表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/41

第36話 満月が昇る前に 2 「土神さま、お願いがあります」




龍絵たつえとランは、玄関から入ってダイニングキッチンへ急いだ。


「あれ?早かったね。タエちゃんだけ?おばさんは?」


 トイが、驚いて言った。


「おい、何でランが一緒なんだ」


 秋人も驚いた。


 五分前、秋人の母親と龍絵は、先に食べ終わってコンビニへ出掛けた。

 龍絵が、アイスを食べたいと言ったからだ。


 けれど、秋人とトイは食卓を囲んで、まだ箸をつけていなかった。


 それぞれの器には、――銀色の四角い器は二つあった――マグロにイカに、炙りサーモン、海老にウニ、イクラ。タイとアナゴまで入っていた。


「わあ、すごい!八種類あるよ!あっ、玉子焼きも付いてる。お昼から御馳走だね!」


 ランが覗き込んで、鼻をひくつかせた。


「ランちゃんも食べる?座っていいよ」


 トイが気前よく言うと、龍絵が遮って話した。


「私たち、お寿司を持って、スシ・ポンドに戻らなきゃ。瀬奈ちゃんが、魔女ばあさんに食べられちゃうの」


 龍絵から説明を受けて、魔女ばあさんが死んでいなかった事実は、二人を驚愕させたが、理由は納得した。

 

「そうか、殺せないのか。残念だ………」


 心底悔しがるトイを小突いて、秋人が怒鳴った。


「小菊さんと静花さんは、おまえの為に諭したんだぞ!復讐なんて出来ねえんだよ!これで、悔いなく成仏できるだろ」


(アキくん!それを言っちゃダメだよ!)


 龍絵は、胸の内で叫んで、ちらっとトイを見た。

 トイは俯いて、微動だにしなかった。


(とーくんは、私たちと一緒にいたいんだから……)


ランが立ち上がって、前足で龍絵のスカートを、くいくい引っ張った。


「急ごうよぉ」


「あ、うん、そうだね。アキくん、とーくん、ごめんね。私たち帰るから、これ貰って行くね」


 龍絵は、後ろ髪を引かれる思いだった。

 それは、ランも同じだが、今は人質になっている瀬奈が心配でたまらなかった。


(これが最後だよね)


 過去へ来たから知っている――帰る未来に、トイはいない。


 器を重ねて両腕で抱えた。


「………とーくん、またね!」


 トイが顔を上げると、ランが勢いをつけて、龍絵の頭上に飛び乗った。


 龍絵とランが、無事に帰ったのを見届けても、二人は何も話さなかった。

 器ごとお寿司を持って行かれて、秋人とトイは、昼食を失った。


 部屋の空気は、どんよりと重かった。

 トイと秋人は、無言で椅子をひくと、冷蔵庫と戸棚を漁った。

 結果、鮭茶漬けと漬け物だけという、侘しい食卓になった。


「………僕、もうちょっと早くに、君たちと出会いたかったよ。そうしたら、毎日が楽しかっただろうね」


 さびし気な笑みを浮かべて、トイが言った。

 あったかい光が部屋に満ちると、秋人は、無理にでも笑顔をつくって見せた。


「………遅くないだろ。俺は、毎日すっげえ楽しかった。死んでも親友だからな。だから次は、父ちゃんと母ちゃんと来いよ。お盆の森で待ってる」


「……うん」


「またな」


「またね」


 光が消えた後、龍絵と母親が戻るまで、秋人は、椅子に座ったまま項垂れていた。涙が頬を伝ったのは、龍絵を抱き締めた時だった。


「とーくん、帰ったんだね」


 龍絵も、秋人をぎゅっと抱き締めた。


「お盆の森があって良かったね」


 龍絵が涙声で言った。



 

 (ランちゃんとタエちゃんが戻るまで、あたしも頑張ろう!)


  瀬奈も、即席の作戦を練って実行した。


「魔女ばあさんは、お寿司を食べたら、あたしたちを、焼き魚にするつもりでしょ?」


「おや、勘の良い子だね。なんだい、刺身を所望かね?」


 魔女ばあさんは、ギロリと瀬奈を見た。


「生きたまま切られるなんて、絶対に嫌!」


 瀬奈は即座に否定した。


「でも、火はどうやっておこすの?」


 魔女ばあさんは、右手を高く伸ばすと、手首を二、三度くるくる回して、木のステッキを取り出した。


「火より、自分の心配をしたらどうだい。わしは魔女だ、何でも出来るさ」


 魔女ばあさんは、ステッキを六回振って……巨大なコンロ、大きな焼き網、沢山の炭と薪、そして新聞紙を何枚も、最後にマッチ箱を取り出した。

 これで準備が整った。


「あとは、おまえたちだけさ。でっかい鯉にして、喰い尽してやるよ。ひっひっひっ、ああ楽しみだ!特におまえだよ、400%なんだからね」


 魔女ばあさんの大きな口から、涎がぼとぼと流れ出た。


「いーひっひっひっ。お寿司を食べたら、今日のデザートは焼き鯉さ!」


 満足げな顔で、にやにや笑う魔女ばあさんを見て、瀬奈が指摘した。


「やっぱり火がない。刺身で食べられちゃう!痛い死に方なんて、一番嫌!どうしよう、困ったわ。どうしたらいいの!?」


 瀬奈は、おろおろしながら、大粒の涙をぽろぽろ零した。

 それから、わざとらしく溜息を吐いて俯いた。


「おまえは、脳が無い子だね」


 魔女ばあさんは、目を丸くして瀬奈を見た。


「マッチを擦らないで、どうやって火を熾すのさ」


 魔女ばあさんは呆れ返って、瀬奈を頭の悪い子だと決めつけた。


「こんなバカなら、悪さもすまい。これから、わしが火を熾してみせるからね。ようく見といで。これだけアホな子を鯉にしたら、不味くて食えたものじゃない。少しは賢くおなり!」


 魔女ばあさんは、ぶつくさ言いながら背を向けて、一心不乱に、新聞紙を丸め始めた。


 瀬奈が顔をあげて、にやっとした。

 龍絵からこっそり手渡された茶色い飴玉を一つ、ぽとりと地面に落とした。


 すると、飴玉は地面で一度跳ねて、ポンッと小さな音をたてると、白い煙をもくもくと上げた。


 「ぴゃいっ!」


 幼子の声がして、煙の中から、土色の着物を着た男の子が出現した。


「おねえちゃんが、僕を呼んだの?」


 年は五・六歳くらい、肩につく緑色の髪に赤毛が混じって、光が当たると銀色に輝いて見えた。

 瀬奈は、急いで天代のチョコレートを差し出すと小声で言った。


土神つちがみさま、お願いがあります」 


「天代のチョコだ!僕にくれるの?」


 土神の青い目が、ぱっと輝いた。


 瀬奈は、魔女ばあさんの曲がった背をちらりと見遣って、口早に懇願した。


「はい差し上げます。ですから、どうぞ願いを叶えて下さい。魔女ばあさんが、火を熾せないようにして下さい!」


 土神は、チョコレートを受け取って口に入れた。

 もぐもぐ何度か口を動かして、ごっくんと飲みこむように咀嚼した。

 それから徐に口を開いた。


「おいしかった~ごちそうさま。うん、いいよ。助けてあげる」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