謎の部屋
「よっ……と」
青銅の小盾が音を立ててモンスターの攻撃を防ぐと、腕が痺れるような衝撃が伝わってくる。痛みに近いそれを気合いで押し殺せば……2つ、いや3つ。攻撃を通せそうな箇所が浮かんで見えるようだった。
その中でも1番ダメージを与えられそうな場所に向けて槍を突き出せば、小猿とは違い図体の大きい親猿が一撃で崩れ落ちる。
「結構良いな、盾」
小猿よりも図体が大きく、攻撃方法も多彩でどちらかと言うと猿というよりゴリラと表現した方が良さそうな、親猿と俺が呼んでいるモンスターとの今までの戦いは、一撃でも喰らってしまえば骨の1本や2本持ってかれる覚悟をしなかればならなかった。
だが、回避以外にモンスターの攻撃への対処法が一つ増えるだけでも、ずっと戦いやすい。
「難点は重くてずっと構えられないって所だな」
それに左手に青銅の小盾、右手に鉄の戦槍というのは、今の俺にとっては少し重すぎる。
どうしても動きが鈍重になってしまう。
盾は敵の攻撃と自分の体の間に挟むようにするだけで、なんとかなるが攻撃の主点となる槍は、まだ片手では十分扱いこなせているとは言えない。
「……もっとモンスターを倒さないと」
そうして自分の身体機能を高めていかなければいけない。
少し前までは、こうして盾と槍を同時に装備するには筋力的にも足らなかったはずだ。
だが今は2つを装備して戦えるようになってきた。
「今トンボと戦っても、そこまで苦戦しなさそう」
確か、身体能力を数値化した物をステータスというんだったか。それがあればもう少し自分の成長を実感できるんだが……
「ないものねだりか」
親猿がドロップした硬貨の入った小袋を拾い上げて、腰のポーチに入れる。
親猿のドロップアイテムは、カッパーコインが30枚くらい入った小袋と、薬草と……バナナだ。そう、みんな知ってるフルーツのあのバナナ。
鉄の戦槍を地面に突き立てて、バナナの皮をむく。
「……うん、美味しい」
程よく熟れていて甘いこのバナナは食べてもいいが、売店でそれなりの値段でも売れる。
ドロップ率は薬草の方が遥かに高いが、たまにこうしてドロップするバナナはちょっとしたご褒美として食べることにしている。
「さぁて、ちょっとした栄養補給も出来たし、探索も頑張ろう」
バナナの皮をそこら辺に投げ捨てて、槍を掴む。
……ポイ捨てなのは気にしないでくれ。3日もすれば階層に存在する全てが一新されるし、それが無くたって肥料にでもなるだろう。
「今の稼ぎは……大体1シルバーコインぐらいか」
親猿3体に、その取り巻きとして居た小猿をついでに数体。
ペース的には結構良いペースで稼げてる。
青銅の小盾のおかげですごい戦いやすくなった。
「盾で防いで、槍で刺す……」
いつだか抱いた、俺の現状での理想の戦い方。
鉄の戦槍を手に入れたからこその、思い描いた戦い方だが……いつしかお金に余裕が出来たら、他の武器も使ってみたいものだ。
剣とか、斧とか……それこそ、魔法、なんてものもあるらしいし、そっちもいつか使えるようになりたい。
「ウッキ……」
そんなこんな考えながら【淵樹の密林】の第2階層を探索していると、また親猿と対峙する。
大きくなった分、凶悪さがました顔には威圧感があってちょっと怖い……が、もう正面から戦っても勝てる相手。
どうしても猿のモンスターを見ると、第2階層に初めて来た時の事を思い出してしまうが、それで手が震えるような事ももう無くなった。
「単純だよなぁ」
「ウッキ?」
「もう大丈夫って思ったら、本当に大丈夫になんだから」
だからそう思うんだろうけど。
青銅の小盾と鉄の戦槍を持つ腕をぶらん、と脱力させて親猿の動きを警戒する。
傍から見たらほぼ棒立ちだろうが、変に力が入ってると咄嗟に動けないし、そもそも長時間構える事が出来ない。
今の俺にとって、最適解の戦い方。構え方。
「ウッキィ!」
親猿が、警戒心を滲ませる俺を本格的に敵と判断したらしい。その凶悪で醜い顔をさらに歪ませて、殺気のような物をビシビシとこちらに飛ばしてくる。
そしてグッと足に力を入れ、高く飛び上がる。
それを目で追えば、親猿が空中で両手を組んで叩きつけてこようとするのが見える。
「……それは盾で受けられないかな」
俺の胸元ほどの巨体の全体重に、落ちる勢いを乗せた叩きつけは、多分盾受けたら腕の骨が折れるんじゃないかって直感が囁いてくる。
すぐに飛んだ親猿の下を潜るように前に出て、その攻撃を回避すれば、親猿の拳が叩きつけられた地面が揺れる。
その威力に怖い怖いと冷や汗を垂らしながら、無防備な背中に向けて鉄の戦槍を突く。
「ウッキキ!」
だがそれは、親猿が身を捩った事で体の表面を浅く切る程度のダメージしか与えられなかった。
「うおっ!?」
自分の体を切られた事に怒った親猿が、ひび割れた地面の一部を掴み、こちらに投げてくる。
青銅の小盾で受け止めた感触は、それはもう土では無く岩のような硬さをしていた。
ガキン、と鈍い音が盾から鳴り響き、岩のように押し固められた土塊に押され、思わず体勢を崩される。
視界の端にさらに畳み掛けてくるように、親猿が距離を詰めてくるのが見えていたので、俺は崩された勢いのまま後ろに後転すると、俺の顔のすぐ真上に薙ぎ払うように振るわれた親猿の腕が通り過ぎて行った。
