幸運
探索をしていて気付いた事だが、この『淵樹の密林』はそこまで広いエリアではないらしい。少なくともこの第1階層は広くない。
このツタの這った岩肌の壁がそれを証明していた。
「探索を始めて……10分くらい?」
逸れることが無いよう真っ直ぐ進んできたつもりではあるが、何度か小猿との戦闘もあったからもしかしたらズレている可能性もあるが……まあ、壁を見つけられたのは大きい。
「このまま壁沿いを歩いてみようかな」
外周を把握して置く意味は探索において重要だろう。
近くの木から枝をへし折り地面に突き刺して目印にして、壁を右側に進む。
「……ぷは」
途中ペットボトルでの水分補給をするのを忘れない。
根拠は思い出せないけど、大事なことがった気がする。
「時計が欲しいな」
密林の中を歩きながら呟く。
ダンジョン内では時間の経過が分かりずらい。探索を知らぬ内に長時間続けた結果、集中力もアドレナリンも切らした時が怖い。探索時間を定めておくためにも現在時刻が分かる物が欲しい。
「……アドレナリン、は脳内物質だったかな」
自分の記憶の整理も行いつつ、密林を進んでいくと前方に生えていた草が揺れるのが見えた。
今まで戦ってきたのは全て小猿。その小猿達は沢山生えた木々を飛び移る以外の移動方法はしていなかった。
それを考えると草を揺らしながら近づいてくるのは、別のモンスターの可能性が高い。
「……ふぅー」
高まる緊張を深呼吸しながら抑え、木剣を構える。
「シュル……シュル……」
現れたのは紫色の体色をしたヘビだった。長い舌を出し入れしながら俺の方に蛇行して近付いてくる。
体長は1mくらいで、そこまで太くも無い。
小猿よりは簡単に倒せそうだ。あの小さい頭部を全力で叩けば一撃で倒せるだろう。
そんな事を考えて、ヘビの事を警戒しているとヘビの方に動きがあった。
あれだけ出し入れしていた舌を引っ込め、何かを口腔内に溜めている。体も仰け反らせ……
「あ、まずい」
頭の中で警報が鳴っている。避けろと囁いてくる直感の言う通り、俺は身を翻して横に移動する。
回避行動を取った俺とほぼ同時にヘビは仰け反らせていた体を前に戻す勢いのまま『何か』を吐き出してきた。
その何かは俺の横を通り過ぎ、草木を濡らすが……その後どうなるかを見ること無く俺は飛び出していた。
「はぁっ!」
ヘビの体全体を動きに使っていた為、すぐに俺の動きに反応する事が出来ていなかった。
俺は攻撃の後隙で無防備となったヘビの脳天に木剣を振り下ろす。
「ふう、危なかった」
頭蓋を潰されぴくりとも動かなくなったヘビはカッパーコイン5枚を残して爆散する。他にドロップしたアイテムは無かったが、小猿よりもドロップしたお金は多かった。
「さて、あのヘビは一体なのを吐き出したんだろう。予想はつくけども」
硬貨を拾いポーチの中に閉まっていく。
計算が間違ってなければ、20 カッパーコインを稼げたはずだ、と勘定をしつつ後ろを振り返る。
「うわっ……」
そこには思わず声を上げてしまうほどの光景が広がっていた。
ヘビの吐き出した何か……毒液がかかった植物が萎れていた。生き生きとした健康的な緑の葉だったはずなのに、紫色の斑点が出来ている。
挙句の果てにはシュワシュワと音を立てながら溶け出していってしまった。
洞の沢山ある木……多分これが淵樹なんだろうが……はそこまで毒液の影響を受けないのか、幹の表面を溶かすだけだったが……何とも威力の高い毒液なのだろうか。
「……最序盤で出てきていい敵じゃない気がする」
石レンガの売店で解毒薬みたいなのって売ってたっけな、と真剣に思い出す。この先【淵樹の密林】を探索するに当たって、少なくとも1本は必ず持っておいた方が良いアイテムだろう。
毒液に掛かった自分の顛末を想像すると、ゾッとしてしまう。
「うん、絶対買おう。絶対」
命は一つだ。出費が痛い程度で、その命を大事に出来るのなら、その程度どうって事ない。
「探索始めてもう20カッパーコインは稼いでるんだから、そんな心配するような事でもないしな」
体力的にはまだまだ探索を続けられるし、モンスターとはいえ生命を傷付けるのも、もう慣れた。
自分のことではあるが、意外と動けるらしい事も判明しているし、当初の目標であった30カッパーコインも余裕だろう。
「でも油断せずに行こう。ヘビの毒液一滴でも死ねるのは、変わっていないんだから」
自分に言い聞かせ、探索を再開する。
探索を進めていくと、面白い景色がいくつも見えた。
ダンジョンの中だというのに、絶えず水が流れる小さな川。よく見てみると、ダンジョンの壁の中から水が供給されているのが見える。
水質は綺麗で、飲めそうな気もするが……まあそれは実験で安全を確かめてからだな。
