十一時には床になる、続き!
十一時には床になる、続き!
目が覚めると、そこは見知らぬシンクの下だった。
げしっ!
背中に蹴りが入った。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
背中を丸めて、とっさに謝る。
前職の時についた謝り癖だった。
とりあえず謝る――全てはそこからだ。
「おはよう」
アリサさんだった。
「起きた?」
さすがに怒っていた。
私は眠い目をこすりながら、うなだれてその場に正座する。
「やらかしてくれたわね。まあ、寝ゲロとかしてないだけましだけど」
可愛い店長の口から下品な言葉が出たことに驚く。
「はい、これ」
ウコンドリンクを渡される。
「ありがとうございます」
今飲むと吐きそうだが、上司の好意にケチをつけることはできない。
ありがたくいただく。
……これは、宴会前に飲んでおくべきだったと後悔する。
「顔を洗ってきて。お話はそれからです」
アリサさんの顔色をうかがうと、怒りはピークを越えて面白がる表情がくわわっていた。
トイレで顔を洗い、喫茶室に戻る。頭ががんがんして世界が回る。壁に手をつきながら持ち場に戻る。
時計を見ると、まだ八時。扉を開くと目の前に「九頭竜まんじゅう」の紙袋が三つ。
どうやら、休暇を終えたアリサさんが、早めに出勤してみやげ物を持ってきたようだ。
アリサさんは、テーブルの一つに位置を変えていた。目の前にはタブレットを置いている。
「おはようございます。会社で寝込んですみませんでした」
「そうね。そこにすわって」
私は神妙な面持ちで向かいにすわる。
「まず、飲みすぎたことは部長として叱ります。自分の限界を知って、飲みすぎないようにしてね」
「はい」
「とくに、チャンポンにして飲むと、悪酔いするから」
「はい」
「バーカウンターの下に待避したことはほめます。みっともない姿をさらすよりは、いい策です」
「はい」
「あと、酒の調達に関しては、パーフェクトです。」
「はい」
「酒瓶も片付けてくれたようですね。約束を守ることはいいことです」
「はい」
そういえば、メイドたちが帰る時にそんな約束をした記憶があった。
明け方に目が覚めて、とりあえず酒瓶だけは厨房に運んだ。
……しかし、なんでこの人はそんなことまで把握してるんだ?
「ふふっ、ここには防犯カメラが設置されているのですよ」
アリサさんは得意げに笑った。どうやら、タブレットで記録映像を見ていたらしい。
「警備部と伊藤部長の大乱闘も、パーティーであなたがゲストにされたことも、全て把握しています」
「は、はあ」
「あのおっさん、酒を飲ませたら飲ませるほど喜ぶと思ってるんだから……」
拳を握っている。
何か苦い思い出があるようだ。
「と、いうわけで、お説教はここまで。私も飲ませてもらうわ」
……お前も飲むんかーい!
私はずっこけた。
「昨日は、実家の神事だったの。親がカゾエ三十なんだから最後の大巫女をしろ、てうるさくてね。で、実家に帰ったわけよ」
アリサさんは、ウィスキーの瓶を前に据えてショットグラスに手酌である。
「でね、神事ってのは裏でいろいろ仕込みが必要だから、数日前に帰ってこい、て。なんかいやーな予感がしたんだけど、案の定お見合い。でね、相手はみんな神社の関係者ばかり」
ショットグラスをバーカンのコリンズグラスに切り替える。
「神社って、斜陽産業なの。今の時代、神頼みの人も少ないじゃん。だから、どこも貧乏。それでも、ソトヅラはつくろわなくちゃならないから、色々出費はかさむってわけ。こちとら都内暮らしですよ。そこそこいい暮らしはしてますよ。それを捨てて、田舎の神社にすっこんで主婦をしろって、死ねと言ってるようなものじゃないですか」
ぐいぐい行く。かなり飲める口のようだ。
「ふひー、うめー! 伊藤さんはやっぱいい酒のチョイスだわ」
……九頭竜アリサ、実は酒クズ!?
「あ、今日は有給にするから。あんたも飲みなさい」
たじろぐ私。
「何、ちゃんぽんにしなけりゃ大丈夫だから。迎え酒は必要でしょ。飲め、飲め!」
「あうあう……」
「たいていの人は、ローエンタール商会につとめてる、て言うと、どっひゃー、て感心してくれるの。でも、喫茶部勤務、て言うと何それ、て感じ。で、年収を言うとドン引きされるの。神社ではとてもそこまでの収入はない、て。お見合いはそれで全て撃破してきたわ」
「あの、会社の中に誰か意中の方でもおられるのでしょうか」
「おられる? そんないいものいないわよ。みんな大根か蕪か芋ばっかりね。何人かにくどかれたけど、いまいちピンとこなかった。それで、カゾエ三十よ。あー、誰か結婚してくんねーかな。性別問わないんで……。あんた、あたしと結婚してくれない?」
なんかとんでもない話になってきた。
「あたし、もう疲れちゃった。働きたくない。いい旦那さんにめぐまれて、郊外で一軒家に住んで、ちやほやされて毎日幸せに暮らしたい!」
支離滅裂である。
……この人だめだ。異世界転生した方がいいタイプだ!
「おはようございまーす」
タイミングよく先輩メイドが出社してきた。
「店長、また酔っ払ってるんですか。今日もお休みですか?」
「う、うん。こいつとホテルで寝る!」
……ぐわっ、これが外資系の真実か!?
私は戦慄した。
「大丈夫ですよ。心配しないで。アリサさんは口だけですから」
出勤してきたのは青葉くるみ。綺麗なロングの黒髪が特徴のメイドさんだ。
おびえる私にそっとささやいてくれた。
そしてスマホをいじり……
「店長、近くのホテルをとっておきました。ツインです!」
「うぃーっす。あざーっす」
見ると、アリサさんはシャンパンの残りをラッパ飲みしていた。
それを見たくるみさん。
「いいでしょ、可愛くて。ギャップ萌えですよね」
目がハートになっている。
……恋する目ではなく、推しちゃんを見る目だ。
「くるみちゃん、みんなにおみやげ配っといてね。じゃ、あたしら、ホテルにインするから」
アリサさん、スキップしながら扉に向かう。
そして、くるっと振り返り、おまんじゅうが入っていた紙袋をひっつかむと、厨房へ。
未開封のウィスキーとシャンパンと日本酒を詰め込もうとする。
「それは、ダメですよ。業務上横領になります」
くるみさんがたしなめた。
「仕方ないなあ。あとはまかせた!」
「行ってらっしゃい!」
そして、ローエンタール商会のすぐ近くにあるビジネスホテルにチェックンイした。
私達はツインルームに泊まり、泥のように眠った。