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ワーム戦




 「え、看板……?」


『黒岩窟:第5階層』の探索を進めようとした所、5分も経たずに『ボス部屋』を見つけてしまった。


「ええ……こんなことあるんだ」


 ダンジョン内の地形も何も、ランダムに生成されるのなら入口と出口がほぼ隣同士になることもあるだろう。

 第5階層の探索を意気込んでいたのが、少し肩透かしを喰らってしまった。


「先に進めるなら進むけど」


 『黒岩窟:ボス部屋』を解放だけし、一旦石レンガの拠点に戻る。ボス……ワームと戦うにために買い込んだ中級ポーションを取りに戻るためだ。


 売店のレジの奥にあるキッチンスペースに置かれた、カウンターのように細長いテーブル。その上に並べてあった中級ポーションをポーチの中に入れていく。



「よし、行ってきます!」


 これで準備万端。探索を始めた瞬間にボス部屋を見つけた事もあって、体力も気合も十分。


 看板に書かれた『黒岩窟:ボス部屋』の文字に触れる。


 いつもの様な洞窟が少し続き、それを歩いて進んでいく。すぐに見えた、何やら広い空間。

 

 ……天井、壁、地面全てが岩肌の洞窟であった『黒岩窟』の終点は、洞窟では無かった。


「おお……」


 思わず声の漏れる絶景。洞窟を抜けた先は、洞窟の中に出来た入り江だった。

 坂を降りると、小石混じりの砂浜。さざ波が立つ青い海。海の先に見える洞窟の出口からは果てしない水平線が広がり、眩しい太陽が覗いている。


 今まで光源として輝いていたものは一切無くなっているが、水面に反射する太陽の光で空間は照らされている。

 言うなれば、洞窟に隠された神秘的な入り江、だろうか。


「……綺麗」


 だが惑わされはしない。


 洞窟の出口から広がる水平線も、燦燦と輝くあの太陽もすべて、まやかしに過ぎないことは分かっている。

 この入り江から海に出たとしても、このダンジョンから脱出できる訳では無い。そもそも洞窟から出られるかも分からない。


 ザクザクと砂を踏みしめながら歩く。洞窟側と海側、その中間ほどまで来たところで……揺れを感じ始めた。

 水面に不規則な波紋が生じ、どこからかゴゴゴ……と腹に響くような音が聞こえてくる。


「……上か」


 俺が天井を見上げるのと同時に、ワームが天井を突き破って現れた。

 ワーム本体と天井の残骸が、海面に大きな水飛沫を上げて落下する。


 そうして姿を現したワームの全長は数十m、クリーム色の肉体にはぱっと見で分かるほど筋肉質だ。地中を自由自在に動けるだけある。


「ギャアアアァァ!」


 おびただしい数の牙が並んだ口しかないワームの顔面が俺の姿を捉え、金切り声のような叫び声を上げる。

 ボス戦開始だ。


「はぁっ!」


 様子見として、試しにこちらから仕掛けてみる。地面を蹴り、ワームとの距離を詰め鉄の戦槍で攻撃する。

 だが、突き出した槍の穂先はワームの体の表面に刺さりはしたが、内にある屈強な筋肉にせき止められてそれ以上進まない。


「ギャアア!」

「っく!」

 

 ワームが身動ぎするだけで俺の体は吹き飛ばされてしまう。

 体にチクッとした痛みを感じたから、とっさに身をよじった程度で今のはワームにとって攻撃した訳で無いんだろう。


 ザッザッと地面を蹴り、吹き飛ばされた勢いを殺す。


「身動ぎ一つでこれか……」


 もし真正面から攻撃を受けたらどうなってしまうのだろう、と冷や汗が流れる。


「ギャアアアア!」


 ワームの体に力が入り……水面からしぶきが上がるほどの勢いで飛び出してきた。

 牙の沢山並んだ口が俺を飲み込まんと迫ってくる。


「や、っば」


 ワームに飲み込まれたらひとたまりもない。砂で上手く踏ん張りが効かない中、ワームの進行方向から慌てて逃げる。

 砂埃を上げながら、ワームが俺の横を通り過ぎ……地面の中に潜っていく。


「……どこから出てくる?」


 俺にはワームがどこに消えてったか分からない。かろうじて迫ってくる音を聞くくらいしか出来ない。

 ワームに捉えられないように動き回るか、それとも停まってワームの動きを探るか……


 いや、索敵に自信が無いなら動きを止めるのは良くない。不規則に、乱数的に、一瞬足りとて同じ場所に居てはいけない。

 前に進んだら、直ぐに横に曲がる……かと思ったら後退して、くるりとその場を一周。

 

