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暗闇の中




 取捨選択の部屋という強化イベントから数十分。

 1度もモンスターと出会わず、そして他に何か見つけたりもせず、真っ暗なダンジョン内をただただ彷徨くだけだった。


「……おっかしいなぁ」


 他の階層だったら数分も歩けば、モンスターの痕跡やモンスター自体を見つけられるんだが、真っ暗で何も見つけられない。それか無意識にモンスターを避けて進もうと思ってしまっているか。

 モンスター側がこの暗闇の影響を受けているとは考えにくいし。


 色々あってすっかり頭の隅に追いやってしまっているが、今目玉商品として売られている鎧を買う為に探索に出ている訳で……


「ここまで出会わないとなると、一旦第2階層に戻ってもいいな」


 いや、むしろ探索のしやすさなどを考えれば戻る方が得策ではあるか。

 この階層に来て全く収穫が無い訳ではないし……でももう一度ここを探索しなおしたいかと言われれば、答えはいいえだ。


「……次の階層への看板を見つけるまで粘るか」


 丁度日付が変わり、目玉商品のラインナップが目の前で変わっているんだし、まだ時間は残ってる。

 早く新しい防具を買いたいという欲求より、この真っ暗な階層の探索の面倒さの方が勝り、探索を続けるという決断をする。


 虚しく俺の独り言が響く中、何故こんなにもモンスターとの接敵が無いのか……探索を続行するなら改めて考えなければならない。


 基本的に今までの階層で現れるモンスターは地上を歩行するモンスターのみだった。木々を飛び回る小猿なんかも居たが、あれは移動する度に物音を立てる上に地面も歩いたりする。

