更なる幸運
このダンジョンからは地上の風景なんて見えやしない。まずそもそも、ここが『地下』で『地上』があるのかすら定かではない。
あの白チョークの文字ですら、今思い返せばここがどんな所か具体的な単語を出さずにいた気がする。
太陽の動きによる時間の経過を当てにできず、時計なんて便利な文明の利器すらこの場に無い状態で、俺にとって時間の概念とは、自分の腹の減り具合を表す言葉の様になっていた。
そんな中、『時間』というものに縛られているものが数少ないながら存在する。
『目玉商品』と『ダンジョンの地形』の切り替わりだ。
目玉商品は1日で商品の内容が変わるという事は教えられていたが、ダンジョンの地形の方は俺が検証してみた限り、というスパンで変化するらしい。
……なぜ突然こんな話をしだしたかも、話しておこう。
数え間違えをしていなければ、俺がダンジョンに来てから10日目。
いつものように若干の筋肉痛を感じながら起きた俺は、寝惚けた頭を冷ます為に洗面所に顔を洗いに行き、そして朝ごはんを売店で買う。
そして朝ごはんを食べながら、目玉商品を買うか買わないか吟味するというのが、俺にとっての毎朝のルーティーンだった。
現状、鉄の戦槍で十二分なほど攻撃力は足りているので目玉商品に俺が求めるものは必要な防具か、その他ダンジョンの攻略に役立つ道具類。
さらに俺のまだまだ少ない貯金で手が出せるような価格帯のもの、となれば……そうそう目玉商品として並ぶ事は無い。
目玉商品に並ぶ商品がどれだけの数があるのかは分からないが、今まで見て来たものは運悪くどれもこれも必要性を感じないもの。
「わずかに魔力を帯びているって言われてもな……魔力ってなに?どんな効果があるの?」
俺が目玉商品に並ぶ『銀細工のブローチ』の説明欄に書かれていた内容を読んで苦笑していると、それは起こった。
「ん!?」
惣菜パンを頬張りながら今日も買い物は無いなと、目玉商品から目を逸らそうとした時、祭壇が一瞬消えた。
目の錯覚かと目を凝らしても、消えたと思った祭壇は変わらずに鎮座している。
「気のせいか……?」
確かに消えたと思ったんだけどな、と考えても祭壇はそこにあるし……などと首を傾げながら、祭壇の上に浮かぶ目玉商品に目を向けると……
「……か、変わってる?」
目玉商品の内容が変わっていた。
目玉商品の内容が変わるのは、1日1回日付が変わったタイミング。
つまり、今この瞬間に目玉商品の内容が変わったということは、俺が朝だと思っていた『今』は決して朝などではなく、むしろ真反対の深夜0時だったという事だ。
「……」
一応規則正しい生活を送ってきたつもりではあった。あったが……それは勘違いだったと言うことを思い知らされ絶句してしまう。
俺の1日の流れは、起きて朝ごはんを食べ、ダンジョンの探索をしてお腹が空いたら石レンガの拠点に戻って昼ごはんを食べ、体力に余裕があればまたダンジョンの探索をしたり、こまめに休憩をしながらトレーニングをして、夕食を食べ、ストレッチをして寝る……そんな繰り返しを心掛けていた。
実際まだ10日しか経ってないとはいえ俺の中では1日のサイクルが体に染み付いてきた所だった。
だけど、どうやら俺にとっての1日のサイクルと現実の1日のサイクルは決定的にズレていたらしい。
「……目玉商品の内容を見よう」
朝だと思っていたのが、実は朝ではありませんでしたという事実に思っていたよりもショックを受けてしまった俺は、現実逃避をするように切り替わった目玉商品の内容に目を向ける。
まず初めに目に付いたのは『炎精のペンダント』。効果も名前から察せられるように炎の魔法を強化するもので、俺は魔法なんか使えないし、とすぐさま他の2つに目を向ける。
「……きたきたきた!!」
祭壇に浮かんでいたのは、パッと見では盾と鎧だった。今俺が最も欲していると言っても過言ではない2つに、テンションが上がり、すぐに石版に書かれた説明を読む。
『青銅の小盾』
レア度:コモン 値段:1 シルバーコイン 42 カッパーコイン
[青銅で作られた小盾。打ち傷が目立つが、防具としては問題無い。]
『鉄縁の革鎧』
レア度:アンコモン 値段:3シルバーコイン 60カッパーコイン
[革鎧の要所に鉄板を縫い付けて補強した品。軽さと防御力を兼ね備える。]
「こういうのだよ……!」
魔力を帯びてるとか、術の安定を助けるとかよく分かんない効果のアイテムより、こういう実直に物理でなんとかしますって感じのが今欲しいんだよ!
