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第8話 この森の樹々は、お洒落で気分屋さ




森が静まり返ると、ことりと木の葉は、あっさり捕まった。


「牡丹餅おくれ、ほっぺがおちる牡丹餅おくれ」


赤目守りは、両手を出して待っている。


「もう終りだ……」


 哀愁を帯びる声音で、ことりが呟きをもらした。と、その時、木の葉が信じられない事を言った。


「あの、スマホで連絡とるので、ちょっと待って貰えますか?友達に、美味しい牡丹餅を二つ届けて貰います」


 ――スマホ?――ことりが、ぽかんと口を開けた。


「何それ、ありなの?そんな裏技があるなら、僕たち何で走ったの?逃げる必要あった?何度も死にかけたよね?そもそもスマホ持ってるなら早く言ってよ!」


「牡丹餅をくれるなら、どんな手段でもいい」


 赤目守りは実に寛大であった。


「逃げて、ごめんなさい」


 木の葉が、しおらしく謝ると赤目守りが微笑んだ。


「気にしないで。いい運動になったから」


この森は電波が届くらしい。現代は、妖怪も角が取れたに違いない。


「あ、かなで?俺ら、森にいるんだけど。美味い牡丹餅を二つ、持って来てくれ。ああ、うん、ことりの分も。一緒にいる」


 木の葉を横目で見ながら、ことりは思った。文明の利器は素晴らしい、と。


「あの子、持って来た試がないんだよ――全然懲りない。だから、あたし諦めて、追い駆けっこして、遊んであげてる」


 いつの間にか、赤目守りが、ことりの右隣に立っていた。


「あんた、新入りだね。可哀想に、巻き込まれたんだよ。あの影たちは、本来なら大人対策でね。あの子は、ツケの常連だから怒られてる」


「大人対策?」


「森の奥に祠があるんだよ。大昔は餅を供えてた。聞いた話だけどね、餅を献上するでもなく、逆に盗んで食べた大人たちがいて、森が怒り狂った。その時、おばば様が森に術をかけて、カラスの群れは号令係となり、森の影たちが罰する役目を担った。餅を献上しない者がいたら――死にかける」


 ことりは、話を聞いている間ずっと口の端がぴくぴくしていた。

 酷く引き攣って、青黒く変わった悲惨な表情を見て、赤目守りは非常に同情を寄せた。


「そう怖がらなくても大丈夫だよ。牡丹餅さえくれたら、子供の場合は生きて出られる」


 木の葉がスマホを持っていて本当に良かった。その点だけ感謝した。


「どうして影なの?」


「だって、あんな巨大な枝に撃たれたら死ぬよ。単なる脅しだけど、常連くんには厳しい。容赦がなかっただろ?怪我の一つでもさせてやろうって、影たちは思ってる。今日こそは取っちめてやろうと、張り切ってたみたい。カラスたちも、いい加減、生意気な不届き者を退治してやろうと、躍起になってるんだよ。でも、あんたは初だろ?ケガ一つなく逃げ切ったなんて、これも初だね。たいした子だ」


 赤目守りが感心して、ことりを見たが、ことりは複雑な気持ちで沈んでいた。


 木の葉に助けられたのは事実だが、木の葉と一緒だったせいで被害をこうむったことも又、事実である。


「あんた、名は?」


「…ことり」


「ことり?漢字は?」


「平仮名。小さい鳥だと、平仮名よりも、画数が悪くなるんだって」


「おや、面白い話だ」


 赤目守りが、赤い目をパチクリさせた。


 「妖怪が画数を気に掛けるなんて、あんたの両親は妖怪だろ?」


  ことりは静かに頷いた。


 「あたしはね、赤い目を、おばば様に頂いた。森を守る為だよ。迷子になる人間もいる、夜道に迷う妖怪もいる。親と逸れる子狸も、悪人に狙われる子ウサギも、しょっちゅういる。森中の監視妖怪といったところだよ。この赤い目で見つけてね、助ける。だから、赤目守り」


 ことりは大いに納得した。しかし不思議だった。


「そっか……でも、どうして僕が妖怪だって気付いたの?匂いで分かった?」


「あはは、そんなの簡単だよ」


 赤目守りが朗らかに笑った。


「匂いもそうだけど、あんたが本当に奉公屋の子供なら、大怪我の一つや二つするもんだ。その身体能力が妖怪の証だ。人間の血が混ざってないんだろ?奉公屋と違って、本物の妖力だ。十中八九、あんたの両親は、空飛ぶ妖怪だね?親の力も受け継ぐものだよ」


「空か」


 ことりが、ぽつりと呟いた。


「育ちがでるよ。あんたは逃げなかった。あの子を見捨てれば、飛べただろうに。あんた、度胸があるね」


「度胸なんてないよ」


 ことりは首を振って答えた。


「木の葉を巻き込んだのは、僕だから。責任は取らなくちゃいけないと思って」


「ふふっ、そうかい。じゃあ、今度はちゃんと、あんたの牡丹餅おくれ」


 ことりは頷くと、固く決心した。


(木の葉とは、二度と一緒に森に入らない!)


