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決着




 明らかに危険です、というような黄色い粉が空中に漂っているせいでトレントに近寄れない。

 粉を撒いて動かないおかげで俺は回復することが出来たけど、トレントもトレントでダメージを回復している。


 あの粉が本当に毒なら、今の俺は毒消しなんかの薬を持ってないから突っ込んでトレントにさらに追撃することが出来ない。


「攻撃タイミングではあるんだけどなぁ……」


 右足の調子を確かめながら立ち上がる。『低級回復ポーション』では傷口を塞ぐ程度しか効果は発揮しない。最悪動き回れば傷がまた開いてしまう可能性だってあるだろう。


 チラ、と後ろを振り返る。

 ここに来るまでのアーチの道は封鎖されていない。道の先には石レンガの拠点の入り口があり、ここから逃げられる。


 ただ逃げたとしても、今のボス戦の序盤の情報しか手に入れてない現状で、ボス戦をやり直すメリットは少ないだろう。

 逃げて足の傷が治るまで療養しても、結局日銭を稼ぐためにモンスターと戦わなければいけない事には変わりない。


「変わらないなら……いつでも逃げられるし、このまま戦ってもいいか」


 漂う粉も薄れていく。回復フェーズが終わり、戦闘の再開もすぐ目の前だろう。

 このまま戦うことを決断し、いつでも動けるように構える。


「ヒョォォ!」


 完全回復……とまではいかないが、俺に切り落とされた枝の大半と、幹についた傷が少し埋まる程度の回復を果たしたトレントが、枝を広げ声を上げる。


 ──花が残ってる。


 いたる所にまだ花が残ってるのを見るに、回復のための時間稼ぎに花を咲かせて花粉を撒くためだけでは用途がありそうな予感。


 「毒は……もう無さそうだけど」


 試しにトレントに向かって走る。右足に疼くような痛みを感じるが、それでも動けはするようだ。


「ふっ!」


 トレントの幹に向かって槍を横薙ぎに振る。出来れば一回攻撃した同じところを狙いたいと思ったが、そこまでコントロール良く槍は振ることは出来なかった。


 そうして攻撃が入る……と思ったが素早く枝が何本も伸びてきて槍が受け止められてしまう。

 攻撃の後隙を狙って、俺に数本枝が伸びてくる。青銅の小盾で受け流し、鉄の戦槍で切り落としながら、強引にその場に留まってトレントの本体を無理矢理攻撃する。


「くっ……!」

 

 伸びてくる枝を対処する。少し隙を見つけたら近付いて本体を攻撃する……この繰り返しではトレントを倒す前に俺が疲れで動けなくなるだろう。

 トレントには回復能力があり、そして回復中に俺を近付けられないようにする方法もある。


 それを使われてしまう前に……ダメージを出来るだけ与えたい。


「お、ぉおお!!」


 初めて鉄の戦槍を持った時では考えられもしなかった、鉄の戦槍での連撃。まだまだ技術的にも拙く、鉄製の槍を扱うにも力が足りてないが……それでも何とか攻撃として形になっているのは、俺が少しでも成長している証拠だろう。


