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「うわー……『中級回復ポーション』高っか!」


 新しく拡張された売店のドリンクコーナー……そこに新しく並んだ商品である『中級回復ポーション』の値札に書かれている値段は10シルバーコインだった。

 まあ、その分効能も高く中級からは切り傷を瞬時に治せるらしい。


「低級でもある程度回復する事を考えれば……万が一に備えて1本くらいで十分かな」


 昨日『淵樹の密林』のボス戦で消費した『低級回復ポーション』の補充分と、『中級回復ポーション』を1本取り出してレジカウンターに置く。


「えーと……まず探索用の服一式でしょ?あと革のブーツと……ああ、グローブも買っておこうかな」


 レジカウンターにはこれからの探索に備えて俺が買おうとしている物が山のようになっていた。

 そこに革のグローブも追加される。


「他に何が必要かな……バック、はまだそんなに必要無いし」


 現状ではバックが必要になるほどアイテムを探索で手に入れる事も無いし、後付けのポーチを1つ買ってベルトに取り付けるだけで事足りるだろう。


「今が大体……31シルバーコインの会計か」


 昨日、シャンプーとか生活用品とか新しい服とか買って約20シルバーコイン使ったから……合計で50シルバーコインの出費。


「うーん……」


 あまり使い過ぎるのも良くないとは思うが、もしかしたら明日死ぬかもしれない身としては、使えるものは使っておきたい。


「……あ、中級回復ポーションで昨日の怪我完治させとかなきゃ」


 これでプラス10シルバーコイン。


「うん、もういいかな」


 レジを操作してATMの残高から支払いを選択する。一気に目減りする貯金額にちょっと吐き気を感じつつ、必要経費だと自分に言い聞かせる。

 すぐに、買った『中級回復ポーション』の瓶の栓を抜いて、中身を飲む。


 薬品のような匂いが鼻に抜け、喉にスーッとするような清涼感を感じる。


「……治ったかな?」


 昨日新しく買ったズボンの裾をまくって傷があった場所を見てみれば、薄らと傷跡が残っている肌がそこにあった。

 試しに傷跡がある場所を指で押してみても、痛みなどは感じない。


「……そういえば」


 足の傷跡を見て、『淵樹の密林』でトンボのモンスターと戦った時、頬をスッパリいかれていたのを思い出した。

 こっちの傷はどうなっているんだろうと、つい自分の頬を撫でてしまう。


 顔に傷跡が残らないといいけど……みたいな繊細な心はしていない。自分の顔にいくら傷が残ろうがどうだっていいが、拠点が発展したおかげで設置された鏡で自分の顔を改めて見た時、傷跡なんてあっただろうか?


 ふと気になったので、洗面所に行って鏡を見る。


「うーん……特に、傷跡みたいなのは……」


 鏡に顔を近づけたり、頬を膨らませて皮膚を伸ばしてみたりしても、傷跡は見つからない。

 まだまだ子供っぽいような自分の顔が映るだけだった。


「まあいいか」


 さっさと着替えて探索に出よう。


 とりあえず探索すると汗をかくから、と新しく探索用に買った服に着替える。

 半袖から長袖に変わったおかげで肌の露出も無くなり、木の枝で肌を擦るような事もこれで起きないだろう。


「もう『淵樹の密林』は攻略してるけど」


 もう少し早く長袖が欲しかったな、などと思いつつ、靴下を履き、ブーツに足を通す。

 長ズボンの裾をブーツの中に入れながら、脱げないようにブーツの紐を締めていく。


「……うん、良い感じ」


 脛の中ほどの丈のブーツはサンダルと比べればとても重いが、それと差し引いてもあまりある性能をしていると思う。

 まずサンダルのようにすぐ脱げそうになる事が無い。あとは、足とサンダルがズレて踏ん張りが効かないってことも無いだろう。


「靴の裏は滑り止めみたいになってるし」


 まだ履いてそう時間は経っていないが、もう二度とサンダルで戦闘なんかしたくないって思うくらいには安心感が違う。


「あとは革鎧を着けて……」


 自分の体に『鉄縁の革鎧』を装着するのも、もう慣れたものだ。ベルトをどのくらい締めれば、革鎧が自分の体にフィットするかも感覚で分かるようになってきた。


 そして後付けのポーチをベルトに取り付け、元々付いていたポーチの横に並ぶように位置調整をして、腰に巻く。


「さて、革のグローブはどんな感じかな?」


 とりあえず手に嵌めて指を伸ばしたり曲げたり、手首を回してみて所感を確かめる。

 ベルトを締めてしっかり固定できるみたいなので若干キツイかも、ぐらいまでベルトを締めて……壁に立て掛けてあった鉄の戦槍を掴む。


「ふっ……はっ……」


 試しに数回槍を降ってみて、邪魔になったら右手だけは手袋を外そうかと思ったが……手の大きさにしっかり合っているおかげか、特に問題は無さそうだった。


「ブーツに変わったから、ちゃんと地面も踏み締められるし……よし!」


 何も問題は無く、探索に行く事が出来る。

 回復ポーションやハンドタオル、包帯をポーチの中に入れ……今日から探索中の水分補給用に水ではくスポーツドリンクを購入し、いざ次のエリアである『黒岩窟』へ赴くことが出来る。


