第6話 妖怪と違って、奉公屋はベースが人間だ
木の葉は、ことりの両目をじっと見た。
「化けモンか何かが、化けヤシを照らしてるとでも言いてえのか?」
「そうだよ、カラスたちだ!あいつらが鳴く場所には影が出来る。でも、白梅と桃の花に影はなかった!きっと四十雀の群れのテリトリーだから。さっき話したよね、ポットはピットに意地悪してた。ポットの性格が悪い且つピットを嫌ってたっていう理由だけでなくて、自分の嫌いなやつ、つまりピットが自分の許可なくエサを食べるところも気に食わなかったんだと思う!四十雀は大人しい野鳥だと思われてるけど、序列があるんだ。巣の場所や個々によって程度は違うと思うけど、縄張り意識は割と強い方だよ」
ことりは、勢い込んで自説を述べた。
「この森の四十雀は、カラスたちと仲が悪い。あいつらを寄せ付けていないのが証拠だ。大喧嘩するほどではないみたいだけど、お互いのテリトリーに踏み込んでいない。無言の威嚇、暗黙のルールみたいだ。四十雀は人に対しても、好き嫌いが結構はっきりしてる。ピットも、ポットでさえも、姉さんには全く懐かなかった。この森の四十雀たちも人間を選んでる。だから攻撃して来なかった」
木の葉は、ことりの話を、「ふ~ん」とか「へ~え」「あ、そう」などと相槌を打ちつつ聞いていたが、最後に唇を尖らせた。
「この森、野鳥に決定権があるのか……納得いかねえけど、じゃあ、俺は選ばれなかったわけだ。紅色の道は初めて見たぜ。前ン時は、マジで容赦なかったぞ。体中に、顔まで蚯蚓腫れが出来た!」
木の葉の不満げな顔を見て、ことりは苦笑した。
「今度は、木の葉も選ばれたでしょ。それに、手乗り文鳥や手乗り十姉妹なんかだと懐いてくれるんじゃない?僕たちを救ってくれたのは、ピットかもしれない」
「一時間たえろって、どういう意味だ」
木の葉が聞くと、ことりは続けた。
「あと一時間っていうのは、日が暮れると、カラスは鳴かないからだよ。夜に鳴く時は意味がある、普通は鳴かない。カラスさえ鎮まれば、闇で影は動かない……完全な闇は、動かない影だ!それに、カラスがいてもいなくても、月光は日光より遥かに弱い。照る範囲も狭まるし、樹高を考えると、地表まで届かない」
木の葉も納得して頷いた。
「夕焼け小焼けで日が暮れて――か。西野小は校歌がねえから、かわりに覚えるんだぜ。謎なんだ……俺は、奉公屋絡みだと踏んでる……ま、カラスと一緒に帰りたくねえけど……」
「うん!さっさと、お山に帰って欲しい……まあ、どの山に、ほんとに山へ帰るかどうかは置いといて……日が沈めば、森は静まり返る筈だよ。樹々が暗闇に溶け込むから……」
ことりが、化けヤシたちをそっちのけで話している間、化けヤシたちも、ひそひそと小声で話し合っていた。彼らは仲の良い兄弟だった。
長男はせっかちで、長女は手厳しい、次女は怒ると怖いが、普段はおっとりした性格だ。次男は悪戯好きで、末っ子は恐がりだった。
ことりが天を見上げ、地に目を向け、木の葉に自説を持ち出したのを聞いて、化けヤシたちはドキンとした。長男ヤシが、ことりを睨め付けた。
「腹立たしい小僧め!どうも気付いたようだ、あいつは何者だ?大人も分からぬカラクリぞ!」
長女ヤシは、兄ヤシと違って冷静だった。
「初めて見る顔ね。本当に見抜いたのかしら。決めつけるのは早いでしょう」
妹ヤシは、どぎまぎして姉ヤシを見た。
「お姉さま、あの子、誰かに似ているわ。妖怪の子かも……」
「はははっ!馬鹿言うなよ、姉ちゃん!」
弟ヤシが笑った。
「妖怪が転入できるもんか!奉公屋になれるのは混血児だけだろ?西野小は、奉公屋のガキが通う学校だぜ。人間の血が流れてねえクソガキが、何を思って、どうやって転校出来きるんだよ!そんな、すげえコネのある親いねえぜ。ありえねえ!」
末っ子ヤシは、話し合いが始まってからずっと、不安そうにチラチラと空を見上げていたが、ついに我慢が出来なくなった。