受け身を取って、綺麗に一回転。
体勢を立て直した瞬間、身を屈めて一直線に親猿に向けて走り出す。
突き出していた槍の穂先が、親猿の腹部を貫いた。
「ウッギ……」
ぶしゃぶしゃと親猿の腹から血が吹き出して、俺の体に降り掛かる。
突然の痛みに親猿の体は硬直し、俺はその隙に力一杯槍を横に振り抜く。
「っ……はぁぁ」
ごっそりと削られるような腹部の傷が致命傷となったのか、親猿は小袋を残して爆散して消えていった。
「今の個体、戦い方が匠だったな……」
体に掛かった親猿の返り血が、親猿の死体が爆散したことに釣られるようにして消えているのを確認し、呟く。
今までで戦ってきたモンスターの中で1番戦い方が賢かったと言っても過言では無いかもしれない。
「うわ、盾に土がこびり付いてる」
青銅の小盾の表面に、親猿の投げた土塊の一部をがこびり付いていた。
そりゃ体勢も崩されるわ……などと思いながら土を払い落として、ドロップアイテムの小袋を拾う。
ポーチに小袋を入れるついでに、水の入ったペットボトルで水分補給をしていると、遠くの淵樹の隙間から何やら人工物のような物が見えた。
「……大きさ的に看板、かな?」
じゃあさしずめ今の親猿は、第3階層への道を守る門番だった訳だ。
自分の体力的には……まだまだ行ける。ペットボトルに入っている水も半分は残ってるし、『回復ポーション:少量』もポーチに入っている。
「先に進んでも良いな」
自分の状態を確認して、第2階層から第3階層に移動する事を決める。
遠くに見えた人工物らしき物に向かって歩き、近づいて見ればやはりそれは【淵樹の密林:第3階層】へと進む為の看板だった。
今回はそのまま先に進むと決めたので、一緒に書かれている【拠点】の文字には触れず、【淵樹の密林:第3階層】の文字に触れる。
「……よし!」
写真の一部を切り取り、そこを別の写真で埋めたように、何も無い場所から第3階層の入口が現れる。
景色が不自然に切り替わっている場所に頭だけを突っ込んで周りにモンスターが居ないか確認し、第3階層へと足を踏み入れる。
第1階層が昼、第2階層が夕方……とくれば第3階層は夜だった。
リンリンと鈴のように鳴く虫と、たまに聞こえるホーウというフクロウかなんかの鳥の声。
第2階層と第3階層を繋ぐ入口から漏れる光で、周囲はなんと見渡せていたが……体が完全に第3階層へと入った瞬間、入口が消える。
「……これは、まずいな」
急に真っ暗になった事で、何も見えなくなる。
数秒もすれば闇に目が慣れたが、それでも1なんとか月明かりで近場の淵樹の輪郭が捉えられる程度。10mも先はもう真っ暗で何も見えない。
「明かり、かぁ」
周囲を見渡す為に明かりが欲しい……欲しいけど、そうしたら、傍から見たら俺の居場所もハッキリ分かりそうで怖い。
とりあえず消えた入口の代わりに立っていた看板の【拠点】の文字に触れる。
すぐに石レンガの拠点への入口が開き、拠点の天井から吊るされている照明の光が漏れて、入口の周囲を照らした。
「これで拠点の場所はすぐに見つけられるだろうけど……」
まさかこんな理由で探索が難航しそうになるとは思わなかった。
暗闇が怖いとは思わないが、暗くて存在を見逃していたモンスターに突然襲われるのは怖い。
「けど……立ち尽くしてても意味無いか」
先に進まないとどうにもならない、と覚悟を決めて真っ暗な密林の中を進んでいく。
夜目が効かない分、目に見える範囲の全てに神経を張り巡らせて……1歩1歩慎重に進んでいく。
かすかに聞こえる虫や鳥の鳴き声の他に、俺が踏んだ枝の折れる音や、掻き分けた草のガサガサと揺れる音がする度に、モンスターにバレるかもしれないとヒヤヒヤする。
「……」
前後左右をひっきりなしに警戒して進むのは、神経がガリガリとすり減っていく。
だがそれと同時に、自分の危機察知能力や索敵能力が鍛えられるんじゃないか、なんて考えも浮かんでくる。
どこにモンスターが居るかも分からない暗闇での、なるべく音を立てないように行動する仕方も身につきそうだ。
「(こういう……隠密?……行動もこの先必要になりそうだし)」
そう考えれば、今までとは毛色の違う訓練をしているように感じれて、少し楽しくもあった。
……ただそれに浮かれて索敵を疎かにする余裕は全く微塵も無いが。
そうして運良くモンスターに奇襲される事なく探索を続けて……10分程。
不自然なものを発見した。
「(……光?)」
丁度淵樹に隠れて光の発生源は見えないが、明らかに不自然に明るい場所を発見した。
真っ直ぐ進んできたから、その光が石レンガの拠点への入口から漏れる光では無い事は分かる。
それなら一体何が……?と疑問に思いつつ、慎重に近づいていく。
そうして見えてきたのは……石レンガで出来た不審な空間への入口だった。
あそこに俺は石レンガの拠点への道を開いた覚えは無い。
「(つまりはダンジョンで自然発生した、何らかの別の空間?)」
白チョークは『石レンガで出来た空間は絶対安全のセーフゾーン』と言っていた。それが正しいならあの中に罠は無いはず……
ムクムクと好奇心が湧き上がってくる。
「……行ってみよう」
そう呟くのが先か、無意識に足を踏み出すのが先か。
俺の頭にはあの空間が一体何なのかという好奇心しか存在していなかった。