 例外としては、たまたま見つけた宝箱を守護していたトンボ型のモンスターだろう。

 トンボは普通に飛ぶだけなら羽音も小さく、すぐ近くまで寄らない限り音は聞こえない。


「……ただこんな静かな空間なら、小さい羽音も聞こえるかも?」


 夜の森の中、そんな言葉が体現したようなこの階層はどこもかしこも静まり返っていて、全く物音が聞こえない。

 強いて言うなら、耳をすませば虫の鳴き声が聞こえてきたり、たまに夜鳥の鳴き声が響き渡るくらいだ。


 そんな中でトンボの羽音が聞こえないという事は無いだろうし……この階層では完全に新しい種類もモンスターが生息しているんだろう。


「これだけ動き回っても見つけられない、見つからないなら……その場から動かないようなモンスター?」


 現状の判断材料から思い当たるのは、ダンジョン内を動き回らずに同じ場所に留まるような生態を持つ種類だと言う事。

 朧気ながらに『トレント』という架空の化け物の名前が浮かび上がってくる。


「確か木に擬態するんだったっけか?」


 失わなかった記憶にそんな知識がある。知識通りの生態を持った存在が出てくる可能性は考えにくくはあるが、無いと断言も出来ない。


「……むしろ『密林』て名前なんだし、出てきてもおかしくないとも言えるんだよな」


 このダンジョンに似たような存在が居て、そいつがその場から動かないようなモンスターなら、この第3階層でモンスターと出会わない理由として説得力がある。


「あとは……」


 そこまで言って言葉が途切れる。視界の端に何か違和感を感じ、その方向に目を向けたから。

 そして見つけたのは、恐らくモンスターの痕跡。淵樹の幹に等間隔に3つ並んだ引っかき傷の様な物。


 それを見て、俺がついさっき言おうとしていた続きの言葉が思い浮かんだ。


 ──第1階層の毒ヘビが沢山集まっていた住処。ああいう縄張りみたいなのがあって、そこから離れない……みたいな。


 取捨選択の部屋で『直感の巻物』というアイテムを使い、研ぎ澄まされた直感が警報を鳴らす。


 ──もし縄張りを持つモンスターが居て、そのモンスターが周囲にどうやって縄張りを主張するのか。


「……そういうこと、ね」


 この階層でモンスターと出会わなかった理由は、モンスターが自分の縄張りを持っていたから、そしてあの淵樹の幹にある引っかき傷は、その縄張りを主張するもの。


 俺がモンスターと出会わなかったのは、たまたまその縄張りに足を踏み入れなかっただけで……今はもう、取り返しがつかない状態だという事。


 俺の中で全て合点がいく。そして警戒を最大限まで引き上げ、少しの情報を漏らさないようにしながら、すぐに動けるように備える。


「……」


 失わなかった記憶では、森に引っかき傷をつけて縄張りを主張するよう生物は熊ぐらいしか思い当たらない。

 もし熊型のモンスターだったら、速攻で逃げる……と今まで1番の緊張を感じている中、ふとある考えが頭に浮かび上がってきた。


 淵樹の幹にある引っかき傷の位置は高い。

 それこそ最初警戒した熊が生息しているなら、相当図体が大きい熊が、二足歩行になってやっと手が届くような位置に痕跡はある。

 そんな大きな存在を見逃していた?……いやその可能性は低い。

 

 それにそもそも地上を歩くモンスターは居ないかもと考えなかったか?


「……夜鳥?」


 この階層でたまに聞こえてくる、生物らしい生物の鳴き声の持ち主。

 暗闇に適合し、高い位置にも痕跡を残す事が可能な存在。


 飛躍した思考だとは思うが、直感的にそれが正しいとしか思えない。


 そうして意識を地上から空中に向けた瞬間。


「……っ!?」


 真上から空気を切り裂いて飛んでくる『何か』の気配を感じる。

 微かに風音を立てて向かってくる『何か』の速度はとても早く、顔を上げて姿を確認する暇は無い。もちろん盾を構えて防ぐ暇も無い。


「くっ……!」


 不格好ながら咄嗟に横に転がるようにして、『何か』の飛翔を避ける。

 早く避けなければという焦りで、上手く受け身は取れず、肩や腰を地面に強打してしまったが……そのおかげで初手で詰むような事態は回避出来た。


「ホーウ……」


 遠くから聞こえてきていた鳴き声と全く同じ鳴き声を上げたのは、大きなフクロウだった。

 余程の勢いで突撃して来たのか、足が地面に突き刺さっていたのを羽を羽ばたかせて引き抜くと……地面から現れたのは、俺の頭なんかゆうに掴めそうな程大きな一本足。


 鋭そうな大きな爪が3本並んでいる一本足は、淵樹の幹の痕跡と大きさが一致している。そしてその屈強な足に支えられている身体もバスケットボールぐらいの大きさをしていた。


「……フクロウ、か」


 移動スピードを考えると、また鉄の戦槍と相性の悪いモンスターだ。

 未だ大振りくらいしか出来ない俺も悪いが、そもそも小回りの効くモンスターに槍は有効的ではない。

 トンボとの戦いでもそれを証明していた。


「これならまだ、トレントって説が合ってた方が俺的には良かったなぁ」


 再度飛び上がり、空中で俺を狙うフクロウを見ながらそう呟く。

 口ではふざけながらも、頭の中はどう戦うかでいっぱいだった。


「ホーウ」

「……っ!」


 フクロウが爪を広げながら、俺を引っ掻こうと突撃してくる。それを今度は余裕を持って回避する事が出来た。


「(助走無しの突撃なら、まだ回避出来る)」


 ただ爪の大きさに注意しないといけない。淵樹の幹の傷が深い事を見るに切れ味も相当高く、掠りでもスッパリいきそうだ。

 一本足の爪の他に気をつけた方が良さそうなのは……クチバシか。

 

「(バスケットボールほどの身体を飛ばす翼、それを支える筋肉も相当あるはず)」


 クルクルと俺の周囲を回るフクロウを観察して、得られる情報から脅威になりそうなものを探す。


「(だけど一本足しかない身体で、最大の移動手段である翼を犠牲にするような行動を取るとは思えない)」


 つまり、どうにか飛べなくしてしまえば俺の勝ちだという事。

 そもそも空中を飛ぶ存在と戦うにあたって、どう地上に下ろすか考えるのは定石だろう。


「ホーウ!」


 俺が真っ先に潰すべきは……翼か。


 一つ覚えのように、爪で引っ掻こうと突撃するフクロウの行動は予測がしやすい。

 フクロウの攻撃を避け、現状で出せる最速の刺突をフクロウに向けて放つ。


「はぁっ!」


 だがその刺突は、ひらりと空中で身を捩ったフクロウに簡単に避けられてしまった。


「……くそっ」


 分かっていた事だが、俺のステータス不足が目立つ。

 槍を十全に扱えない筋力、そして行動に移るまでの瞬発力。

 反射神経などの反応速度は、今までモンスターとの戦いでろくに被弾してこなかった事を考えると、十分高いはずだ。


 今まで戦いなんてものに身を置いてないはずだから、仕方ない事とはいえ、思わず悪態を吐いてしまう。


 というか、逆に鉄の戦槍との相性が悪い可能性があるか?