「兄ちゃん!僕らが止まると、カラスたちが不審がって怒るんじゃない?でも、あの新しい子が本当に妖怪の子供なら、僕ら、赤目守りさまに罰せられるんじゃないかな?妖怪に喧嘩を売るのは御法度だよね……」
末っ子の心配するところが、最も正しかったので兄妹たちは悩み始めた。
「その通りだ。火の粉をかぶるのは御免だ」
長女ヤシも同意して言った。
「あたくしも嫌です。でも、あの坊やが、本当に妖怪の子供だとしても、まだまだ完全に開花していませんよ。実を蹴った時は、驚きましたけどね。百発百中というわけでは、なかったでしょう?妖怪に生まれても、奉公屋以下の妖力では話にならないでしょう」
「でも、心配だわ」
妹ヤシは、ことりの横顔を注視した。恐ろしい妖怪に見えなくもない。
そんな気がしてきた。
「この一件で開花してしまったら?猫にもなれば虎にもなると言うじゃない。いえ、もとが獅子の子か、龍の子か……実をぶつけられたことなんて、かつてなかった!末恐ろしい子だわ!どんな妖怪の息子か分からないのに、私たちを襲うかもしれない」
次男ヤシは、馬鹿馬鹿しいと花穂を振った。
「姉ちゃん、びびんなよ!襲ってきたら、ぶちのめせばいいだろ!」
一ミリも恐れていない兄ヤシを見て、末っ子ヤシが一つ例をあげた。
「でもさ、四十雀のテリトリーから、無傷で出たよ。姉ちゃんの言う通りだよ、あの子、潜在能力も高いよ……大妖怪の子だったら、どうするの?」
妹ヤシと弟ヤシは、長男ヤシと姉ヤシに判断を任せた。
「……任務を続行する!あの小僧が妖怪であろうとなかろうと、容赦はしない。おばば様亡き御盆の森は、赤目守りさまの管轄だ。牡丹餅を持たぬ者は撮み出す!例外はない!」
妹ヤシと弟ヤシたちが頷いた。
再び動き始めた化けヤシたちに気付いて、ことりは木の葉を引っ張った。
木の葉を抱えて化けヤシを乗り越えるのは無理だ。
二十キロ程度を背負って飛び続ける力もないなんて、修業が足らない証拠だ。
でも低空飛行は出来る。
「飛ぼう!」
「は?」
「木の葉の能力は何?」
「……葉を操れる。俺は、おまえと違って、本物の奉公屋の息子だ。妖怪と違って、奉公屋はベースが人間だ」
木の葉が、鋭い目つきで、ことりを見た。
「父ちゃん母ちゃんの能力は引き継げねえ……『名前から得られる妖力』だけだ。そんでもって、西野小の児童は全員、初等科だ。闇で妖力は使えねえ!精神が不安定だと、心が闇に呑み込まれるからな。太陽の光が届く範囲だけだぜ。でも、おまえは平気なんだろ?」
木の葉の疑る視線を無視して、ことりは浮いた。そして、正面の花穂を睨んだ。
(あの化けヤシの回転速度を利用しよう!回転するトランポリンだと思って蹴ればいい。怪我すると思うけど、死ぬよりいい……)
選んだヤシは、運良く恐がりの末っ子だった。
「行くよ!」
木の葉の返事を待たずに独断したが、その瞬間、小さな白い両手に右腕を掴まれた。
「え、うそ」
ことりは脱力した。痩せ細った両指に、しっかり捕らえられたのだ。
へなへなと地面に足をつけて、怯える目で少女を見つめた。
万事休す――木の葉も固まった。
「樹に悪さしちゃダメだよ、お姉ちゃんに怒られるよ」
少女のどこにそんな力があるのか、振り解こうと頑張ったが、びくともしない。
ことりは、体中の血液を鼓舞させて、必死にもがいた。
その様子をみて、化けヤシは回転を止めた。
「赤目守りさまだ、これで任務完了だ」
長男ヤシは安堵したが、長女ヤシは違った。
「待って、お兄様!浴衣の色が違う!下駄も違う、髪型も!別人よ!」
「では誰なの!」
次女ヤシが、ヒステリックな金切り声をあげた。
「初めて見るわ!なぜカラスたちが騒がないの?赤目守りさまに牡丹餅を献上しているなら、森中に連絡が行き渡るのに!お姉さま、あの童は奉公屋の子供なの?それとも妖怪の子供?」