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拠点発展チケット




「……いてて」


 初のボス討伐に感傷に浸るのも良いけど、右足の傷の処置をしなければ。


 体を起こして右足を見てみると、しっかり傷口が開いていて血が沢山流れていた。


「あー、このズボンももう使えないなぁ」


 ポーチから『低級回復ポーション』を取り出して患部に掛けつつ呟く。

 トレントの枝によって太ももごとバッサリ切られている。傷から流れた血も、シミとなってしまっている。


「今となってはこの服にもそこまで思い入れはないけど……」


 記憶を失う前なら、自分が元々住んでいた世界との繋がりのある物として大切に思うような事があったかもしれないが……記憶を失う前の自分との決別を選んだ身としては、ただの服以上に意味は無い。

 そんな事よりも……


「着る服どうしよう」


 現状、俺に新しく服を入手する手段は無い。もしかしたら目玉商品に服が並ぶ事もあるかもしれないが、3つ選ばれる目玉商品はランダムだ。

 今まで出てきた目玉商品は、一度も被っているのを見た事がない。それくらい種類が豊富な中でピンポイントで服が選ばせる可能性は……多分ずっと低いだろう。


「そもそもこの『鉄縁の革鎧』が出た時でさえ、凄い幸運だと思ったのに」


 どうしようか、と悩みながらここにずっと座っていても意味は無い。

 傷口が薄い膜に覆われるようにして塞がった右足に気を使いながら立ち上がり……戦果の確認と、次のダンジョンのエリアの事を調べる。


「まずトレントのドロップアイテムは……っと」


 色々と荒れている地面を見下ろして、見落とさないようにしっかりとアイテムを探す。

 そうしてトレントが生えていた場所で見つけたドロップアイテムは3つ。


「実際はこれが一番ありがたい」


 まず最初に目に付いたのは金色に輝く1枚のコインだった。

 1日を金稼ぎに費やした時でも、大体1~2シルバーコインぐらいしか稼げない身からしたら、この1枚のゴールドコインがどれだけ嬉しいことか。


「ボスの討伐報酬だから、報酬も豪華だ」


 ぶっちゃけこれだけでも大満足なんだが……まあ、貰えるものは貰うの精神で落ちていたもう1つのアイテムを拾う。


「これは……レジで鑑定しないと分からないな」


 木を削って作った小さな指輪。素朴な木目と茶色で出来ていて、見ていると落ち着く優しい印象のそれを試しに指に嵌めてみる。

 着けようとする指に対応して勝手にサイズが変わる不思議な指輪だが……着けてみても何かが起こるような事はなかった。

 やはり拠点に戻ってレジでこれがどんなものか調べる必要がある。


「まあ、着けてても何か問題が起こる訳でもないし」


 最後、3つ目。これが一番異色な存在だった。

 まずモンスターを倒してドロップアイテムとしてお金が出るのは、他のモンスターでも共通しているからなんら不思議は無い。装備品である指輪も、トレントに由来がありそうな木製の指輪だから納得は出来る。