「既にお気に入りの武器なんだけど、な!」


 フクロウに向かって槍を振り下ろす。

 もしかしたら小回りの効く軽い武器の方が、重いこの鉄の戦槍より今の俺には合っているかもしれない。


 嫌な事実を突き付けられても、めげずに槍でフクロウを攻撃する。

 俺の攻撃は全く当たらない……という訳では無いが、フクロウの体表の羽毛を微かに切り裂く程度。

 フクロウもフクロウで俺に避けられて攻撃を当てられず、膠着状態が続く。


「ホーウ……!」

「……?」


 フクロウの動きがやや雑になってきている気がする。もしかして、俺に攻撃を当てられずにイラつきでもしたのだろうか。


「(……チャンスか?)」


 ギュッとまだ一度もフクロウの攻撃を防いでない青銅の小盾の取っ手を握り締める。

 相手にとって現状脅威に見えているのは鉄の戦槍だけだろう。余裕のない今なら、余計槍での攻撃しか頭に無いはず。

 その意表を突いて、青銅の小盾でフクロウに攻撃する。


「(チャンスは一度きり。相手の意識外にある盾を使っての攻撃……)」


 シールドバッシュ……というんだったか。盾を構えて相手に体当たりをする。

 命中させられなくとも、相手を脅かせるくらいの効果はある筈だ。体勢を崩させる事が出来ればなお良い。


「ホーウ!」

「(……来た!)」


 フクロウが助走をつけるように高く飛ぶ。勢いをつけて飛んでくるなら、尚更回避は難しいはずだ。

 まさかこんなにも早くチャンスが回ってくるとは思わなかった。


「……」


 最後まで相手に鉄の戦槍を印象付ける為、いかにも槍で反撃してやるぞ、と槍を構えて演出する。


「ホーウ!」


 一本足を目一杯広げて勢い良く飛んでくるフクロウの姿は、とても脅威だが……俺の勝ちだ!


「ホッ!?」


 1歩横にステップを踏み、盾を構えてタイミング良くフクロウの横っ面を体当たりをする。

 フクロウの驚くような声と、グシャ……と肉をひしゃげさせる感触が青銅の小盾に伝わり、フクロウは地面を転がっていく。


 あらぬ方向に曲がる翼と、必死に立ち上がろうと一本足でもがくが上手く立ち上がれないフクロウ。

 ……そしてまだ左腕に残る、シールドバッシュの痺れるような余韻。


「俺の、勝ちだ」


 勝利の喜びに震える手で鉄の戦槍を逆手に持ち、穂先をフクロウに向けて振り下す。

 フクロウは僅かな痙攣の後……身体を爆散させていった。


「フゥー……」


 ドロップアイテムである、恐らくコインの入った小袋が地面に転がるのを見て、深く息を吐く。


「次からはもっと簡単に倒せそうかな……」


 シールドバッシュという新しい攻撃が出来るようになったおかげで、戦術の幅は広がった。

 小さな広がりではあるが、あるのとないのとでは決定的に違う差だ。


 ……それに、第3階層に生息するモンスターの生態も分かった。まだ他に種類が居るとも分からないが……少なくとも探索の効率は格段に良くなるはず。


 小袋を拾ってポーチの中に入れ、探索を再開する。


 フクロウ型の初見のモンスターを、上手く策を弄して倒したお陰で自信がついたのか、暗闇の中歩く足取りが前より軽くなった気がする。


 それに時折聞こえてくる「ホーウ」という鳴き声が、モンスターであるフクロウの鳴き声だと判明したおかげで、聞こえる方向に注意して進めるようになった。


 そうして、第3階層の探索を続けて行った結果……次の階層に進む為の看板を見つける事が出来た。


 


 いや『次の階層』という表現は少し違うか。


「……『淵樹の密林:ボス部屋』」


 なぜなら看板に書かれていた文字は、第3階層まで続いた『淵樹の密林』の終わりを告げるものなのだから。



 

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