その次に見えたのは、淵樹の洞を住処とするリスの家族だった。
まさかリスの見た目をしたモンスターか?と疑って警戒して居ると、その警戒心を嗅ぎとったのか洞の中に引っ込んでしまった。
どうやら小猿やヘビ達とは違い、敵意というものは無さそうだ。モンスターはこちらを認識した途端、逃げること無く絶対に襲いかかってくるのに。
ダンジョン内にはモンスター以外の生物も生息しているらしい。
「……うげ」
そして最後に見つけたのは、あのヘビの住処だった。
パッと見で5匹が木の洞の中や枝に巻き付いていたり、地面に居るのが見える。
ヘビの毒液の影響か、ヘビ達の住処周辺には植物は一切生えてないし、淵樹の幹も表面がドロドロになって固まったようの見た目をしていた。
不思議とあそこの空気が澱んでいるようにも見える。
小猿のものらしき頭蓋骨などの骨も地面に転がっていた。
……どうやらモンスター同士は敵対する事もあるようだ。
それにモンスターがモンスターに殺られた時はカッパーコインのようなアイテムはドロップせず、死体も爆散しないらしい事が、ヘビの住処を見ていて分かった。
そお〜っとヘビのバレないように、その場を離れる。
幸いにもヘビは俺の存在に気付く事はなかった。
なるべく、ヘビとの戦闘は不意打ちで攻撃出来る場面以外は避け、基本的に小猿をターゲットに戦いをしながら進んでいくと……ダンジョンの壁に何かがあるのが見えた。
「……掲示板」
石レンガの拠点でダンジョンに出るために設置されていた掲示板と同じものが壁に張り付いていた。
掲示板に掛けられた看板は【拠点】と【淵樹の密林:第2階層】の2つの文字。
「なるほど、こういう形で次に進めるのか」
俺はとりあえず【拠点】に触れ、この階層で2つ目の石レンガへの拠点への入口を用意する。
木剣という攻撃力の低い武器で第2階層に進むつもりは元々無い。
1個目の拠点への入口も位置を大体覚えているし、逃げ道が2つも出来た今、やることはお金を稼ぐことだろう。
「利確はしておいてっと」
万が一、紛失しないようポーチからカッパーコインと、とりあえず確保していた小猿のドロップアイテムである木の実を、拠点の地面に置いておく。
ほとんど中身の無いペットボトルも……ここで飲み切ってしまおう。そして、探索時間をまた喉が渇くまでの間と定める。
ぶらぶら探索を続けるより、制限時間を設けた方が健全なはず。時計が手に入るまで、これからペットボトル1本を飲み切るまで、と探索の時間を制限してしまおう。
うん、それが良い。
「よし、最後の追い込みと行きますか…!」
今、拠点への入口を開いたから、1個目が代わりに閉じてしまった可能性だってある。
念の為、それを確かめる為にもこのまま最初のスタート地点に向かおう。ついでの中心部の探索にもなるはずだ。
「ウキッ!」
そして丁度良く、小猿がこちらに近づいてきた。
枝を長い腕て掴みながら、木々の間を移動している。
「そういえば……石レンガのエリアは安全なんだよな?」
ついでに検証してしまおう、と俺は小猿から視線を逸らさずに後ろに下がる。
小猿は敵意を滲ませながら俺との間の距離を詰め……俺が石レンガのエリアの中に体を完全に入れた瞬間、突然見失ったように周囲を見回していた。
「向こうからは、そもそもこのエリアが認識出来ないんだ」
ほぼ常に目が合っていたと過言では無いのに、小猿は俺の姿を見失っていた。
そうなる条件は体全体がエリアの中に入っているか否か、だろう。
石レンガのエリアから手だけを外に出してみても、小猿はそれが見えていないようだった。
そして小猿はとうとう俺の追跡を諦めたのか、一旦地面に降り頭をポリポリと掻いている。
その無防備な姿を見て、俺は石レンガの拠点から飛び出した。
「ウキッ!?」
小猿は突然姿を現した俺に驚いて、慌てる。
そのまま地面を走って逃げればいいのに、小猿はどうにか木の枝を掴んで、いつものように木々の間を飛び移って移動しようとしていた。
だが突然な事で助走も付けられなかった小猿は、枝を掴むほど高く跳ぶ事は出来ず、伸ばした腕は虚しく空を掴んだ。
「やぁっ!」
他に回避行動の取れない空中で、ジタバタともがく小猿の胴体目掛け、木剣を突き出す。
走っていた勢いも乗った木剣の刺突は、切れ味が無いから小猿の体を貫く事は無かったが、小猿の体をくの字に曲げ、後方にあった淵樹の幹まで吹き飛ばす。
木剣の切っ先から確かな手応えを感じていたが、念の為次の攻撃を何時でも出来るよう構えつつ、淵樹に激突した小猿との距離を詰める。
「……よし」
やはり先程の刺突が致命傷となっていたのか、小猿の体は爆散し、3枚のカッパーコインをその場に残した。
これで当初の目標であった30カッパーコインの稼ぎは達成だ。