 ガガガ、とトレントの幹に槍の穂先が傷をつけていく。

 トレントも一方的にやられるだけではなく、枝を伸ばし根を伸ばし、どうにか俺を引き剥がそうとする。


「っ……チッ!」


 何とか槍を振り回してトレントの本体を攻撃するついでに、その枝と根の対処をしていたが、どんどんと増える攻撃の量に、トレントに張り付くのを断念する。


 だが、トレントの幹ももう大分ボロボロになっている。

 あと2回か3回……有効打を与える事が出来たら、きっとトレントを倒せるだろう。


「ヒョォォオ……」


 トレントの攻撃にも慣れたもので、足元さえしっかり気をつけていれば、もう攻撃を喰らうようなヘマはしないと思う。


 ──花が咲くだけでは終わらない。


 対処出来ないがあるとすれば……それこそ初見の攻撃になるだろう。


「……お前、果樹だったのか」


 トレントが咲かせていた花のあった場所には、小さな果物が成っていた。

 その小さな果物は、みるみるうちに大きく立派に育っていく。


「ギミックあり、だもんな」


 ただ花を咲かせるだけじゃないとは思っていた。

 トレントの攻撃のバリエーションは基本的には2種類。枝か根を伸ばすだけ。

 花を咲かせて回復したり何かしらの粉を撒く……みたいな特殊攻撃やギミックがなければ、2種類の攻撃しか出来ないボスなんか、ボスには相応しくないだろう。


「ここまで来れば分かるよ、お前のこと」


 木が成長するサイクルを再現しているんだろう。

 まず初めに種から苗木に成長する。そうして成木まで成長して戦いがスタート。

 時間経過か、累積ダメージ量か……きっかけはまだ分からないが、花を咲かせるようになる。


「もうそこから第二段階って考えていいかもね」


 ここから本格的にギミックが始動。

 第二段階まで受けたダメージを、花を咲かせ花粉を撒き散らして時間稼ぎをして回復する。

 そして花を咲かせた後は、実を成らせる……


「忠実な再現だな」


 どうせ、真っ赤に丸く大きく育ったリンゴのようなその果実も、攻撃手段になるんだろう?

 そうして果実をある程度使い切ったら……今度は紅葉でもするんじゃないか?そして普通の植物が冬を越すために葉を枯らせるように……トレントも葉を枯らせて、多分そこでサイクルが1周。


 あとは同じサイクルを繰り返して……って。


「そういう感じか!」


 考えを巡らせていると、トレントが器用に枝を伸ばしてリンゴのような果物をもぎ取り、振りかぶる。

 想像より何倍も原始的な使われ方をする果実。


 牽制で伸びてきていた枝を切り落として、俺に向かって放物線を描いて飛んでくる果実から出来る限り距離を取る。


 言うまでもなく、どうせろくな物じゃないだろう。直感でもそう感じている。


 そうしてトレントに投げられたリンゴのような赤い果実は地面に激突し……けたたましい破裂音を鳴らしながら爆発する。


「……うっそぉ」


 果物が落ちた場所の芝生の生えていた地面は、見るも無惨な姿になっていた。

 爆発によって表面の土はクレーターのように窪み、衝撃で周囲の芝生すら抉られている。


「おい、おいおい……!」


 トレントの方を見れば、何本もの枝が伸びそれぞれが果物をもぎ取っていた。

 パッと見の数を数えても、10は下らない。


 悠長にしている場合じゃなかったな……と冷や汗が垂れる。ああやって果実が成る前に、トドメを刺しておくべきだったか?……いや、近寄らせないように牽制の攻撃も来ていたから、それは出来そうに無かった。


