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第4話 おばば様の妖力で造られた再会の森だ



(どうせまた碌な目に合わないよ……)


 ことりは、ぎゅっと目を瞑った。


 不運を疑わずに目を開くと――白梅と紅色の桃の花が麦畑のように広がって、今が盛りと咲いていた。樹高五十メートルが可愛く見えた。


 「うわあ、すごい!良い香りだね!」


 ことりは感激して感嘆の声を上げた。


 「地獄で仏だよ!このエリアは天国だ!花を見ると心が和む……ここに不幸があるわけない!」


 夏の森に冬が到来、秋は深まって春まで訪れる――花や草木に季節は関係なし、全てが、ごっちゃの森――四季も種類も集結して好き放題に生えている。


 花好きのことりには最高の森だ。

 影に追われることさえなかったら、いつまでも見ていたいくらいである。


 「呑気なこと言ってンな!おまえ一遍ケガして来い!」


 木の葉は、辺りに目を配りながら、吐き捨てるように言った。


 「ここは、あいつらの縄張りだ。花の中から蜂みたいに、ぶわっと飛び出して、嘴で体中を突っ突く。出血はしねえけど、それなりに痛い……」


 「あいつら?嘴?」


 「ツツピー・ツツピー、ツピッ・ツピッ、って鳴く鳥だ」


 「え、四十雀がいるの?」


 ことりは目を輝かせた。


 「僕、昔、雌を飼ってたよ」


 「野鳥だろ、飼っていいのか?」


 木の葉が怪訝な顔を向けた。


 「ヨーロッパ四十雀なら店でも売ってたよ。でも、ピットは違う。ヒナから育てたんだ。父さんの知り合いで、河に棲む魚の妖怪に貰ったんだよ」


 ことりが、手振りを交えて嬉しそうに語りだした。


 「ヒナの頃は僕の片手より小さかった、ほら、このくらい。僕の手も小さかったのにね、手にすっぽり収まって。ほとんど巣立ちしてたのに甘えん坊で、飛べないフリをするんだ。何とか僕の手の中に潜り込もうと目論んでた。大きくなっても、ピットは小さかった。君も見たことあるよね、四十雀は胸の模様が黒いネクタイに見える。だけど、ピットは違った。ネクタイって言えないくらい短くて、本当に小さかった。だから、おしゃれなボタンって呼んでたんだ」


 木の葉は友人が話す間、張り詰めた顔つきで周囲を伺っていたが、今日は何も出没しなかった。


 「ピットは、世界一かわいい四十雀だった。『今日もおしゃれなボタンですね~』って褒めると、誇らしげに小さな胸を精一杯張ってみせるんだ!『かわいいでしょ!』って顔してるんだ。ほんとだよ。僕、一生懸命世話をした。毎朝、五時に起きて。ちゃんとした飼い方を何にも知らなかったんだけど――母さんのアドバイスで、大根の葉を擂粉木で磨り潰して、練り餌に混ぜて、ミルワームも加えることにしたんだ。ミルワームは冷蔵庫で保存してた」


 ことりが一息ついた所で、木の葉は急いで口を挟んだ。


 「親バカって言うんだぜ。いい加減行くぞ」


 「ごめん、思い出して……」


 しゅんとなったことりを見て、木の葉は反省した。


(言い過ぎたか……)


「ピットは、何年生きたんだ?」


 木の葉は気をつかったつもりだったが、その質問はまずかった。


「一年なんだ……」


 ことりは、しょ気込んだ。


(しまった!もとが長生きする野鳥じゃなかった!)


 はっとして両手で口を覆い、木の葉は激しく後悔した。


 妥当な寿命だと思ったが、そういう問題ではない。

 ペットと飼い主の絆は、時として家族の絆よりも強い。

 寿命の長い短いは関係なく、愛するペットの死は、心に消えない痛みを残す。


 木の葉は、室内飼いで長生きしている野鳥を何羽か知っていた。

 幼馴染みが飼っているのだ。それで、つい聞いてしまった。


 (普通は違う、長生きする方が珍しいよな……)


 「僕のせいで早死にしたよ……知らなかったんだ、人間のお菓子をあげちゃいけないって。成鳥になったピットは、僕がやるものは、何でも喜んで食べた。短い嘴の先で、クッキーをツンツンって突っついて、ポロッて崩れた、ちっちゃな欠片を、ちょびっとだけ口に入れるんだ。僕の隣で一緒に食べた。ねえさんは僕たちを見て笑ってた。『まるで親子ね』って。僕にだけ懐いてたんだ。一緒にいられるのが嬉しくて楽しくて、毎日そうしてた。人間の食べ物なんて与えちゃいけなかった。もっと長く生きてくれてたかもしれない。僕は、最低最悪のバカ親だった……」


 木の葉は困った顔をして首を掻いた。


「あー、でも、あれだ……」


  言葉を慎重に選びながら、ことりを慰めた。


 「ピットはおまえのこと、すげー好きだったと思うぜ。すっげー幸せだったと思うぞ。絶対そうだ」


 ことりの表情は、まだ暗かった。


「僕、ピットの赤ちゃんが欲しくて、ヨーロッパ四十雀のオスを買ってもらったんだ。一緒の鳥かごに入れたら、ポットはピットを嫌って、ピットがエサを食べるのを邪魔してたんだ!ピットがエサ入れに近寄ると、ポットは飛んで行って、ピットの頭を嘴で突っ突いてたんだ。その事に気付いて、大急ぎでポットを止めたけど、出逢って一週間も経っていなかったから、少しずつ仲良くなってくれるかなって信じてた。それが間違いだった……ピットが弱ったのは僕のせいだ!二人の仲をさっさと諦めて、別々の鳥かごに分けなきゃいけなかった……きっと僕が知らないだけで、ピットは散々な目に合ってたんだ……ちゃんと餌を食べれてなかったのかもしれない。きっと、ビクビクして怖がってた……僕が死なせたも同然なんだ。本当にピットは幸せだったのかな……」


