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成長と新装備




 ダンジョンの集会所という特殊な空間で出会った不思議な女性から、『マシロ』の名を授かってから、俺の調子はうなぎ登りのように、限界なんて知らぬように上がっていく。


 『黒岩窟:第1階層』で出会すコウモリのモンスターとの戦いでも、コウモリの特徴である不規則な動きに惑わされる事は無く。

 身体が強力な酸性の液体であるスライムのモンスターが、罠のように洞窟の天井に張り付いているのを、たった一度も見逃す事は無く。

 『黒岩窟:第2階層』への看板も、苦労も無く早々に見つけらる事が出来た。


「……心が軽いからかな」


 その心が軽いのも、『自分』という物が『マシロ』という名を冠して定義された事によって、漠然と抱いていた記憶喪失が原因の恐怖が拭われたからだろう。


「それに……」


 負の連鎖という言葉がある様に、その逆の意味を持つ言葉もある。正の連鎖……好循環というものだろう。


 俺の身体はここに来て、毎日こっそりと続けていた筋力トレーニングと、モンスター討伐によるステータスアップ効果が実を結び、鉄の戦槍や青銅の小盾の重さにも耐えられるようになった。


「ちょっと前から、その片鱗は感じてたけど……」


 石レンガの拠点にある、何も置かれていない物置として使おうとしている部屋。

 その部屋で鉄の戦槍を両手で振るう。


 ヒュンヒュン、音を鳴らし風を切り裂く鉄の戦槍からは、確かに重量を感じるが、俺の手に吸い付くように離れる事は無い。


 槍を手元で回し一回転、二回転……『想像上のトレント』が伸ばしてきた枝を、全て切り落とす。

 幹に向けた刺突が伸びてきた枝に防がれそうになった所を、左手でも柄を持ち強引に槍の軌道を変える。

 右手を支点に、左手で石突の方を押して、槍を頭上で回転させ枝を躱し……体の左側で両手持ちになった槍を突き出す。


「ふっ!」


 トレントに右足を切り裂かれた時の事を思い出す。俺の事を狙う沢山の枝が並んでいたあの光景。

 あの時の俺は脇目も振らずに走って避けるしか出来なかったが……バックステップ、槍を回転させ防御。バックステップ、宙返り、槍を振る。サイドステップ……


 頭の中で架空の敵を作り出して、戦いを想定するのを……確かシャドートレーニングと言うんだったか?


「……あっ」


 余計な思考が混じってしまい、手元が狂う。鉄の戦槍が、回転させた勢いのまま部屋の中を吹っ飛んでいった。

 対処し残っていた枝が数本、これが機と言わんばかりに俺に伸びてくる。


 本来なら攻撃を防ぐ手段を無くし、枝に貫かれてゲームオーバーだが……今の俺はひと味違う。


「はぁっ!」


 腰のホルダーから……『鋼鉄の手斧』を抜き、鉄の戦槍よりもずっと軽いそれを一閃、二閃。

 そうして全ての枝を防ぎきった所で、地面に落ちた槍がカランコロンと大きな音を立てる。


「……いくら筋力が付いたといえど、技術はまだまだか」


 トレントの幻影を払い、持っていた鋼鉄の手斧をクルクルと玩ぶ。


「うん、これも良い感じ」


 この鋼鉄の手斧は、今日の目玉商品に並んでいた物だ。13シルバーコインという手の届く値段だった為に、試しに買ってみた。

 新しい武器を欲しいとも思っていたし。


「初めて持った武器だけど……違和感無く振れたな」


 それもこの右手の人差し指に嵌る銀細工の指輪のおかげかもしれない。これも手斧の他に今日買った、新装備の一つである。

 名前も見た目のまま『銀細工の指輪』で……器用さを上昇させる効果を持っている。


「おかげで貯金はカツカツだけど……」


 2つ合わせて20シルバーコイン近くを消費してしまった。トレントから手に入ったゴールドコイン分が、今回の買い物でほぼほぼ無くなってしまったが……まあ後悔はしていない。


「よいしょっと……ウォーミングアップはもう良いかな」


 鋼鉄の手斧をホルダーに戻し、鉄の戦槍を拾い上げる。

 シャドートレーニングで十分身体も温まったし、もう『黒岩窟:第2階層』に行ってもいいだろう。


 特に心配はしてないが、念の為落とした鉄の戦槍のどこかが欠けたり歪んだりしていないか確かめた後、グローブを嵌め、腰にベルトを巻いて、青銅の小盾を左腕に装着する。


「……よし!」


 『黒岩窟:第2階層』へと向かう為の全ての準備が終わり、気合いを入れる。

 