「これで五十回目。ちょっとは成長して欲しいね」


赤目守りが、ボソッと呟いた。


これを聞いて、ことりはまた心に決めた。


(寮に戻ったら、絶対に部屋替えを願い出る!同室は耐えられない)


「君、良い妖怪だね。妥協してくれて、ありがとう」


 ことりは、つくづく感謝して赤目守りに礼を言った。


「でも、どうして御供え餅が、牡丹餅になったの?」


「牡丹餅は……戦前、妹の大好物だった。もともと体の弱い子でね……戦後すぐに死んだよ……」


 赤目守りの悲しげな表情を見て、ことりまで切ない気持になった。


「病床で最後に食べたいと言ったのが、牡丹餅だった……『お姉ちゃん、牡丹餅おくれよ、ほっぺがおちる牡丹餅おくれ』か細い声で、こけた腕を精一杯伸ばして言ったんだ。食べさせてやりたかった……でも、日々の食べ物にも事欠いた。牡丹餅だなんて、とてもじゃないが手に入らなかった。薬さえ買えなかったんだから、無理な話だった」


 赤目守りは、すっと森の奥を指差した。


「この先に妹のお墓がある。祠の隣で、父さん母さんも眠ってる。あたしだけ成仏できなくて、おばば様が妖怪にしてくれた。その時に、お餅を牡丹餅に変えて貰った。いつになったら御供えがいらなくなるのか……いい加減、母さんたちに会いたいよ」


ことりは、言葉に詰まって何も言えなかった。


(それで、幽霊と妖怪なのか………)


謎は解けたが、後味は悪かった。


(僕たち、先に会っちゃったな………)


「戦前ってことは、かなり歳だよね、いくつだったの?」


 聞いてから、あ!と思った。女性に、しかも妖怪に歳をたずねるなんて、無神経だった。ことりは後悔した。


「あの、悪くとらないでね。君、童の格好をしてるだろ?それで、戦前て聞いて、あれ?って、ちょっと気になっただけで、それで、あの、どうして若いのかな?とか、ほんの少し疑問に思って」


 必死に言い訳をすることりを見て、赤目守りが笑った。


「あはは、分かった、分かったよ。本当に面白い子だね。こんな質問、初めてされた。あたしの格好は、妹に似せたんだ。おばば様に、どんなナリになりたいかと聞かれて、あの子が思い浮かんだ。あたしは生前九歳だった。今は、六歳だよ。年は取らない。すべて、あの子に似せて貰った。でも、あたしを見たら、あの子は嫌がるだろうね。黄色いチョウチョ模様が入った、桜色のべべを着たいと言っていた」


 ことりは再び、あ!と思った


(やっぱりあの子だ。でも、健康そうに見えたのにな。 髪の毛も長くて綺麗だった。成仏したら好きな格好が出来るのかも。天国は幸せな場所なのかな)


「この森、天国みたいだね!季節は関係ないみたいだし。ペットの霊も来る。色んな木があるよね。大きくてびっくりした!花も咲き乱れてるし、洒落っ気がある森だね」


 嬉しそうな顔をして話すことりを見て、赤目守りが腹を抱えた。


「あははははは、洒落っ気のある森?そんな単語があるのかい。そうだね、この森の樹々は、お洒落で気分屋さ。お化粧好きでね、最近は《スベスベファンデーション》に凝ってるようだ。樹皮のない樹があっただろ?《つるつる乳液》とか言うのも流行りらしい。奉公屋の連中から貰うんだ」


「へえ………自由を謳歌してるんだね………」


「草花も同じだよ。好きな時間に花開いて、その日の気分で枯れる。真冬に、朝顔が、一カ月以上咲き続けることもあるんだよ。どの樹も、もとは小さかった。おばば様が、余所から連れて来たんだよ。剪定されない森や林の奥には、大きく育たない木々がある『太陽を浴びたい』『高く伸びたい』『自由が欲しい』と、すすり泣く声を耳にして、そんな子たちを森に根ごと持ち帰る。日照不足の街路樹や公園樹、庭に植えられて世話されないまま忘れ去られた花々も、色んな理由で、やってきた。この森の土は、特殊なんだ。元気にすくすく育ったよ」


「僕は、育ち過ぎだと思うけどね、土に妖力が宿ってるの?」


「そうだよ。樹々や草花が、その日の気分で、好きな季節を欲しがって、土が、願いを叶えるんだ。各々が望む季節の風を呼ぶんだよ。そうすると、バラバラな季節が来る。春、夏、秋、冬、あちこちに自由な四季が訪れる」


「我儘が叶う森なんだね」


「辛辣だね。四季は、御褒美みたいなものだよ。樹々や草花は、森を守ってるんだから!あんたたちみたいな、無作法な奴らからね!」


 事実なので、ことりは言い返せなかった。


(でも無作法は言い過ぎじゃないかな………)


「さあ、行くよ!森の入口まで送ってあげる」


 牡丹餅さえ献上したら帰してくれるし、道に迷ったら助けてくれる。

 赤目守りは、親切な妖怪だった。


(あの子の言う通りだ。小冊子の内容、一部は誇張だよね。それに――スマホが使える――とか、親切な事書があってもいいと思う。影のことも、記載されてない事が、そもそもおかしんだ。大問題だよ!)


「へへっ。意外と話が分かる奴だろ?」


 呑気に笑った木の葉を、ことりは思い切り小突いてやった。


「あの影たちは、本気で殺気立ってたよ!どれだけ怒りを買ってるの?」


「あーまあ、死にはしないぜ、多分――脳心頭おこすか、骨折するか、目が潰れるか――くらいなもんだろ。俺は慣れてるけど、おまえは初めてだもんな。俺、最初の時は打撲したぜ。右足を打たれて全治一カ月、懐かしいな」


 たははっと笑った木の葉は、往復ビンタを食らった。

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