「……チケットって何さ」


 拾い上げたのは1枚の紙切れ。

 何やら小さな文字で何か文字が書いてあるが、それよりも見た目が完全にチケットだった。長方形で、端の部分が切り取り線からちぎれるような典型的なチケット。


「なになに……『拠点発展チケット』?」


 『ダンジョンを攻略していくには日々の生活が土台となる!その為に、このチケットを使って拠点を発展させて、より良い生活を送っていこう!』


 ………………


「……うおっ」


 リアクションが1周回って淡白になってしまった。

 そんな凄い効果を持ったチケットだったとは思わず、チケットを持つ手が震える。


「は、早く帰って使いたい……!」


 今すぐにでも石レンガの拠点を発展させたい気持ちが溢れて止まらない。

 こうなったらいいなぁ……なんて要望が考えれば考えるほど、今の拠点には色々不満が溜まっていた。それが解消される可能性を前にして、落ち着いては居られなかった。


「いや!……落ち着け」


 まだ『淵樹の密林』から次のエリアへ行く為にやる事があるだろう。

 深呼吸して自分を落ち着ける……やっぱりダメだ。直ぐに確認してさっさと帰ろう。


 チケットを慎重にポーチにしまって、見上げるほど大きく育った淵樹の根元へ足早に向かう。

 何十……いや何百mもありそうな大樹。今まで見てきた淵樹と同じように、所々に木の洞があるのを見るにこれも淵樹なのだろう。


 そんな大きな淵樹の根元にある洞窟の入口みたいに広がった洞の中に、ポツンと1つの看板が立っていた。

 看板にはダンジョンの次に俺が攻略していくであろうのエリアを示す『黒岩窟:第1階層』の文字が書かれている。


「次は洞窟か」


 『黒岩窟』がどんな雰囲気をした場所なのか入口から確かめてみる為に看板の文字に触れる。


「へぇ……ここが『黒岩窟』」


 ボコボコとした黒い岩肌に蔦や苔が這っている。地面も多少凹凸があるけど、基本的にはほぼ平らなようだった。

 洞窟と聞いて少し中は薄暗いかも、と思ってたが……天井から垂れ下がるように生えた植物の実や苔、そして岩肌から顔を出した鉱石が光を放っていて洞窟内は十分明るい。


「気を付けないと道に迷いそう」


 どこ見ても似たような形をしているし、遠くの方にはT字路になって道が2つに分かれている。

 『淵樹の密林』と違って適当に探索してはいけなさそうだ。


「……個人的にはこういう道が何本も分かれてる方が好きかも」


 これからの探索の楽しみなポイントが1つ増えたな、と思いながら『黒岩窟』への入口を閉める。


「さて、帰ろう」


 早く『拠点発展チケット』を使いたいって言うのもあるが、今日はもう疲れた。

 さっさと帰って休みたい……と看板に『黒岩窟』と一緒に書かれていた『拠点』の文字に触れる。


 開かれた入口から覗く石レンガの殺風景な景色を見て、ホッと安心する。

 もう既に帰るべき場所……なんて意識が俺の内に形成されつつあるらしい。


「ん〜!……いやぁ、ボス戦後に拠点に帰ってくると達成感じるなぁ!」


 拠点の中に入り、入口を閉める。

 完全に安全が保証されたセーフゾーンである拠点で、疲れた筋肉を伸びで解すのが、気持ち良い。


「よし、使うぞぉ?……使っちゃうぞぉ?」


 鉄の戦槍を壁に立て掛けて、ポーチに手を伸ばす。取り出すのはもちろん『拠点発展チケット』だ。


「すー……ふー……」


 一応念の為の深呼吸をして……気合を入れてチケットを掲げる。


「『拠点発展チケット』を使用!」


 声高らかに『拠点発展チケット』の使用を宣言すれば……


「お、お!?」


 チケットが淡い光を発し始める。光はチケット全体を包む訳ではなく、切り取り線の線に沿って光が下から上に流れていた。


「なるほど、ちぎれって事か」


 プチプチ、と慎重に切り取り線に沿ってチケットをちぎっていく。

 確かに、チケットには半券って言葉がある。ちぎってこそチケットはその意味を発揮する所もあるし、こうしてチケットを使ったのなら、半券も生まれてしかるべきだろう。


 そう思いながら最後の切り取り線をちぎり、チケットの本体と半券の2つに分かれた瞬間、チケット全体から光が溢れていく。


「おおー!?」


 溢れた光は石レンガの拠点全体に広がっていき……吸い込まれるように消えていった。

 そして俺が「それだけ?」と呟く前に石レンガの拠点が揺れる。


 まず最初に変化が起きたのは、部屋全体だった。

 膨れるように景色が歪み、体感元の広さより1.5倍程度部屋が広くなる。


 そして次は売店。床から浮かび上がるように新しい商品棚が増え、ドリンクコーナーのドアも増え……かと思ったら元々あった商品棚が床の沈むように消えていく。

 現れては消え、消えては現れて……そうして、駅のホームにある小さなコンビニから、都会の大きなコンビニのように変わっていく。


 売店から目を離して別の所を見てみると、丁度壁の一部が切り抜かれて新しい部屋が生まれるところだった。


 静かだった拠点の至る所からガタゴト、ガシャンガシャン物音が聞こえてくる。


 そうして拠点全体が揺れること数分。


 最後に天井からシャンデリアのような照明がポコッと生み出されて、拠点の変化が終了した。


「……!」


 感動で声も出ない。

 

 元々あった一目見たら何が売っているのかが見渡せそうなくらい小さかった売店は、3倍くらい広くなっている。

 背が高くなって幅も広くなった商品棚の数は買い物を楽しむように、色んなところを見て回る……なんて事が出来るくらいには多い。

 なにより感動的なのは、俺が今立っている場所から見える棚には……衣類系の商品が並んでいる事だ。


「半袖、長袖……7分丈のシャツ!?」


 デザインは無地の白、黒、グレーの3色しか無いが、上下揃った服が沢山。それに下着から靴下。サンダルからスニーカーなど、全身分が揃っている。


「……ちょっとした防具コーナーまで!?」


 ふと横の棚を見たら、初期装備として渡された心臓部しか守ってない革の胸当てが売っていた。同じシリーズとして、革の篭手……いやグローブから革のブーツも並んでいた。

 

