『黒岩窟:第4階層』
「これで……『黒岩窟:第4階層』」
身体にある程度の怪我を負いながらも『黒岩窟』の第4階層に俺は来ていた。
第2階層で甲殻虫の群れと戦った後から、いきなり話が飛んでいる為に、軽い回想に入るが……俺は甲殻虫の群れと戦った時に負った傷を治す為に『中級回復ポーション』を飲んだ。
切傷まで一発で治せる効果を持つポーションではあるが、一口分しか量が無いのと、体のあちこちの肉が甲殻虫に噛みつかれていたせいで……効果が分散でもしたのか、全部の傷を100%完治するには至らなかった。
と言っても、傷があった場所に真新しい皮膚が出来て、まだまだその皮膚が敏感、ぐらいのものだっだが。
そして問題はそこでは無く、一番の問題は俺がその日稼いでいた金額が、回復に使用した中級回復ポーションの値段よりも少なかった事だ。
その日だけで見れば、消費したアイテムと稼いだ金額の差で赤字となってしまう為に俺は探索を続行。
そして『黒岩窟』の第3階層への看板を見つけ……第3階層を探索。
何とか赤字を取り返しつつ……第3階層で次の階層へ進む為に看板を探すも、数日間見つけられず。運悪くダンジョンの更新日が来てしまい、第3階層をまた一から探索し直し……やっと今日、第4階層へと足を踏み入ることが出来た、という所だ。
「……長かった」
今日が2回目のダンジョンの更新日。時間が経つのは早いもので、もう第2階層の出来事から……多分5日ほど時間が経過している。
やっとこさ進めた第4階層。前のエリアは第3階層までしか無かったが……『黒岩窟』は違うようだ。
「この階層は、ちょっと水晶が多いな」
洞窟内の光源となっている光る植物や鉱石など……その内光る水晶が壁の岩肌からあちこちに顔を覗かせていた。
これまでの階層とは違う少し幻想的な風景を見るだけでも、これまでの苦労が報われる。
「……明るすぎる気もするけどね」
至る所に光があって少し目がチカチカする。慣れるまでの辛抱ではあるが……もしかしたらモンスターの姿を見逃してしまうかもしれないし少し警戒して進もう。
「あれ、水の音がする?」
洞窟を少し進むと、チョロチョロと水の流れる音が聞こえてきた。これまでの『黒岩窟』では見てこなかった地形の特徴だ。
それに釣られて音のする方へ歩いていくと、水場のすぐ近くの水晶が僅かに揺れているのが見えた。
「キッ、キッ……」
喉を鳴らして水を飲んでいるのは、そこら中にある光る水晶を体から生やしたトカゲ。
尻尾を含めた体の長さは1mも無く、胴体で一番太い所でも多分両手で掴めるくらい……トカゲにしては大きい気もするが、これまで見てきたモンスター達とはそう変わらないくらいの大きさ。
「ケフ」
俺の存在には気付かず呑気にゲップを吐くトカゲの体から生えている水晶が、もし本当に周囲にある水晶と同じものなら……恐らく、硬すぎて俺にそれを突破する術は無い。
そう考えると、攻撃が通りそうなのは水晶の生えていない腹部と頭部だが、腹這いになって動いているのを見るに、狙えそうなのは頭部しか無い。
「……ぁ」
どうにかして先手を取りたい所だ……と水晶トカゲに近寄ろうと足に力を入れた瞬間、勾配になっていた地面に小さな石ころが転がって行った。
水晶トカゲが、小川に向かって転がっていく石ころを察知して振り返り……俺と目が合う。
「キッ!?」
「っ!」
バレてしまったのならしょうがないと、俺はすぐ様水晶トカゲと距離を掴む為に走る。
水晶トカゲは俺の姿に一瞬慌てふためく様子を見せたが、走って近づいてくる俺の事を本格的に敵対視し……カパリと口を俺に向けて大きく開いた。
「キキッ」
──口の射線上から逃げろ。
水晶トカゲがこちらに向かってくる訳でも無く、その場で何故口を開くのか……それはまだ距離のある俺に届きうる攻撃手段を持っているという事。
咄嗟に横にズレて、水晶トカゲの正面から退避するが……少し間に合わなかった。
「くっ!」
水晶トカゲの口から、勢い良く水晶の欠片が飛び出してきて、俺の頬を薄く切り裂く。