 青銅の小盾を左腕に装着して、鉄の戦槍を肩に担いで掲示板まで歩く。


「今日は……まだ更新日じゃないか」


 3日に1回、ダンジョンの地形が変わるのは明日。

 出来れば今日で『黒岩窟:第1階層』を探索しきって起きたいところだが……


「『淵樹の密林』とは勝手が違うだろうし、運だな」


 掲示板に新しく貼り付けられた看板に触れて、『黒岩窟』への入口を開く。


 洞窟とは言え、光る植物や苔、鉱石で光源は十分。

 それでも擬似的な空と太陽があった『淵樹の密林』よりは薄暗いエリアに足を踏み入れる。


「静かだな」


 洞窟内はとても静かで、何か生き物の声が聞こえたりもしない。耳をすましても聞こえるのは洞窟という空洞に空気が流れる音ぐらいだった。


「それに、ちょっと狭いかも」


 鉄の戦槍という長物を振り回せるほどの空気は無い。

 柄を短く持って小回りが効くように工夫したりするしかないだろう。


「……ちょっと新しい武器を買うのも検討しないとな」


 目玉商品に並ぶアイテムは運次第ではあるが、良さげな武器があったら買ってしまおうか。

 幸い、まだ数十シルバーコインは残っている。最低でもアンコモン、運が良ければレアの武器も買えるだろう。


「そういえば……この槍もレアの武器なんだよな」


 今までレア度がレアのアイテムは……片手で数えられるくらいしか見た事が無い。

 そのアイテムと見比べると、この『鉄の戦槍』というアイテムは、言ってしまえば地味な物だった。

 今まで見てきたレアのアイテムは特殊効果、みたいなものが付いているのが多かった。


「確か……『火精のペンダント』がレアのアイテムだったっけな」


 その時一緒に並んでいたのが今使ってる青銅の小盾と鉄縁の革鎧だったから、印象は薄いが。


「火の魔法を強化するみたいな事書いてたよな」


 対して今俺の右手にある同じレア度がレアな武器は、普通の槍をより戦闘特化に改良した……うんぬんかんぬん書かれていたはずだ。


「まあ、確かに強いけどぉ」


 槍にしては穂先は長いし、変な突起みたいな装飾も付いてない。柄も長くて使いやすいし、欠点という欠点は重量くらいしか無いだろう。


「けど振ったらビームが出るとか、そういうのにも憧れるんだよなぁ」


 ダンジョンでモンスターが居て、魔法なんてものもあるファンタジーなこの場所に居て、そういう方面に期待するなと言われても無理がある。

 もちろん無骨を体現したようなこの武器にも愛着はある。この武器を宝箱から手に入れなければ、もっと『淵樹の密林』で苦戦していただろうし。


 取捨選択の部屋で見つけたエンチャントの巻物を集めれば、この武器を最強に出来る……なんて考えた事もあったが……


「自分ながら、現金だよなぁ」


 お金に余裕が出来た今になって、新しい武器が欲しいかも……なんて欲が出てくるのは、やはり俺も人間だからだろう。


「次使ってみたいのは……やっぱ剣かな」


 両手で持つような大きな剣が良い。

 鉄の戦槍がそもそも重い武器だから、一撃特化の重量武器に少し親しみを感じているのかもしれない。


「おっと……」


 そんなこんなで、妄想に夢中になっている間に最初の分かれ道に来ていたらしい。

 T字路のように左右に分かれていて、その両方とも今立っている場所からは進んだ先に何があるのかは見えない。


「……迷っても意味は無い、かな」


 鉄の戦槍を地面に突き立て、手を離す。

 俺という支えの無くなった槍は、重力に引っ張られ……穂先を右側に向けた状態で、地面にガランガランと倒れていった。


「よし、右にしよう……それと、このやり方だと音が立ちすぎるからやめておこう」


 槍が地面に倒れた時の音が結構洞窟に響いていた。

 思わず冷や汗をかくくらい大きな音だったので、もしかしたらこの音を聞き付けてモンスターが近寄ってくるかもしれない。


「……早く移動しよ」


 迂闊だったな、と反省しながら鉄の戦槍を拾い上げて右の道に進む。


「やめておけ……みたいな直感は感じなかったから大丈夫だと思ったんだけどな」


 こういう直感が働かない時もあるという事を知れただけ良しとしよう。

 その方が自分の精神衛生上に好ましい。


 やらかした分取り返そうと、さっきまで妄想に耽って歩く事はせず、警戒しながら洞窟内を歩いていく。


「……ん?」

 

