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談笑




「最初はダンジョンの話をするつもりだったのに、全然違う方向に逸れてしまったね」


 ルキがそう言って笑う。

 確かに、関係の無い話で盛り上がりすぎたところはある。だがそのおかげで、俺は自分の名前を手に入れることが出来たから、無意味という訳では無いが。


「それにしても……今日はあんまり他の人が来ないな」


 ルキに釣られて集会所の入口の方を向く。

 俺には『黒岩窟』である洞窟の岩壁が見えているが……おそらくルキには違う場所の景色が見えているんだろう。


「普段だったら集会所にはもっと人がいるの?」

「うぅん……私が見た中で一番多かったのは十数人だが、1時間以上待ってみても1人も来ないこともある」

「十数人……」


 そんなにもダンジョンを攻略している人がいるのか。

 ルキが言っていたように、俺が居るダンジョンには俺一人しか居ないから、他にどれだけ人が居ようが関係ないんだが……それでも俺だけじゃないという事を知って、すこし孤独が和らぐ。


「私は、こう見えても人との関わりが好きな方でね。集会所を見つければほぼ毎回入っているんだ。色んな人と出会い、色んな事を聞いているから……もしかしたら私が1番この地の事に詳しいかもしれない」

「へえ……じゃあ、ダンジョンについての質問に戻ってもいい?」

「もちろんだとも」


 ルキは姿勢を正し、いつでもどうぞ、と仕草で伝えてくる。


「ルキが今攻略してる階層って全体で見て何層目?」

「全体では、34階層目かな。『翠滴の谷』という場所だ」

「34……!」


 覚悟していたことだが、ダンジョンの階層は沢山あるらしい。34まであるってことは……きりよく100まで階層がありそうだ。


「『翠滴の谷』は、とても綺麗な所でね。ゆっくり攻略しているんだ」

「へぇ……どんなところ?」

「名前の通り、翡翠色の水晶から水滴が絶えず滴る峡谷さ。水晶が日の光を反射して、崖際の道を歩いているだけでも楽しいよ」


 そう語るルキの顔はとても明るく、その階層の景色が好きなんだということが変わる。

 ……景色がどうとか、そういう目でダンジョンを見たことは無かったな。まだ行けるエリアも2つしかないし。けど、これから先は攻略のついでにそういう楽しみ方をしてもいいかもしれない。


「あ、そうだ。綺麗な場所で思い出した。確か……3つ目のエリアの階層のどこかに、本筋とは違うエリアへ行ける看板があるんだが……」

「本筋?」

「ダンジョンの攻略には関係の無い脇道ってことさ」


 そんな所があるのか。てっきり下から上までの一本道しか無いと思ってた。


「3つ目のエリアも脇道のエリアも、一応名前は伏せておくけど……脇道のエリアは特にモンスターも現れない地上のエリアだから開けておくことをおすすめするよ」

「モンスターが出ない……そんな場所もあるんだ」

「ああ、水場もあるし、天気は晴れだし……私は日光浴したいときや洗濯のときによく使ってるよ」

「洗濯……!そうか、そういう使い方もあるよね」


 これが一番有用な情報かもしれない。ダンジョンで生活している以上、安全が保障された日光の下なんて貴重だからな。

 

 まだ、聞きたいことが残ってるから次の質問をしようと思ったところでくぅ、と腹が鳴った。


「……お昼だからね」


 もちろん目の前のルキにもそれは聞こえていて、絞り出したような気を使ったお言葉を頂く。


「ちょっと休憩しようか、ここには軽食も売ってるし……私との食事が嫌でなければ、だけどね」

「嫌なんて思うはずないじゃん……それに、もし嫌だとしても面と向かって言えるわけ無くない?」

「ふふ、君は素直だな」


 ルキの言葉に、肩をすくめながら革のグローブを外して、横に置いていた鉄の戦槍や青銅の小盾と一緒に置く。

 今持ってるお金は、『黒岩窟』で倒したモンスターのドロップ分しか持ってないが……足りるか?