「どんどん行こう」
コインをポーチに入れ、探索を続ける。
ヘビとの戦闘をなるべく避ける方針は変えず、エリア探索メインではなく、モンスターとの戦闘メインで探索を進めていく。
小猿との戦闘も慣れた物で、基本的に一撃で倒せる程度にはなってきた。二撃必要だったとしても、一撃目でほぼ瀕死に持っていける。
戦いを重ねる度に自分が研ぎ澄まされていく感覚を覚える。強くなっている、とも言い換えても良いかもしれない。
「キキッ」
「キー!」
複数の小猿との戦いも、余裕に感じれた。
小猿は馬鹿の一つ覚えの様に飛び掛りしかして来ない。
飛び掛りを躱されると再度木の枝に登り出すから、初めは回避に専念すれば、相手の無防備な所を叩ける。
「はい、これで6カッパー。美味しいね」
ポーチに6枚のコインと木の実1つをしまう。
ダンジョンの探索初日にして、順調過ぎると言う他ない結果だろう。
さらにその幸運は続く。
「うん?……羽音?」
密林の中心部当たりに来た辺りで、虫が飛んでいるような羽音が聞こえてきた。
淵樹の幹に身を隠すようにしながらその音に近づくと、大きなトンボが3体、やや開けた場所に滞空していた。
地面には……木製の宝箱が置いてあるを
「……マジか」
第1階層で宝箱を見つける事になるとは、しかも初日に。
まるで記憶を失った分の釣り合いを取るような幸運だ。
現状の俺にとって、ここに来るまでの過去の自分の記憶など、どうでもよかった。それがあった所で帰れる訳もないし、生活に困る訳でも無い。
そもそも覚えのないダンジョンで、どうやって記憶を取り戻す手掛かりを入手するんだとも思ってさえ居たが……こういった幸運があるのなら、記憶を失ったままで全然構わない。
あの宝箱は欲しい。どうにかこうにか開けて中身を持って帰りたい。
ただ問題はあのトンボだ。
空を飛んでいるという都合上、俺の攻撃は基本的に届かないだろう。数でも負けている。機動力だってもしかしたら相手の方が上だ。
「……宝箱だけ抱えて持って帰る?」
いや、あの宝箱が持ち運びかどうかも分からない。持ち運べる重さかも分からない……そんな危険な賭けをする訳にはいかない。
さて、どうしたものか。
「……」
少し、様子を見る為に後ろに下がり遠くから石ころを投げる。実際にトンボに命中させるのではなく、わざと物音を立てて、反応を見る為だ。
わざと見当違いの所に石ころは飛んでいき、むしろ狙い通りにガサ、と音を立てた。
トンボ達は瞬時にその音に反応し、3匹の内1匹が素早い動きで音がした方へ飛んで行った。
「……」
数秒もしない内に巡回を終えたトンボが戻り、そして先程と同じように宝箱の上をホバリングする。
「チッ……」
思わずトンボ達に気付かれ無い程度の音量で舌打ちが出た。
その後も何度かわざと物音を立てて、トンボ達の反応を観察したが、やはり守りが硬すぎる。3匹という数が隙を無くしていた。
物音がした場合は1匹が周囲の警戒を担当し、他の2匹は絶対に宝箱から離れない。
それは同時に複数の物音を立てても変わる事は無かった。
それでも諦めるという考えが俺の脳内に過ぎる事は無かった。
──自覚は無かったが、記憶を失っていることによって俺は恐怖心や自制心すらも忘れていた。理性よりも本能の比重の方が多くなっていた。
──怖いもの無し、と言えば聞こえが良いが、中身は物を知らないからこその無鉄砲さ。
──無知という物が時には人を殺すという事を俺は知らなかった。忘れていた。
「……モンスター同士は、敵対、する?」
どうにかこうにか方法は無いかと考えていた際、あのヘビ……毒ヘビの住処の光景が脳裏に思い浮かんだ。
トンボが物音を調べに行った時、すぐ戻ってきてしまうのはただ物音がしただけで、他に何も無かったから……?
もし、あのトンボ達の居る場所に他のモンスターを誘導出来たら……戦いが生まれて俺の付け入る隙も生まれるのでは無いか?
「いや、むしろトンボ達に姿を見せて、宝箱を狙う敵だと認識させてもいい」
それでも自分を追いかけさせ、毒ヘビ達の住処に……いや、それは流石に危険か?
俺が姿を見せたとして、全てのトンボが追いかけてくるとは限らない。
「……よし、モンスターを見つけてこよう」
出来れば小猿。それも複数体を同時に引っ張ってきて……トンボ達の方に投げ飛ばす。
トンボの索敵反応はそこまで広くはないが、音には敏感。俺が今立っている所がギリギリの場所……
いける。まだまだ荒のある作戦だが、成功すればあの宝箱を入手出来る。
「ウッキー!」
だが俺の幸運は、宝箱を見つけられただけで……続かなかったらしい。
後方から小猿が勇敢に鳴き声を上げながら、俺を襲って来た。
そう、ここは……トンボの索敵範囲ギリギリの場所だ。