「2つ買うとして……合計で約5シルバーコイン」
少し青銅の小盾が高い気もするけど、多少割高でも自分のやりたい事、自分に必要な事の前では些細な問題だ。
「貯金いくらだっけな」
惣菜パンを水で流し込み、ATMへ走る。
画面をピピピと操作して、現在の預金残高を確認し……膝から崩れ落ちる。
「た、足らない……全然足らない……」
今俺が探索している【淵樹の密林:第2階層】での平均的な稼ぎは大体1シルバーコインと10~30カッパーコイン。
主な支出である1日の食費が50カッパーコイン前後。
そしてモンスターとの戦闘は、どうしても怪我をしてしまう時が来る性質上、回復ポーションも必要になる。
宝箱から手に入れた『低級回復ポーション:中量』もすぐに飲みきってしまい、つい先日売店から『低級回復ポーション:少量』を買ってしまった。
そんなこんなで消費が嵩み……現在の預金残高2シルバーコインと76カッパーコイン。
「2シルバーと24カッパーコイン足りない……」
しかもプラスで生活に困らない程度のお金も残しておかないといけない。
という事は多めに見積って……3シルバーコインも稼がなければいけない。
「……じ、時間はある」
幸い、目玉商品の内容が切り替わったのはついさっきだ。だからタイムリミットまであと約24時間ある。頑張れば3シルバーコインぐらいなら1日で稼げる……かせ……
「稼げるかなぁ?」
いつもの2倍は頑張らないといけないと考えると少し不安が残る。
沢山稼ぐという事は、トラウマをバシバシと刺激してくる、モンスターの大量虐殺を起こすっていうことでもあるし。
「さっさと乗り越えろって言われたら何も言えないんだけど」
……と、とりあえず今買える青銅の小盾は買ってしまおう。
盾があるかないかで、戦いやすさも変わる。戦いやすさが変わるなら稼ぎも変わる。攻撃を防げるって事は回復ポーションの消費量も減る……良い事づくめなのだから、先に買っておいて損は無い。
青銅の小盾が浮いている祭壇の石版を取り外し、売店のレジで読み込む。
ATMの預金残高からの支払いを選択すれば……
「おおー」
盾がいつの間にかレジのカウンターに置かれていた。
丸い形の小さな盾は、青銅という名の通り若干青みがかった色をしている。
石版にも書いてあったように、打ち傷によって装飾や表面が欠けていたり潰れているが……盾として十分に機能はするだろう。
「ベルトを腕に巻いて固定して、取っ手を握るって感じで使うのか」
小盾と言っても金属の塊である事に変わりはなく、ずしりと手に重みを感じる。
腕に固定するためのベルトが無かったら扱いづらくて仕方なかっただろうな。
「……よし、鎧も買うためにも早速探索に出よう!」
【淵樹の密林:第3階層】への看板も運悪く見つけられてないし、今日はダンジョンの地形の更新日でもある。
もしかしたら宝箱が出現している可能性だってゼロではないし……今日はとことん隅々まで探索をしよう。