 ……いやATMが置いてあるから大丈夫か。


 椅子から立ち上がり、カウンター横の自動販売機の元に歩く。

 ガラス張りの前面の奥には、サンドイッチやホットドックなどの軽食系が売っている。

 流石に販売形式的に売り物のラインナップは限られているらしい。


「マシロ」

「なに?……っ」


 ルキに呼ばれて後ろを振り返ってみると、目の前いっぱいにルキの胸が広がる。

 デカい、と二つの意味で思ってしまう。

 ……ルキの胸もそうだが、ルキの身長もだ。座っているとき気付かなかったが、ルキの顔を見るためには俺は見上げないといけないくらい身長差があるみたいだ。


「ホットドックが私のおすすめだよ。ここで売っているものは、拠点の物と違って出来が良い」


 ルキは俺の様子を気にすることも無く、身を屈めて自動販売機を指差す。

 その際にも、ルキの大きな双丘が揺れて強調され思わず目で追ってしまう。なぜこんなにも自分が女性の胸に意識が向いてしまうのか疑問ではあるが、そんな事を考えている場合ではない。


「ホットドックか、それにしようかな」

「それじゃあ出会えた記念に私が奢ってあげよう。飲み物はどうするんだい?……私はコーヒーをお代わりするけど」

「コーヒーはもう飲まないよ」


 ルキは俺の反応にクスクスと笑いながら、自動販売機を操作してホットドックを2つ買う。

 その流れでドリンクバーで飲み物も買う。カップに注がれていく苦くて黒い液体を見て、顔を顰めざるを得なかった俺は、ルキに笑われながらも紙コップにオレンジジュースを注いでいく。

 1人2シルバーコインも掛からない食事ではあるが、そうは感じさせないほど豪華なものだ。


「これがホットドックかぁ……」


 実はどんな物か知ってはいたが、これを食べた経験は無かった。


「ケチャップとマスタードの割合が丁度良くてね。パンもソーセージも値段の割に大きいし」


 ルキが一口ホットドックを頬張り、その美味しさに顔をほころばせる。

 美人だからそんな絵も様になるな、とも思いながら俺も一口。




 

「さて、話の続きをしようか」

「うん」

 

 ルキとの軽い昼食と食後の休憩を済ませ、本来の話に戻る。


「この集会所の事なんだけど、他のダンジョンと交わったり軽い食事が出来るぐらいの事しか出来ないの?」

「基本的にはそうだが……あそこ、壁に掛かってる掲示板が見えるかな?」


 ルキが指を差した方向を見る。

 石レンガの拠点にあるような、ダンジョンへの看板が掲げられた掲示板では無く、本来の使い方である他者へ情報を伝達するための掲示板だ。


「あそこにはこの集会所に来た人間が、好きに情報を書き記すことが出来る。掲示板っていうよりは……伝言板かな。一度知り合った日本人が『2ch』だの『スレ』だの言っていたけど、マシロは知っているかい?」


 首を振る。『2ch』『スレ』などという言葉に心当たりは無い。話の流れ的に……日本で有名だった掲示板の名前や形式とかだろう。


「私はあまり利用したことは無いが、ダンジョンに出てくるモンスターの情報をまとめていたり、目玉商品で並ぶアイテムの一覧を作ろうとしていたり、中には使えるものもあるみたいだ」

「ふーん……集会所でしか、この掲示板って見れないの?」

「いや、どうだったかな。誰かが拠点でも見れるように頑張ってるって話は聞いたことあるけども……」


 ルキは口元に手を当てて考え込んだ後、首を振る。

 拠点で休んでいる間に、それらの情報を見れたらよかったんだが……拠点でも見れるようにしようとしている人にはぜひとも頑張ってほしい。


「じゃあ次は……あ、そうだ。ボスと再戦って出来る?」


 トレントとまた戦えれば、ゴールドコインを入手して金銭問題が解決するんだが。


「各エリアのボスとの再戦は出来る。ただ一つ条件があって……特殊なアイテムは必要だ」

「そのアイテムの入手手段は?」

「エリアのボスを倒すと、そのエリアのモンスターが稀にボスを召喚することが出来るアイテムをドロップするようになる。そのアイテムをボス部屋で使用するとボスと再戦出来るよ」