 俺が今腰に巻いているポーチ付きのベルトも、ポーチのサイズ違いのやつまで用意されているし、なんなら後付けで付られるタイプのポーチや、普通の革のバックまで売っている。


「え、すごいすごい!」


 軽く売店を見て回るだけでも、売店の商品の充実さが全く違うのが分かる。

 食べ物は、元々おにぎりや惣菜パンなどの軽食しか売っていなかったのに対して、弁当系や丼系にインスタントの袋麺やカップラーメン……果てには冷凍食品系まで売っていた。


「ということは……!」


 売店を飛び出して部屋全体を見渡す。

 

 目玉商品の祭壇……はちょっと装飾が豪華になったくらい。ダンジョンへ行く為の掲示板。新しい部屋の入口。電子レンジや簡易コンロのあるキッチンコーナー。寝室がある部屋の入口。洗面台とトイレのある部屋……ん?


「あった!キッチンコーナー!!!」


 無人のレジカウンターの奥。

 電子レンジ、一口の小さなコンロ、シンク、ちょっとした調理スペースがあった。


 すぐに売店に方へ戻り、商品棚を流し見して進んでいくと、食器や包丁などの調理器具。小さなフライパンや鍋、やかんなどが売られているのを見つけた。


「発展しすぎかも!」


 革命だ。これは革命と言っていい。生活レベルが段違いに上昇した。


 売店でこの発展度合いならば……と、ベッドのある寝室へ向かう。


「こっちもすごーい!」


 簡易的な鉄パイプのベッドフレームは、木製のものに変わっていて頭側に壁みたいなのがあって、ちゃんと『ベッド』って感じだ。

 マットレスにも白い綺麗なシーツが掛けてあるし、枕や毛布すら用意されてあった。

 他には壁際にデスクのような長方形のテーブルに椅子が置いてあり、無機質な部屋から生活感のある部屋に変わっている。


「あ、鏡がある!」


 姿見の鏡が1枚壁に貼り付けられていた。これだけでも嬉しい限りだ。


「でも質素なのに変わりないけど!」


 次は新しく出来た部屋に行ってみよう、と寝室を出る。

 洗面所とトイレの横に出来た新しい部屋への入口に入ってみると……


「……なんもない?」


 何も置かれてない部屋だった。物置、的な?


「じゃあ洗面所とトイレは?」


 暫定物置部屋を出て、すぐ横の洗面所とトイレのある部屋に入ると……こちらも洗面所には鏡が取り付けられていた。

 それ以外には、扉が2つあった。

 ひとつは見覚えがある……トイレの扉だ。試しに開いてみると、ボットン式だったはずのトイレには便器があった。


「あれっ!?」


 水洗トイレのトイレに変わっている。便座の横にトイレットペーパーホルダーもある。ただ水を流すレバー以外に機能は無いみたいだ。


「ウォシュレット……だっけ?」


 まあ、あっても使わないけど。


「じゃあこの扉ってなんだ?」


 新しく増えた扉に全く心当たりは無い。

 この洗面所とトイレがある部屋は、1人の人間が立ってたらもう満杯って感じの狭さをしている。

 部屋に入ってすぐ左が洗面所、真っ直ぐがトイレと、それぐらいしか無いような部屋だったが……今度は入って右に何やら気密性の高い扉が取り付けられていた。


 なんだろう、と疑問に思いながらドアノブを捻って扉を開ける。


「えっ……うそ!?」


 部屋の正体は小さなシャワー室だった。

 立ってシャワーをするタイプの部屋で、高い位置にシャワーヘッドが固定されていて横の壁にシャンプーなどを置く棚がある。

 床の奥の方にはどこに繋がってるのか全く分からない排水溝。


「……」


 感動で声が出ない。これで2度目だ。むしろ涙が出そうかもしれない。


 今までは濡らしたタオルで体を拭くか、たまに『淵樹の密林』の小川で水浴びをするくらいだったが……まさかシャワーを浴びれるようになるとは。


「ボス戦で稼いだゴールドコイン……すぐ使い切っちゃうなぁ」


 まず服を上下セット数着、下着込みで買う。ダンジョン用にブーツやバックも買って。

 そしてシャワーの為にタオルやシャンプーやボディソープを買って……


「って……流石にシャワー室があるなら、シャンプーとかも売ってるよね?」


 


 ……もちろん売ってました。

 そして、十数日ぶりに浴びるシャワーはとっても気持ちが良かったです。

 とてもとても汚れていた体がすっかり綺麗になりました。



 

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