 ワームの顔には口しか無かった。いや、じっくりと観察した訳では無いが……ワームは一体どうやって俺の位置を把握しているのか。


「おそらく音、それも足音」


 それか振動を察知しているはずだ。

 地中から正確に甲殻虫の位置を補足して、飛び出してきたのを思い出すに、それぐらいしか考え付かない。


「ワンツー、ワンツー」


 地面で音を立てたくはない、かと言って身動きの取れなくなる空中に居続けたくはない。

 地面スレスレをステップで駆け回る……さながら踊りだ。


「キタキタ……!」


 地面から腹に響く音が聞こえてくる。ワームが俺を狙って顔を出そうとする音だ。


 どこだどこだ……どこから顔を出してくる。


「マジか!?」


 俺が最後に地面を蹴ったその音を耳聡く察知したのか、俺がステップを踏んだ瞬間に地面が割れる。

 気色の悪い顔が俺を飲み込まんと迫ってくる。


「キシャァァァアア!」

「まっずい!」


 俺が着地しようとしていた場所が無くなった。俺の体は空中……一番懸念していた事を起こしてしまった。

 ここままじゃ飲み込まれる、何とかしないと……と空中で何とか体を捻り鉄の戦槍を振るってみる。

 そうしたら以外にも体が動くじゃないか。槍をワームにぶつけ、その反動でワームの軌道から逃れる事が出来た。


「うおっ、とと」


 崩れた体勢ながらも何とか地面に着地する。

 ワームに飲み込まれず、無傷で回避出来たが……それを安堵していられる暇も無かった。


「キシャァァァ!」


 ワームはさらに俺を狙っている。

 地中から飛び出した体を倒し、そしてそのまま横に薙ぐように体を動かすワーム。

 ただ少し顔を出しただけでさえ10mはあるワームの体が、砂埃を上げながら迫ってきていた。


 避けようが無い。俺にはこの一瞬でワームの攻撃範囲から逃れられるような瞬発力は無い。全身が筋肉の塊みたいなワームを盾で受け止め切れる程の力も無い……どうする。


 刻一刻と迫ってくるワームの大きな体。あれに轢かれたら骨の1本や2本どころの話じゃ済まない。全身が粉々になる。


「どうする!?」


 その時、俺の直感が万が一にも生き残るには『上に跳ぶ』しかないという考えを導き出した。

 ワームの体の太さは3~4mはある。どうやっても人間である俺が、そんな高さを跳べるはずは無い。


「ああもう!……クソ!」


 ただ生き残るには、上に跳んでワームの横薙ぎを避けるしかない。躍起になって、ワームの迫ってくる体に対して走る。

 ジャンプするタイミングを合わせるのと、助走を確保する為だ。


「……ここ!」


 走った勢いと、地面を踏みしめた力を上方向に……!


 ドンッと地面を強く蹴り上げられた感触が足に伝わってくる。砂埃を撒き散らしながら、急激に変わる俺の視界。


「グッ……」

 

 全身に見えない手に押し潰されるような重力の重さを感じながら……俺の体は宙を舞う。

 そんな俺の体の少し掠める程度ギリギリに、ワームの体が通り過ぎていった。


「嘘、だろ!?」


 思わず漏れる驚愕の声。自分自身がやった事ながら、まさかこんな事出来ると思ってもみなかった。

 ……今俺は多く見積っても4m強の高さの跳躍をした。


 上方向に向かっていた勢いが無くなり、俺の体は重力に従って地面に落下する……が、そんな高さからの着地も難なくやってのけてしまった。


「……」


 俺がこんな事を出来るようになったのに、思い当たる節はある。このダンジョンに居るモンスターを倒す度に身体能力が上昇する事だ。


 最初は重かった鉄の戦槍も、その重さに振り回されない程度の筋力が付いたのが、その最たる事例だろう。

 ちゃんとした重さを計ったことは無いが……大体5kgくらいだろう。そんな槍を長時間ブン回せる程度の力が今の俺にはある。


「自分の事を過小評価していた……?」


 モンスターを倒して上昇した身体能力が、腕力にだけ特化しているとも考えづらい。全身が同じように身体能力が強くなっていると考えた方が妥当だろう。

 そう考えたら、数メートルを跳躍出来たって……常識では考えられない力を発揮出来たって、おかしくは無いかもしれない。


 ──もし俺が……『常識の範囲内』で、と自分の力を無意識にセーブしてしまっていたとしたら。

 

