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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『悪夢の研究』と『今は無き国』  作者: 橋本 直
第四十三章 かすかな希望が持てる話

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201/206

第201話 戦乱を日常として生きてきた男

「嵯峨さんには今回の研究者の気持ちと言うものはわからないかもね。ずっと平和とは無縁に生きてきた人ですもの。平和だと人は時に残酷な自分に憧れるものなのよ。ゲームとかでよくあるじゃない。残酷表現が多い作品って」 


 その遠慮してオブラートに包んだような安城の言葉に嵯峨は首をひねった。


「どういうこと?まあ俺の周りじゃあ刃傷沙汰が絶えなかったのは事実だけどね。餓鬼の頃からそうだ……甲武に行けばさっそく地球相手に大戦争だし。一度死んでまた戻ってみれば故郷の遼南は内戦状態。平和より戦争状態の方が俺にとっては普通のことだからな」 


 そう言うと嵯峨は引き出しを開けた。そして湯飲み茶碗の隣にかりんとうの袋を置いた。空の湯のみに気を利かせた高梨が茶を注いだ。


「平和な時代だと自分の手が汚れていることに気づかないものよ。他人を傷つけるのに戦争なら国家や正義とか言う第三者に思考をゆだねて被害者ぶれば確かに自分が正しいことをしているとでも思いこめるけど、立ち止まって考えてみれば自分の手が汚れていることに嫌でも気づく。でも……」 


 安城の言葉に明らかにそれがわからないというような顔で嵯峨はかりんとうの袋を開ける。彼女は視線を高梨に向けるが文官の高梨はただ困ったような笑顔を向けるだけだった。


「俺が言いたいのはさ、単純に自分の正義で勝手に人を解剖するのはやめて欲しいってことなんだよ。理系の人にはわからないかなあ。やられたこっちとしてはすごく単純で分かりやすい話だと思うんだけどな」 


「理系とか関係ないと思いますけど」 


 高梨はそう言いながらかりんとうに手を伸ばした。


「渉はそれなりに苦労してるじゃん。だから人の気持ちも分かるんじゃないの?俺なんかよりもよっぽど」 


 嵯峨はそう言って自分の数百人といた兄弟の中で数少ない生き残りの一人である高梨を見つめた。


「神前曹長からすれば嵯峨さんの方がもっと質が悪いかも知れないわよ。彼は生きたままその人生そのものを狂わされたんだもの。いくら法術師を公にすると言う理由を付けたって人一人の人生を狂わせた責任は重いわよ」 


「秀美さんにそう言われると痛いよなあ……確かにアイツの人生を狂わせたのは俺だもんね。ちゃんとアイツの定年まで看取ってやんなきゃ。俺は不老不死だから定年無いだろうし」


 そう言って苦笑いを浮かべる嵯峨を見ながら安城は嵯峨の目の前のかりんとうの袋を取り上げた。取って置きを取られた嵯峨が悲しそうな視線を安城に向けた。


「技術が進んでも人は分かり合えない。そう言うことなんじゃないですか?別に平和とか戦争とか関係ないでしょ」 


 一言、高梨がつぶやいて湯飲みに手を伸ばした。嵯峨は手にしていたひとかけらのかりんとうを口に入れて噛み砕いた。


「そうかもしれないわね。結局、人は他人の痛みをわかることは出来ない。でも、想像するくらいのことは出来るわよね。少なくとも私はそうありたいわ」 


「それくらい考えてもらわねえと困るよなあ。でもまあ……俺も人のことは言えねえか。俺も戦争犯罪者だもん。俺の為に泣いた人間の数は今回違法研究で犠牲になった数の比じゃ無いもんね」 


 いつもの自分を皮肉るような笑顔が嵯峨の顔に宿った。そして嵯峨は気がついたように後ろから差し込む冬を感じるはるかに光る太陽を見上げた。


「ああ、まぶしいねえ。俺にはちょっと太陽はまぶしすぎるよ……で、思うんだけどさ秀美さん」 


 突然名前を呼ばれて安城は太陽をさえぎるように手を当てながら両目を天井に向けている嵯峨に目をやる。


「この世で一番罪深いのは想像力の不足じゃないかと思うんだよね。今回の件でもそうだ。生きたまま生体プラントに取り込まれる被験者の気持ちを想像できなかった。研究者連中の想像力の欠乏が一番のこの事件で断罪されるべきところだったんじゃないかなあ」 


 その言葉に安城は微笑んだ。


「そうね、これから裁かれる彼等にはそれを何時かは分かって欲しいわよね。でもそんな私達もたとえ想像が及んだとしても相手に情けをかけることが許されない仕事を選んだわけだし。そんな私達はどう断罪されるのかしら?」 


 嵯峨は苦笑いを浮かべる。


「さあ……誰がいつ俺達を断罪するのか……因果な商売だねえ、軍事警察機構の隊員てのは」 


 そして嵯峨は頭を掻きながら手元の端末を操作する。中には大会議室で応接室のかなめと志村三郎の父との会話を覗き見ている誠達の姿があった。


「あいつ等もそのうちこんなことを考えるようになるのかねえ」 


 嵯峨の冬の日差しを見上げる姿に珍しく安城は素直な笑顔を浮かべていた。



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