魔法により消し飛ばされた水の幽霊は、傷口から血の代わりに水を滴らせ、その傷が致命傷となり爆散して消えていった。
「これが魔法かぁ……!」
ごっそりと魔力を持ってかれて、胸焼けを感じているが……それよりも魔法を使った、使えたという達成感が胸を満たしていた。
初めて使った魔法。構成式もぐちゃぐちゃで、戦闘が終わって冷静になった頭ではもっと良い構成式も思い浮かぶが……それでも多分、俺はこの先の人生でこの時のことは忘れられないだろう。
「空気弾……いや、空気を圧縮してるから圧縮空気弾かなぁ」
浮かれすぎて、今使った魔法の名称すら考えてしまう。
もう既にこの魔法……『圧縮空気弾』は俺の一番好きな魔法となった。
「構成式をもっと良いものに作り替えたいけど……もう魔力が無いし、後でにしよう」
『構成式をより完璧なものにする為に研究をしている』……これは魔法について教えてくれた時のワイズさんの言葉。この言葉が今になってやっと少し理解が出来た。
確かに、この圧縮空気弾を突き詰めて研究したいという気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
もっと構成式を詳細に、かつ簡潔に分かりやすく……それに加えて少し構成式を少し変化させたら、魔法にどんな影響が出るのか……俺も研究したい。
「ああ〜……もっと魔力欲しいなぁ」
1回の魔法の発動で魔力がほぼ無くなる程、俺の魔力量は少ない。出来ることなら、俺の気が済むまで10回でも100でもいくらでも魔法を使いたいと思ってしまう。
「その為にも、ダンジョンの攻略を進めなきゃな……」
魔法の余韻に浸るのもいいが、今俺がいるのはダンジョンの階層の中……流石にこれ以上油断は出来ないと気を引き締め、今回の戦利品を回収する。
水の幽霊がドロップした物はコインだけだが、やっと3エリア目にして、シルバーコインがモンスターから直接ドロップするようになった。
「大きな変化だ……これで金銭面も潤ってく」
シルバーコインをしまって、先を目指す。まだまだ『水妖宮』の第1階層を探索し始めたばっかだ。
前にルキが言っていた、解放しておいた方が良い脇道のエリアというのも見つけておきたいし。
「先に追いつきたいから……少し駆け足で攻略していこうかな」
この『水妖宮』のエリアの景色は、とても綺麗だからゆっくりと楽しみたいという気持ちが無いでもないが……イベントで自分よりも遥かに強い人達が居ると考えると、悠長にしていたら、置いていかれてしまうかもしれない。
焦燥感に駆られているつもりは自分では無いし、誰かと競走している訳でも無いが……俺は早く追いつきたい。
ルキの、あの背中に手を伸ばしたい。
「イベントが良い刺激になったな……」
小走りで『水妖宮』の中を進んでいく。
今まではマイペースにダンジョンを攻略していた。だがもっと強くなる為には、ただゆっくり攻略するだけでへ足らない。
よりハードに……少しでもモンスターと戦い、より強いモンスターと戦っていく必要がある。
新たな決意と覚悟を決めて、俺は前方に見えたクラゲのようなモンスターに向かって走る速度を上げる。
「ふっ……!」
触手の先端から光を発しながら空中を浮遊するクラゲのモンスターに、俺は騎士の剣を突き刺した。
クラゲはビクリと体を震わせ、何とか俺に反撃しようと触手を必死に俺の体に向けて来るが、俺は剣を引き抜いてクラゲの体を切り捨てる。
すぐ横を同じように浮遊していた別個体のクラゲが伸ばしていた触手ごと、弾き飛ばすように青銅の小盾で体当たりをかます。
シールドバッシュによって体が潰れたクラゲは、壁まで吹き飛んでいった。
「……次!」
騎士の剣を構え直し、ゆらゆらと揺らめく水の幽霊を睨む。
まだまだ体を温めるには足らない。
心だけが燃え上がっている今……この差を埋めるには、闘争を求めるしか無い。