  ことりの表情が苦しみで歪んだ。


  小さな背が丸まっていくのを見て、木の葉は思い出した。


 「直接ピットに聞いてみろよ。この森に、ピットが来るかもしれねえぜ」


 「何それ?」


 「この森は、おばば様の妖力で造られた再会の森だ。死後も飼い主に会いたくて、妖怪の力を借りてでも、大好きだった飼い主に会いたい――そんな鳥や犬猫の霊が集まってくる。野良猫や野良犬なんかも、餌をくれてた人間に会いに来る。成仏してるらしいけどな。御盆みたいなもんだ。『お盆の森』とも呼ばれてる、いつでも好きな時に盆だ。ピットも、おまえの想いを空で聞いて、会いに来るかもしれねーぜ」


 ことりは、目をかっと見開いて聞いていたが、聞き終えて微笑んだ。


 「すごいね!おばば様の管轄地区だったのか。それじゃあ、奇跡も起きる筈だよ。教えてくれてありがとう!」


 子供たちの会話を盗み聞きして情が移ったのか、桃の花と白梅たちは非常に親切だった。

 紅色の桃の花が左手に、白梅は右手に、ささああっと分かれて、木の葉とことりの足下に、細くて長い紅色の通り道を作ってくれた。


「何か、バージンロードだな。この上を歩くのか、男と――」


 新婦側に桃の花が、新郎側には白梅が、といった感じに、道の終わりまでずらっと並んで続いている。

 木の葉は意外にもうぶな男子で、将来の夢が主夫だ。結婚式にも夢がある。


(猫と歩く方が、マシだな)


木の葉は酷くショックを受けていたが、ことりは嬉々として先頭を歩いた。


「まるで卒園式だね、なんて感慨深いんだろう!桃の花と白梅に囲まれた道を通れるだなんて、夢のようだよ!」


 二人が歩くにつれて、桃と梅の香りは、どんどん強くなっていった。


  「トイレの芳香剤の匂いだ」


  「それ、失礼な表現だから」


  ことりが窘めると、木の葉が、間を置いて言い換えた。


  「入浴剤の香りだ」


  「それも違うよ!ちゃんと嗅いで。ほら、本物の香りは上品だよ」


  ほのかな甘い香りと壮麗な風景を堪能して、ことりは、上機嫌で鼻歌まで歌ったが、道の終わりに近付いた時、ふっと気付いた。


(あれっ、影がない…………?)


 本来もっと早くに気付くべきだった――木も花も影がない。

 思えばカラスもいない。


「ねえ、このエリア……影がないよ?」


木の葉に聞いたが、木の葉は面倒臭そうな顔をして言った。


 「影なんか、ねえ方がいいだろ」


 長かった紅色の道も、後一歩で終わり――二人は、くるりと向き直って、桃の花と白梅に頭を下げた。


 「ありがとうございました」


  御礼を言って頭を上げた時、「ツツピー・ツツピー」と鳴き声がした。


 「おっ、黒ボタン!」


  小柄な四十雀が、三メートルほど先の桃の木の枝に止まって、ことりを呼んでいた。


  ことりは、ぎゅっと唇を噛んで、込み上げた涙を目の奥へ引っ込めた。

  その顔が、今にもくしゃくしゃになってしまいそうだったので、見兼ねた木の葉が、ことりの左足を思いっ切り踏ん付けた。

  そして、泣き出しそうな背中をバシッと叩いた。


 「確かに親子だぜ。あっちもチビだ。桃の花の花言葉、聞いたことあるか?チャーミングらしいぞ。チビのやつ、待ってるぜ」


 木の葉の思いやりが、ことりの胸に勇気を与えた。


(そうだ、これは現実なんだ!ピットが会いに来てくれたんだ)


 ことりは震える唇から、やっとの事で声を出した。


 「ピットー、会いにきてくれてありがとうー」


 ことりは両手を上げて、ぶんぶん振った。


 「今日もおしゃれなボタンですね~」


 ことりが褒めると、ピットは、誇らしげに小さな胸を精一杯張ってみせた。


 大喜びで「ツッツピー・ツッピー」と鳴く声は昔と変わらず『かわいいでしょ!』とても可愛らしい声だった。


 優しい香りと、愛らしい鳴き声に見送られて、ことりと木の葉は、紅葉通りと桜並木に飛び入った。


 その瞬間、化け樹々をもつんざく強風が吹いて、二人は咄嗟に草地に伏せた。


 大風が大地を吹き上げて、二人がげんなりする程の轟音を立てたが、森が鳴いているようにも聞こえた。


 「ねえ、今更だけど、森の動物たち、一頭も一匹も、一羽も見当たらないね。カラスたちは喧しいけど……この森に、ウサギとかいるの?無事かな」


 「おまえ、ほんと一遍ケガして来い。自分の心配しろよ!」


 木の葉とことりが、びくびくして顔を上げると、広大なモミジと巨大な桜の花びらが空高く舞い上がる様が見えた。


 微かな木漏れ日に当たって、ひらひらと影を落とした。


(うわあっ、大きな金魚みたいだ!)


 ことりは見惚れて吐息をもらした。


 赤とピンクの尾鰭が、空を自由に泳いでいるように見えて、とても美しかった。

 しかし、ここでも、のんびり観賞する暇はなかった。

 木の葉は、逸早く立ち上がって先を見据えた。


  「おい、あれ見ろ!」


  甲高い声に目を向けて、ことりは、ぽかんと口を開けた。

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