 静かな空間にコツコツ、と自分の足音が鳴るのが嫌だな……なんて思いながら歩いていると、何やら物音が聞こえてきた。

 バサバサと何かが羽ばたいているような小さな音。聞こえてくる方向もやや上の方だ。


「……鳥か?」


 『淵樹の密林:第3階層』で遭遇したフクロウの姿が頭に過ぎる。

 だが今まで遭遇したモンスターは、密林なら猿や虫や鳥と言った感じに、そのエリアの特色に合う生物だった。

 そう考えると『洞窟』に『鳥』というのはどうも違和感を感じる。


 洞窟に似合う、羽ばたくような生物。


「……コウモリ?」


 そう呟いた瞬間、直感が警戒しろと警報を鳴らす。

 考え事で若干俯き気味だった視界の端で、モンスターの姿を姿を捉えていたらしい。


「キィー!」


 俺の予想通り、コウモリの姿をしたモンスターが甲高い鳴き声を上げてこちらを睨んでいた。


 鉄の戦槍をグッと握り締める。

 見た感じはそこまで強くなさそうな印象のコウモリだが、モンスターな事には変わりなく、そもそも見た目で判断するのは危険だ。

 それにコウモリの体の大きさは、羽を広げていても多分50cmも無い。


「キィー!」


 つまり現状の俺にとって、攻撃の当てづらい苦手なタイプだ。


「ふっ……!」


 コウモリが勢いをつけてこちらに突っ込んでくる。

 羽ばたいていた羽を畳み、空気抵抗を出来るだけ受けないようにする姿はまるで黒い砲弾のようだ。

 鉄の戦槍で反撃しても良いが、初見だから出来るだけ情報を集めたいと思い、青銅の小盾を構える。


 上から落下してくるような動きだから、シールドバッシュも上手く出来ない。

 完全な待ちの状態で盾を構え、コウモリの攻撃に備えると……コウモリが突然片方の羽を広げる。


 真っ直ぐ落ちてくるような軌道だったはずが、片方の羽が広けだ事で不規則に歪む。


「ご、っ!?」


 コウモリは片方の羽を器用に動かし、その不規則な歪みを利用して盾を華麗に躱し、俺の鳩尾に体当たりをする。

 肺の中の空気が無理矢理吐き出され、息苦しさが俺を襲う。


「かはっ……こほっ……!」


 息が上手く出来ない。蹲ってしまいそうな体を気合いで支え、酸欠になりかけた頭でコウモリを警戒する。


 ……まさか、あんな盾の避け方をされるとは思わなかった。盾を顔の前に掲げていなければ、狙われていたのは顔だった。

 そうなれば、一撃でやられていたかもしれない。


「キィー!」

「くっ……スゥー……」


 チャンスだと言わんばかりに、今度は俺に噛み付こうと大口を開けて飛んでくるコウモリを、無理矢理息を吸って、酸素を補給しながら避ける。


「はあっ!はあっ!」


 酸欠状態が続き、息は切れているがなんとか呼吸が出来るようになった。

 トレントに太ももを切り裂かれた時も辛かったが、鳩尾に体当たりを喰らって呼吸が出来なくなるもの相当に辛い。


 目尻に涙が浮かんでいるのを感じながら、盾と槍を構える。


「キィー!」


 コウモリが2度目の突進をしてくる。さっきと同じように、羽を畳んだ状態でだ。


「ふっ!」


 俺は突進を迎撃するように鉄の戦槍を突き出すと……コウモリはまた片羽を広げて軌道を変える。

 

 さっきはそれに随分苦しめられたが、それは初見だったからだ。2回目は喰らわない。


「ふんっ!」


 軌道の変わったコウモリの動きに合わせて、盾で体当たりするように体を動かす。


「グギッ」


 グチャ、と嫌な音を立ててコウモリが盾に衝突して、弾かれるように地面を転がっていった。

 自分の突進の勢いと合わせて、コウモリは相当なダメージが喰らっただろう。


 頭上から落下するように突撃されたら、シールドバッシュするのは難しい。それを無理矢理やろうとすれば、単調な動きになって、突撃の軌道をズラされて避けられてしまうだろう。


「ふぅ……」


 だが上から下の直線軌道が歪む瞬間というのは、コウモリにとっても急激に体勢が変化した瞬間でもある。

 槍で迎撃する事で、体の制御が出来なくなるその一瞬の隙をわざと発生させ、そのタイミングを逃さなければ……カウンターを決める事が出来る。


「まさか1発で出来るとは思わなかったけど……けほっ」


 痛む鳩尾を撫でながら、体の半分が潰れて虫の息のコウモリの元まで歩く。


「でも、これでおあいこだな」


 逆手に持った鉄の戦槍でコウモリの事を貫く。


 初見の攻撃で俺を苦しめたお前と、初見の対応でお前を苦しめた俺。

 でもただ1つ、俺とお前の違う事があるとすれば……最初の一撃で決着をつけられたか、つけられなかったか、だ。


 

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