切り裂くといっても薄皮数枚、血が少し滲み出してくるくらいの浅い傷だったが……
「キッ」
「……」
俺の足を止めるのに十分な役割は果たした。
発射速度と弾速は速い。その分、モーションと狙いは分かりやすいが、少し掠っただけでも傷を付けてくる程の殺傷力。
……恐らく防御や回避が間に合わなければ、鉄縁の革鎧くらい容易に貫いてくるだろう。
「……!」
「キッ……」
水晶トカゲは今の一撃で、俺が水晶の欠片を飛ばしてくるのを警戒するのを理解したのか……俺が1歩距離を詰めようとすると、僅かに後退る。
俺が動こうと身動ぎをすれば、水晶トカゲは口を開きかけ……水晶トカゲが1本前に踏み出そうとすれば、俺が鉄の戦槍の穂先を揺らす。
そんな一進一退の読み合いがジリジリと続く。
「(……このままじゃ埒が明かない)」
向こうに動く気が全く無く、焦れているのは俺の方。俺はこんな所で時間を使っている暇は無い。
……リスクを負うか。
「……フッ!」
「キッ!?」
槍の穂先を僅かに動かし、水晶トカゲの意識がそちらに向いた瞬間、全力で地面を蹴る。
俺の小細工は1歩か2歩分ほどしか稼げなかったが、それで十分だった。
大口を開いて、水晶の欠片を射出しようとする水晶トカゲに向けて、鉄の戦槍を投擲する。
「キキッ!?」
自分に向かって飛んでくる鋭利な刃を持つ武器に、水晶トカゲは驚愕する。
飛んでくる槍に向けて水晶の欠片をぶつけて軌道を逸らすか、向かってくる俺に向けて攻撃するか。水晶トカゲはその2択を迫られ……
「キッ!」
確実に自分の命を脅かす鉄の戦槍に向けて水晶の欠片を吐き出した。勢い良く射出された水晶の欠片は槍にぶつかり、槍の軌道が逸れる。
鉄の戦槍は水晶トカゲに命中する事無く、僅か後方の地面に突き刺さってしまったが……既に俺は腰のホルダーから鋼鉄の手斧を抜いて、水晶トカゲのすぐ目の前まで近づく事が出来ていた。
「……はっ!」
すぐに2発目の欠片を吐き出そうとする水晶トカゲの体を蹴り上げ、宙に浮く無防備な胴体に向けて、俺は手斧を振り下ろした。
「ふぅー」
最悪、水晶トカゲが俺に向かって水晶の欠片を吐き出す事も考えて、何時でも青銅の小盾で防御出来るように備えていたが……少し怖かった。
水晶トカゲの体が爆散し、代わりに現れたドロップアイテムが地面に転がっていく。
「おっ?」
運良く、コインの入った小袋の他にドロップした物があった。指で摘まむ程度の小さな水晶の欠片だ。
水晶トカゲが攻撃の為に吐き出していたそれと同じような大きくのものだが……こちらは光を放っていた。
「周りにある水晶の欠片か」
キラキラと角度によって光り方の違う水晶はとても綺麗だ。
売ってもそれなりの値段になりそうだし、小さな欠片と行っても簡易的なライトにするのに十分な光量がある。
「良い物ゲット〜」
コインの大量に入った小袋と共にポーチに入れ、代わりにハンドタオルを取り出す。
丁度小川が流れているので、頬の傷口を軽く洗い血を流す。血が少し滲む程度なら低級ポーションを使うまでもない。
「さて、探索を再会しよう」
傷口の処置を終え、地面に突き刺さったままの鉄の戦槍を回収して、水晶の欠片をどう扱おうか少し考えながら、小川の先に続く道を歩いていく。
小川が流れているからか洞窟でも少し広い空間。水が水晶の光を反射し、天井に模様が揺らめいていた。
「……おー」
思わず感嘆の声が漏れてしまうくらい綺麗な景色だ。
ダンジョンの景色が綺麗で、ゆっくり攻略していると言っていたルキの言葉が今なら良く分かる。
確かに綺麗な景色を前にすると、歩みは自然と遅くなってしまう。
初めは一体目と同じように水場で水分補給をする水晶トカゲと出会えれば良いな……くらいしか考えずに小川の横を歩いてたが、思わぬ収穫。
「モンスターが居なければなぁ」
気の済むまでこの光景を堪能するのに……なんて考えながら進んでいると、視界の端で何かを捉えた。
モンスターでは無い。もっと安全な……