 『淵樹の密林』では階層を進む毎に出てくるモンスターの種類が増えたり、種類が変わったりしていた。

 『黒岩窟』でも似たような事があるだろうと、心構えをしながら、第2階層への入口を開くと……


「……ん?」


 早速新しいモンスターの姿が見えてしまった。入口から10mも無い所に、何やら黒い生き物が蠢いている。

 他には、と入口から周囲を確認しても何か変化は見えない。


「『淵樹の密林』は第2階層から夕方になるみたいな地形の変化があったけど……ここには無さそう」


 少なくともここからでは、分かりやすい変化を見つける事は出来ない。

 ただ前の階層と同じような、洞窟の所々の岩が黒く変色しているだけのただの洞窟だ。


「さて、どうしようかな」


 この入口に気付く様子の無いモンスターを見ながら、どう対処したものかと考える。

 モンスターはそもそも、この空間切り取って繋げたような入口には気付く事が出来ないから、考える時間はいくらでもある。


「虫か、あいつ」


 しゃがんで前方のモンスターを観察していると、黒い殻を持つ甲虫である事が分かった。

 エリアの名前にもなっているような黒岩に擬態するような、平べったい甲殻虫。


「ちょっと気持ち悪いかも」


 『淵樹の密林』のトンボを見た時にも思ったが……俺はもしかしたら虫が苦手なのかもしれない。

 だがそれを我慢して、観察を続ける。


「岩みたいな甲殻、羽は無さそう……大きさは多分30cmぐらい」


 カサカサとした動き……戦闘になったら動きは早そう。

 攻撃手段は見ただけでは分からない。


「……仕掛けるか」


 観察だけでは分からない事が多い。それに見てるだけでは探索する事は出来ない。


「……ふっ!」

 

 石レンガの拠点から『黒岩窟:第2階層』へと勢い良く飛び出して、甲殻虫の元に一直線に走る。


「キチチ」


 甲殻虫はすぐに俺の存在に気付き、牙のような尖った顎を擦り合わせて鳴く。

 鳴き声もキモ、と思いながら射程内に入った甲殻虫に向けて鉄の戦槍を振り下ろす。


「なにっ!?」


 振り下ろした穂先は、甲殻虫の岩のような外殻に弾かれてしまった。

 槍から伝わる感覚も岩を殴った時のような、硬い感触だ。


「キチチ!」


 槍を弾かれ体勢が少し崩れた俺に向かって、甲殻虫は尖った顎を開いて俺の噛み付こうと飛び掛ってくる。


「キモキモキモキモ!」


 迫ってくる甲殻虫の顔のキモさにパニックになりながらも、青銅の小盾で攻撃を防ごうとする。

 ガギ、と金属に硬いものが擦れる嫌な音と腕に衝撃を感じ……腕が重くなる。


「はっ?」


 ギチギチと嫌な音を立てながら、甲殻虫が盾に噛み付いて離れない。

 甲殻虫を振り払おうと腕を振り回しても、甲殻虫は盾から離れない。どんな咬合力してるんだよと思いながら、盾が喰われる。


 それはごめんこうむりたい。


「仕方ないか!」


 盾を構えて、思い切り洞窟の壁に突撃する。

 甲殻虫に攻撃をする為にもそれなりの勢いを付けた為、俺の体にも相応の衝撃が来る。


「痛って……」


 体の節々が痛みで悲鳴を上げるが、その甲斐あって甲殻虫にもダメージを与える事が出来た。


「キチチ……」


 青銅の小盾に張り付いていた甲殻虫は、岩のような外殻がボロボロにひび割れ、壁際でひっくり返り心無しかぐったりとしている。


「はぁ、なんなんだコイツ」


 今なら攻撃が入るだろうと、ひっくり返った甲殻虫の腹に向けて、逆手に持った鉄の戦槍の穂先を突き刺す。

 ワキワキと何本もある足が動いていて、虫の胴体って感じの気持ち悪い腹部は、外殻と違って柔らかかった。


「クソムシ……もう二度と戦いたくないんだけど……」


 自分の体が痛いのは自分のせいだとは言え、気持ち悪いし、有効な戦い方は分からなかった甲殻虫とは、もう戦いたくない。

 だが探索を続けるにあたってそんな事も言えないだろう。


「はぁ……」

 

 体の痛みを治すため、低級回復ポーションを取り出して中身を呷る。

 探索を始めてまだ5分。もう既に俺の心は萎えかけていた。



 

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