「……っ」


 次の攻撃を起こそうとしていたワームに向かって走る。

 1歩、2歩と進む度にどんどんと俺の体は加速し、そして3歩で今までの最高速を超えた。


「はぁぁああ!」


 今まででは考えられない程のスピードからの渾身の刺突。

 さっきは穂先の数cmの所で塞き止められた刺突が……今度は穂先の全てがワームの体を突き刺さり、さらにはワームの体を僅かに仰け反らせるまでに至る。


「キシャァァァ!」


 ワームの身動ぎにすら吹き飛ばされずに、その場に留まって傷口を広げる事すら出来た。


「はは……あははは!」


 こんなに動けたんだ、と爽快感すら覚えながら俺はワームに攻撃を重ねていく。

 

 俺は変に常識に囚われすぎていたらしい。人はこんな高さを跳べない。人はこんな早く走れない……なんていう上限を勝手に定めていたらしい。

 

 この場所では、常識なんてもの殆ど通用しないというのに。


「キシャァァァ!」

「おっと……!」


 ワームの周りをウロチョロしながら槍を振り回していたが、ワームはそれが余程煩わしかったのか、その場で暴れ回る。

 自分の真の力を解放出来たとはいえ、多分ワームの体を受け止めほどの力は俺には無いだろう。

 ワームとの距離を取ってそれをやり過ごす。


「……ルキは俺がここまで動けるって、分かってたのかな?」


 だから『そう苦戦しなさそう』なんて事を言っていたのか……あの時はそうピンと来なかったけど、確かにもう苦戦はしないかもしれない。


 ワームの体も今ではそんな硬く感じないし、攻撃を喰らうことも余程のことが起きなければ無いだろう。


「キシャァァァ!」


 ワームが体を何やら蠢かせ……黄緑色の液体を俺に向かって吐き出してきた。それを避けると、砂浜に着弾してシュウシュウと煙と音を立てた。


「酸?……つまりゲロって事ね」


 砂が瞬く間に溶けていく光景と鼻をつんざくような異臭に顔を顰める。

 まだまだ攻撃のレパートリーがあるらしい。余程のことを起こらせない為にも、まだ油断ならない。


「はっ!」


 それでも、攻撃の隙を狙って槍を振るうのは変わらない。

 そうして出来たワームの傷口から、青紫の気持ち悪い色をした体液が吹き出てくる。多分ワームの血液みたいなものだろう。


「キシャァァァ!」

「また突撃か……俺は多分美味しくないぞっと!」


 左手に持った青銅の小盾でワームの横っ面を殴り、僅かに軌道をズラしながら回避する。

 だが砂浜の上を泳ぐようにして進むワームは、直ぐに俺の方を向き直ってきた。被弾覚悟で俺を飲み込まんとしているらしい……避けても避けても追ってくる。


「……まずいかも」


 ワームのその長い体に囲まれて、逃げ場が無くなり始めている。ワームのような体の大きい、長い敵との戦闘経験の無さがここに来て仇となってきた。

 とにかく一度、まだワームの体を跳び越してこの包囲網から抜け出さなくては。


「えっ!?」


 そんな事を思っていたら……いや、そんな事を思っていたからだろう。背中からボス部屋の側面の壁に勢い良く衝突してしまった。後頭部にも痛みを感じ、一瞬視界が白く染る。

 あまりの衝撃に鉄の戦槍も手放してしまった。

 

 こんなに端に追いやられていたとは気付かなかった。


「キシャァァァ!」


 そしてそんな隙をワームが逃さない筈もなく、今までに無い速度で迫ってきた。

 すぐに避けるついでに、槍を拾い上げようとしても……ワームの体が伸びてきてそれを邪魔する。


「ク、ソ……!」


 すぐに方向転換しようとしても、まだ衝撃の抜け切らない体では間に合わない。

 ギリギリまでワームを引き付けて、上にジャンプしてやり過ごす。もうそれしか無い。


「キシャァァァ!」


 だがその動きは一度見たと言わんばかり、ワームはその場でジャンプした俺の動きに着いてきた。

 もう逃げ場は無い。


「ち、くしょぉぉぉ!」


 せめて、おびただしい量の牙に体が削られないよう、青銅の小盾を盾にして体を精一杯丸めるしか、俺に取れる行動は無かった。


 あの神秘的だった入り江の景色が一瞬で暗闇に切り替わる。

 ウネウネと蠢く青紫色のワームの内臓。鼻につく異臭と生暖かく不快な粘膜の感触。


「(……クソッ!)」


 内心で悪態を吐く。あれだけ油断しないように、なんて考えていたのになんてザマだ。

 だがそんな事考えている暇は今は無い。


「(早くここから脱出しなきゃ……!)」


 ワームに食べられました……なんて死に方は絶対に嫌だ。死にたくない、死にたくない!


