表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

配属先は喫茶室


 ローエンタール商会。

 歴史と伝統を誇る巨大企業。

 私はそこの一員になれた!

 まさに奇跡だ!


 採用通知書を前に私はうかれまくった。

 そして、建材メーカーにはさっさと三行半(みくだりはん)をつきつけた。

 上司からは恫喝と泣き落としをくらったが、もはやどうでもよかった。

 問題があれば労基署に行きますよ、と言ったらパワハラしか能のない上司は沈黙した。自社が抱える問題性を認識したというよりは、国家権力というより上位のパワーにおそれをなしたからだろう。


 ローエンタール商会への最初の出勤日、私は指定された二十六階へと向かった。

 この階で降りる従業員は、ほとんどがガタイのいい男たちだった。

 フロアの東半分が喫茶室で、残り半分が警備部の詰め所、真ん中は倉庫だ。

 集合場所は喫茶室だった。

 喫茶室の木製扉には「CLOSED」の札がかかっている。

 指示では、喫茶室に八時半集合、服装は自由。私は凡庸なリクルートスーツ姿だ。

 ノックをする。

「失礼します」

 扉の向こうは、瀟洒な喫茶室になっていた。

 そして、何人かのメイドさんが待ちかまえていた!


 そう、メイドさんである。

 ロングスカートにエプロンにカチューシャ、今時秋葉原くらいでしか見かけないクラシックメイドだ。

「おはようございます」

 一斉にあいさつされる。

「おはようございます。新人の大江です」

 適度な声の大きさを心がけて挨拶する。お辞儀の角度は四十五度、手は前で軽く交差させる。

「私が店長の九頭竜アリサです」

 ちょっと年上の可愛い感じのメイドが出迎えてくれた。

「そこらに適当にすわってくださいな。今から業務の説明をしますから」

 そして、テーブルのメニューから飲み物を選ぶようすすめてくれる。数カ国語が記されたメニューだ。

 私は紅茶を頼んだ。

「驚いたでしょう。ここは、喫茶部。従業員が来客と打ち合わせをする、ローエンタール商会最古の部署なんです。創業以来の伝統があるのですよ」

「はあ……」

 ちょっと気の抜けた答えが口をついて出た。

……おかしい。私の志望は総合職か一般職のはずだったのだが。少なくとも、喫茶店でのアルバイトではない。

「勤務時間は、研修期間は九時から五時まで。お客様に癒やしと飲食を提供する、重要なお仕事です」

「はあ……」

「まずは、なぜあなたがここに配属されたかを説明しましょう」

 アリサさんは、いたずらっぽく笑った。

「ヒアリングの試験が最低だったからです」

「え?」

「ここでは色んなお客様が打ち合わせをされます。重要な案件について話し合うこともあります。私達喫茶部のメイドは、その内容に聞き耳を立てることは許されていません。ですから、何も聞き取れない方を優先的に採用しているのです」

 ……なるほど!

「私達には別の業務もあります。各会議室への飲食物の配達です。これは裏のエレベーターを使って、なるべく人目に触れないように運搬します。会議室では重要な案件についてホワイトボードや模型を使ったプレゼンテーションがなされていたりします。社内のメイドなら、外部のスパイが入り込む余地はありません」

 その他にも、いろいろな仕事があった。

 各部署の自販機の補充、外部からの食事の配達、プレゼンテーションの場での茶菓の準備と提供など。

 そうしている間にも、他のメイドたちはあわただしく動き始めていた。

 どうやら、朝食の配達を頼んだ人たちのためのようだ。

「しばらくは、喫茶室勤務で、仕事を覚えたら各階への配達、お茶子の仕事もしてもらいます」

「……お茶子、と言いますと?」

「ティーセレモニーホステス、お茶子です。お茶に関する全ての仕事は、喫茶部を差配するお茶子ギルドの専管事項です。ですから、コピーとかタバコの買い出しはしちゃだめですよ。それはエランズギルドのお仕事ですから」


 九頭竜店長の説明を要約するとこうだ。

 かつて、ローエンタール商会では職能集団がギルドを形成していた。今でこそ会計士ギルドや探検ギルドは勢力がなくなったが、お茶子ギルドと警備ギルドは今も二大勢力を誇っている。ちなみに会計士ギルドは社債発行や社内融資、探検ギルドはプラントハンターの集団だ。エランズギルドは郵便物の配達と回収を専門にしている。


「さ、そろそろ制服に着替えてください。就業時間ですよ」

 私は喫茶室の奥にあるロッカールームへと案内された。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