「石レンガ……入口?」
見えたのは石レンガの部屋へ繋がる入口だった。
最初は集会所か?と思ったが……近付くにつれ、部屋の中には何も無いのが見えてくる。
「……取捨選択の部屋だ」
入口から覗く空間には奥の方に、祭壇が3つ置いてあるだけ。
まさか、宝箱を超える強化イベントに出会えるとは思ってもみなかった。
「ルキは攻略の役に立つのは、3回に1回ぐらいって言ってたけど」
果たして今回はどういう内容なのか、部屋の中に入る。
途端にライトアップされる3つの祭壇。そこに浮いているのは……赤い帯の巻物だった。
「よしっ!」
この時点でダンジョンの攻略に役立つ物が確定した。赤い帯の巻物は、前に一度見た事がある……俺のステータスを上昇させる巻物だ。
前回見た時はステータスアップ、武器エンチャント、スキル獲得の3択だっだが、今回祭壇に浮かんでいるのは全て赤い帯の巻物。
「ステータスアップ系は手に入れても腐らないんじゃないか?」
能力値の上昇なんてあればあるだけ良いに違いない。
今日は帰ったらお祝いだ。自分の運の良さを祝おうじゃないか。
「さて、どの効果の巻物だ?」
まず一番右の巻物。
『攻勢の巻物』
[使用者の基礎能力の内、攻撃力を恒常的に10%高める]
「もう勝ちだろ」
攻撃力を高める。漠然とした内容ではあるが、どう考えたって当たりの内容だ。
前に取捨選択の部屋で見た『エンチャントの巻物』では、武器に攻撃力を10%上昇させるエンチャントを不要する……とあったが、この『攻勢の巻物』は俺自身の攻撃力を上げるものだ。
これから先どんな武器を使っても、攻撃力が上昇した状態で使えるなんて、破格だろう。
「次は……『剛体の巻物』?」
『剛体の巻物』
[使用者の基礎能力の内、防御力を恒常的に10%高める]
「攻撃力と来て防御力かぁ……うわ、悩むぅ〜」
これが贅沢な悩みというやつか。
防御力が上がれば、怪我をする事が少なくなるかもしれない。
さっき出来た頬の傷に軽く触れる。防御力が上がれば、こういう掠り傷だって……
「……最後は」
『魔増の巻物』
[使用者の基礎能力の内、魔力量を恒常的に10増加する]
「魔力量を10、増加させる」
これまでの『10%高める』ではなく『10増加』という固定値の上昇。
魔力……文字からして魔法に必要な力って事だろう。この巻物を使えば、もしかしたら俺も魔法が使えるようになるかもしれない。
「いや、その魔力をどう使ってどう魔法を発動すれば良いのか分からないから……ちょっと惹かれるけど、これは無しだな」
攻撃力か防御力か、この2つの内どちらを選ぶか。
「……防御力にしよう」
まだまだ鉄の戦槍は現役だし、鋼鉄の手斧もある。目玉商品には武器が並ぶ事が多いような気もするし……武器で簡単に補える攻撃力よりは、生存優先で防御力を上げた方が良いだろう。
そう考えて『剛体の巻物』を手に取る。
早速帯を解き、巻物を開いて使用する。
相変わらず上から下まで読めない文字が書かれていて……その文字が飛び出してくる。
「……今度は身体か」
『直感の巻物』を使用した時は、飛び出してきた文字が頭に向かってきたが、今度は俺の身体の隅々まで覆うように文字が広がる。
試しに袖を巻くって見ると、腕の皮膚にはびっしりと文字が張り付いていた。多分腕だけでなく、全身が同じようになっているんだろう。
試しに触ってみても何も感触を感じないそれは、溶け込むように薄くなり……完全に腕に馴染んでいった。
「これで本当に防御力が上がってるのか、ちょっと不安だな」
肌を触っても引っ張ってみても、特に変化は感じられない。身体が硬くなるとは書かれていなかったし、肌がいつも通りなのは当たり前なんだろうが。
「まあ『直感の巻物』を使ってから明らかに直感は冴えてるし、今回も大丈夫だろう」
検証としてわざと攻撃を喰らいに行く事はしたくないが……戦っている内に嫌でも被弾する時はある。
その時になれば自ずと巻物の効果が実感出来るかもしれない。
「探索を続けよう」