 冷静に脱出方法を考えようとする反面……今までで一番死に直面しているからか、焦りと恐怖で頭が上手く回らない。

 そしてさらに畳み掛けるように、更なる恐怖が俺を襲う。


「(肌がピリピリする……酸!?)」


 ワームが吐き出していた、砂浜の砂を溶かしていたあの酸の事が頭を過ぎる。このままでは、そう時間が掛からない内に消化されてしまう。


「(鉄の戦槍はさっき落として無い。今俺が持ってるのは……俺が持ってるのは……!)」


 残された時間は少ない。今の俺に出来る事を、ここから脱出する為に出来ることを必死に考える。


「(回復ポーション、水、包帯、盾、手斧……そうだ、手斧!)」


 鋼鉄の手斧がまだ腰のホルダーに残っている。ワームの体を内側から手斧でぶち破れば、ここから脱出が出来るかもしれない。


 グニグニと不快なワームの体内の感触を感じながら、腕を腰の後ろに回して、鋼鉄の手斧をホルダーから抜き取る。

 皮膚の痛みも酷くなってきた。もう時間は無い。


「(何とか、手斧を振るスペースを確保しなきゃ……!)」


 背中と足でワームの内臓を押し広げる。

 その僅かな空間の中で手斧をワームの内蔵に思い切り突き刺す。

 ブシュッと青紫の体液が吹き出て体に掛かるもの気にせず、何度も何度も何度も……鋼鉄の手斧を振るう。


「……ァ!」


 僅かにワームの悲鳴のような物が聞こえてきた。体に振り回されるような遠心力を感じるに、痛みでのたうち回っているのだろう。

 都合良く、今の状況はワームに大ダメージを与えるのと同義でもある。


「(体を内側からぶち破られる気分はどうだよっ……!)」


 両手に持った鋼鉄の手斧をワームの内蔵に突き刺すと、僅かに刺し口から光が見えてきた……外だ。


「ぉ、ぉぉおおお!」


 突き刺した鋼鉄の手斧を思い切り、上から下に下ろしてワームの体を切り裂くと、人1人は通り抜けられそうなほどの傷口が出来上がる。

 すぐさま俺はワームの内臓を蹴り飛ばして、その傷口から飛び出る。


「……くっ!」


 俺の体は青紫の跡を残しながら砂浜を転がる。

 だが脱出できた事を喜ぶ暇は無い。幸いにしてワームの血液で、あの酸……ワームの胃液は洗い流すことは出来ている。体に良いものには変わりないだろうが、洗い流すよりも先に、ワームへのトドメを優先しなければ。


「槍、槍はどこだ!?」


 鋼鉄の手斧じゃあ刃の大きさが足りない。

 周囲を見回して鉄の戦槍がどこに転がっているのかを探し……そう遠くない場所にあるのを見つけた。


「ギャァァァァアア!」


 痛みにのたうち回るワームに向けて、拾い上げた鉄の戦槍を突き刺す。


「くたばれ……ワームゥゥゥゥ!!」


 そして槍を突き刺したまま、その傷口を広げるようワームの輪郭に沿って槍を動かす。

 バタバタを地面を跳ねるワームの動きに、槍を落とさないようにしっかり抱え、そしてその動きがワーム自身の傷口を広げていく。


「ギャァァ、アァァァァ……」


 そうして10mも歩いた所で、ワームの体から力が抜けて……ドシン、と地面に倒れた後、もう二度とワームの体が動く気配は無い。


 ワームの数十mもあった体が、限界まで膨らんだ風船のように膨れ上がり……そして破裂する。

 ワームの全身が空気中に溶けるように消えていき、そこら中に撒き散らしていた青紫色の血液も、俺の肌を焼き溶かしていた胃液も……全てが消えて無くなる。


 これで2つ目のエリア『黒岩窟』……攻略完了だ。

 


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