 頭の中の自問自答の反省の考えを追い出して、どうやってこの攻撃を乗り切るかを考える。


「(1回くらいなら、盾で防げる)」


 しっかりとした体勢で盾を構えていれば、盾で爆発果実は受け止められるだろう。

 ただもうトレントの枝から離れ、俺に向かって投げられた爆発果実の数は最低でも2桁以上。


「(今も第2波が投げられそうな事を考えると……)」


 爆発果実はトレントの枝によって投擲されている。

 1回1回投げる時に俺の位置を確認し、俺を狙って投げているのだから……ギリギリまで引き付けて移動すればいい。

 投げられた後の爆発果実には、方向転換のしようも無いのだから。


「……(最初の1個を盾で受ける!)」


 爆発果実の投擲の第2波が投げられるのと、俺が一番先頭に飛んでくる爆発果実を防ぐのはほぼ同時。

 最初の1個を防ぎさえすれば、大きく位置を移動する事で投げられた果物のほぼ全てを回避出来る。


「……!」


 青銅の小盾の取っ手を握りしめ、鉄の戦槍を持った右手も添えて、高く掲げる。


「くっ!」


 爆発果実が盾の表面に触れ、その実にヒビが入った瞬間……鼓膜が破れるんじゃないかという破裂音と、後ろに吹き飛ばされそうになる程の爆発の衝撃が俺を襲う。

 そして僅かに果物らしい甘酸っぱい匂いを感じた。


「……っ!」


 そんな物に気取られる余裕は無いと、俺は若干後ろに仰け反った体に喝を入れ、すぐに走り出す。

 次弾との距離はもう1mも無い。コンマ数秒で地面に激突して爆発が発生するだろう。

 その爆発を回避するには、最低でも1~2mは離れておきたい。

 まだキーンと音が遠く聞こえる鼓膜の事を考えれば5m以上は離れておきたいが……



「ぐはっ……!?」


 コンマ数秒で5mも移動出来る瞬発力は俺には無い。

 爆発の衝撃波を背中に感じ、突然押し出されてつまづいてしまうように、体勢を崩しかける。


 槍の石突を地面に突き立てて、杖代わりに体勢を立て直しながら少しでも走って距離を離していけば、背後からは空に爆撃機でも飛んでいるのかと言わんばかりの、爆発の連続。


「あっ……ぶねぇ!」


 走りながら後ろを少し振り返れば、地面のクレーターが凄いことになっていた。

 もしあの爆発に呑まれていたら……もしかしたら俺の体なんか跡形もなく散っていったかもしれないと、ゾッと背筋が冷える。


 もうトレントの身体に残っている果実の数は少ない。ここまで来れば、トレントが果実を俺に投げようとするのが、逆に俺の攻撃の隙になるだろう。

 そのチャンスを活かすためにも、トレントに向かって走り出そうと……


「……いや、待てよ?」


 あの果実が爆発するタイミングは、その実に傷が入った瞬間だ。

 何とか無傷で果実をキャッチ出来れば、逆にこっちの攻撃手段として転用出来るんじゃ……?


 ──危険。


「いや、辞めておこう」


 直感の通り、試すには危険がありすぎる。

 もしキャッチする時に少しでも傷が付いて、爆発でもされたら一溜りも無い。


「……強いて言うなら、トレントが果実を投げる前に潰す、くらいか」


 それか、枝にもぎ取られる前のトレントの身体にぶら下がっている果実を、どうにか傷付ける方法を考えた方が建設的だろう。


 試しに地面に転がっている、俺が切り落としたトレントの枝を拾い上げる。

 青銅の小盾を持った左腕で、何とか鉄の戦槍を抱えながら……トレントが俺に投げようと構えている果実に向かって、枝を槍投げのように投げる。


「おっ!?」


 綺麗に放物線を描いてトレントの枝は飛んでいく。

 俺の体を容易く貫くほど鋭い枝の先が、吸い込まれるようして爆発果実を貫き、果物はけたたましい破裂音を響かせる。

 すぐ近くに実っていた他の果実も衝撃波に飲み込まれ、連鎖的に爆発が起き……最終的にトレントの身体の一角が吹き飛ぶ結果となった。


「よしっ!」


 爆発果実の連鎖的な爆発でトレントの身体が大きく揺れる。この隙を逃すまいと全力で走り、その勢いを余すことなく鉄の戦槍に伝える。


「はぁっ!」


 このボス戦の中で渾身の刺突で突き出された槍は、穂先の全てが埋まるように、顔の様に並んだ洞の丁度眉間辺りに突き刺さった。

 その確かな手応えに、今ここで勝敗を決める為に全身全霊を掛けるべきだと直感が囁いてきた。


「これで……トドメ、だぁぁ!」


 その直感にしたがって俺は叫びながら、傷が開いたのか再度激痛が走る右足の事すら無視をして、力一杯槍を押し出す。

 ミシミシとトレントの幹から軋むような音が聞こえ、槍から木を裂いていく感触が伝わり……そして鉄の戦槍がトレントの幹を貫いた。


 トレントの体がビクリと震える。枝が力無く垂れ下がり、しなしなと葉が枯れていき……そしてその何メートルもある身体を爆散させて消えていった。


「うわわっ!」


 支えとなっていたトレントの身体が消え、前に倒れ込む。


「はぁ、はぁ……痛たいなぁ」


 偽物の青空を見上げながら呟く。


 俺の予想ではもう少しトレントとの戦いは続くと思っていたが……落ちていたトレントの枝を投げて、爆発果実をトレントが投げる前に爆発させたダメージが思ったよりも大きかったのだろうか。


 最後の攻撃も、たまたま渾身の一撃になっただけなんだが……


「終わりは唐突に訪れる……ってことかな」



 

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