「……マジかぁ」


 話を聞く限り、ボスとの再戦はあまり現実的じゃないらしい。思わずテーブルに突っ伏してしまう。

 

「ふふ、マシロもボスを周回して、金策しようとした口かな?」

「うん……結構良い考えだと思ったんだけどなぁ」

「私も初めの頃は、お金が足りなくて苦労したよ。だが、マシロは『淵樹の密林』をクリアしたばかりにしては、装備が整っているから大丈夫じゃないか?」


 横のイスに置いていた俺の装備にルキの目が向く。


「ああこれ?……宝箱から出たやつなんだ。」

「へぇ、宝箱から……運が良いね。宝箱から武具が出ることは珍しいらしいからね」

「そうなんだ……あ、宝箱ってどれくらいの出現率なの?あと取捨選択の部屋」

「私の体感としては、5階層分の攻略する間に、どちらかひとつでも見つけられたら運が良いって感じかな」


 それは……出現率が高いのか低いのか分からないけど、でもそんなものなのか。


「宝箱も取捨選択の部屋も、内容はピンキリでね。攻略の役に立つものが手に入るのは、3回に1回って所じゃないかな……さて!」


 ルキは座りっぱなしだった体を解すように伸びをする。

 俺はルキの体に目を奪われない様に、目を逸らしてオレンジジュースを飲む。


「私はそろそろダンジョンの攻略に戻ろうと考えているけど、最後に何か聞いておくことはあるかい?」

「もう大丈夫だよ。あらかた聞きたいことは聞けた」


 俺も立ち上がって『黒岩窟』の探索に戻るために準備をする。


「また、集会所で会おうじゃないか」

「集会所の入口が現れるタイミングが合えば良いけどね」


 集会所の入口がランダム出現なのだから、こうやってルキと出会った事はほぼ奇跡に等しいだろう。そんな状況で、また会えるだろうか。


「ん、そうだ、忘れていたな。集会所には一つアイテムが売っていてな」

「アイテム?ご飯とかではなく?」

「ああ、集会所で出会った人と再会しやすくする為のアイテムらしいんだ」


 ルキはそう言いながら、レジを操作して何か買い物を始めた。


「『巡逢の割符』というアイテムで、片方を持っている人が集会所に居る時、もう片方を持つ人の所に集会所の入口が出現しやすくなる……という効果があるのだとか」


 ルキが割符の片方を俺に差し出して来た。


「これ、俺が貰ってもいいの?」

「もちろんだとも。私が君にまた会いたいから渡すんだ」

「そ、っか……」


 割符を受け取ると、沸き上がる嬉しさに口元が緩む。


「そこまで喜ばれると、私も嬉しいよ」


 ルキが持っている割符と俺の割符を合わせると、割符に描かれていた半分に割れた模様が合わさり、一枚絵になる。


「私もこの割符を持つのは初めてだから、どこまで効果があるのかは分からないが……」

「そうなんだ」

「ああ、持たないかと誘われることも多かったがな」

「……それなのに初めてが俺で良かったの?」

「だから渡したのさ……それとも、マシロはまた私に会いたくないのか?」


 ルキは悲しそうな顔をして、俺の頬を撫でる。

 ……まだ1時間、2時間の関わりしかないが、多分このわざとらしさは俺をからかっているんだと分かる。


「さっきまで俺が割符を貰って嬉しがってたの、もう忘れた?」

「ふふ、冗談だよ……この割符は持ち歩かなくても、拠点に置いておくだけで良いらしいから、無くさないようにな」

「分かった。大切にする」

「マシロ。ダンジョンの攻略、頑張るんだぞ」

「うん、ありがとう……ルキもね!」

「ああ、ありがとう。では、またな」 


 ルキが集会所から出ていくのを手を振って見送る。


「……ルキって剣士なんだなぁ」


 誰も居なくなって静かになった集会所で、ポツリと呟く。

 ルキの腰には、俺の鉄の戦槍よりも強そうな一振りの長剣が差してあった。

 それにルキと戦ったとして俺は敵わないだろう。俺の直感もそう言っている。


「一体何者なんだろうな」



 

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