表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

第1話 牡丹餅 と赤目守り



人と妖怪は永遠に相容れない。


 住む世界がてんで違う、と言いたいところだが、実際はそうじゃない。



 古往今来こおうこんらい、日本は妖怪の国なのだから……故に、人と妖怪の仲を取り持つ《奉公屋》が存在する。




                 ☆ ☆ ☆  


  小守寮こもりりょうで手渡された、小豆色の小冊子の一ページ目に、こう書かれてあった。


   『 赤目守り――赤い目をした森の妖怪。おかっぱ頭で、ニコニコ顔。


      目は、くりくりと愛らしい。しかし、お歯黒だ。


      もしも森で出会ったら、頭を下げて申し上げなさい。


      「あなた様のおかげで森は安泰です。どうぞお納め下さい」


     とびきり美味しい牡丹餅を献上しなさい。


     そうしなければ……赤目守りは、どこまでも、どこまでも追って来る。

     その速いこと速いこと。


     あっという間に捕まって、一生森から出られない。  』



    ことりは、森に入ってすぐ、赤目守りと出逢った。


    童の姿で小豆色の浴衣を着て、赤い下駄を履いていた。


   「団子は、ダメだった」


   木の葉が、神妙な顔つきで首を横に振った。


   「試さないでよ!しかも、どろ団子!僕の分もあるから大丈夫って君が言うから、信じたのに……」


   「金がねえ時は、ツケだ。どろ団子で勘弁ってことに、してくれなかった」


   ことりは、入寮初日に泣きを見た。アホで無謀なルームメイト、柏木 木の葉のせいで。


   木の葉が赤い包みから取り出したのは、どろ団子だった。

   ことりは目を剥いて、胸中で嘆いた。


   (せめて赤土で作ってよ)


   当然だが、赤目守りには睨まれた。


  「牡丹餅おくれ、ほっぺがおちる牡丹餅おくれ」


   そう言われても、無いものは無い。戸惑うことりを、木の葉が引っ張った。


  「逃げるぞ」


   力強い声に従った結果、巨木の影に追撃されて、挙げ句、迷った。


   「餡団子うめえし、気に入ると思ったんだ」


   「じゃあ、買おうよ!ケチなの?」


    「財布に聞いてくれ。空だけどな」


    木の葉が真面目腐った顔をして、どろ団子を後ろに放り投げた。


  「それを先に言ってよ!お金貸したのに!こんな話、聞いてないよ。牡丹餅をあげないと、どうして影に襲われるの?」


   森の怒りは、まるで暴風雨だった。

   森には、この世のものと思えない巨木が、何千本と生えていた。


   二人は、ひたすら走った。どの枝の影も、地面を打ち付けて終わる。

   その度、ビジャッバジャッ、ドドドー、ザババー、大きな音が響き渡って、大雨が降っているようだ。


   あちらこちらで本物の枝と枝がぶつかって、竜巻のような強風が発生した。

   獰猛な風が巨大な樹々を持上げると、ビュオー、ヒュオオー、ゴボオオー、おぞましい風音が轟いた。


  「ねえ!この森、何もかもおかしいよ!」


  山桜が満開で、イロハもみじは真っ赤、竹藪の中に、ブナの林があった。


 (ブナは、高い山地に生える木だよね?七月に枯れるの?どうして、夏に山桜が咲くの?新種?イロハもみじは、普通、秋に紅葉するよね?この森、春と秋が一緒にくるの?)


  ことりは、木の葉に聞きたかったが、そんな余裕はなかった。

  それで、常識という単語を忘れることに決めた。


 「ぼけっとすンな!竹藪に入るぞ!」


  木の葉が大声を張り上げた。

  前方に、樹高七十五メートルの南天があって、巨大な青い実を付けていた。

  ことりは自分に言い聞かせた。


 (どうして南天の実が青いの?普通、赤いよね?って考えちゃダメだ……一粒が一戸建ての大きさなんだから、突然変異したって不思議はないよね……)


   ブナの巨木は、どれも樹高が七十メートル以上あった。


  (樹齢何百――ううん、何千年かな?立派な樹だな)


   ことりは安気に考えたが、太い幹を見てゾッとした。

   ひび割れが一つもないのだ。樹皮もなかった。さながら新品の玩具だ。


   幹の太さは、六メートル前後の真新しい小型ボートを三艘、連結した分ほどある。木肌は滑々で、つるつるで、ニスを塗ったテーブルのように光沢があった。


   改めて見渡せば、どのブナも、枝は上から下まで四方八方、好き放題に生え広がっている。

   一本一本の長さが二十メートルを超えて、太さも十メートル以上あった。

   ほとんど化物だ。  


   そんな化け枝が森を覆うので、普段ならば日光は地表に届かない。

   だが、鬱蒼とした森に光が射した。


  森の天辺で、カラスの群れがギャアギャア鳴くと、化けブナたちは大地に根を張ったまま、巨大な化け枝を波打つように絶え間なく揺り動かして、光を取り込んだ。

  それを見て、ことりは最初、腰を抜かしそうになった。


 (この森、ほんとに最悪だ!もう帰りたい……来るんじゃなかった!)


  森の中は、どんどん明るくなったが、冷たい風が、ことりの耳元でビヒュウウッと唸って、夏の森に冬の匂いが漂った。


  巨大な枯れ葉の海に、二人は飛び込んだ。


 「赤目守りを怒らせると………はあ………どうして……森が怒るの……僕、もう無理……一旦、休もう」


  ことりは、掠れた声で訴えた。

  二人とも汗だくで息は切れていたが、逃げ足は、速かった。

  動きも機敏で、逃げ始めてからの一時間は、軽々と影を飛び越していた。


 「アホ、休めるか!どこも戦地だ」


  木の葉は、Tシャツの裾を持ち上げて、額から滴る汗をゴシゴシぬぐった。

  ことりは、青い唇を噛み締めて、かじかんだ両手を擦り合わせた。

  Tシャツ一枚と半ズボン、これに真冬の寒さが加わって、吹き出る汗が体温を奪っていく。


  竹藪の中、ブナ林は、どこまでも続いた。


  ことりと木の葉は、影のない所、光に飛び入って進んだ。

  踏み込むのは一瞬で、すぐに新しい光へ飛び移って、化けブナたちの間を突っ切った。


  (影踏みと逆だ。影踏み好きだったな……)


  ことりは懐かしくなって、一瞬、くすっと笑った。

  化けブナの影を、時には飛台の代わりにした。

  助走をつけて思い切り踏ん付け、飛び越したが、足の裏がジーンと痺れた。


  「どうして影が堅いの?」


  ことりが振り返ると、避けた化け枝の影が地面に突き刺さっていた。


  「影が刺さるって、どういう原理?」


  「頭で考えるな!前向け、前!」


  降って湧く疑問に、解答は得られなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