配属先は喫茶室
ローエンタール商会。
歴史と伝統を誇る巨大企業。
私はそこの一員になれた!
まさに奇跡だ!
採用通知書を前に私はうかれまくった。
そして、建材メーカーにはさっさと三行半をつきつけた。
上司からは恫喝と泣き落としをくらったが、もはやどうでもよかった。
問題があれば労基署に行きますよ、と言ったらパワハラしか能のない上司は沈黙した。自社が抱える問題性を認識したというよりは、国家権力というより上位のパワーにおそれをなしたからだろう。
ローエンタール商会への最初の出勤日、私は指定された二十六階へと向かった。
この階で降りる従業員は、ほとんどがガタイのいい男たちだった。
フロアの東半分が喫茶室で、残り半分が警備部の詰め所、真ん中は倉庫だ。
集合場所は喫茶室だった。
喫茶室の木製扉には「CLOSED」の札がかかっている。
指示では、喫茶室に八時半集合、服装は自由。私は凡庸なリクルートスーツ姿だ。
ノックをする。
「失礼します」
扉の向こうは、瀟洒な喫茶室になっていた。
そして、何人かのメイドさんが待ちかまえていた!
そう、メイドさんである。
ロングスカートにエプロンにカチューシャ、今時秋葉原くらいでしか見かけないクラシックメイドだ。
「おはようございます」
一斉にあいさつされる。
「おはようございます。新人の大江です」
適度な声の大きさを心がけて挨拶する。お辞儀の角度は四十五度、手は前で軽く交差させる。
「私が店長の九頭竜アリサです」
ちょっと年上の可愛い感じのメイドが出迎えてくれた。
「そこらに適当にすわってくださいな。今から業務の説明をしますから」
そして、テーブルのメニューから飲み物を選ぶようすすめてくれる。数カ国語が記されたメニューだ。
私は紅茶を頼んだ。
「驚いたでしょう。ここは、喫茶部。従業員が来客と打ち合わせをする、ローエンタール商会最古の部署なんです。創業以来の伝統があるのですよ」
「はあ……」
ちょっと気の抜けた答えが口をついて出た。
……おかしい。私の志望は総合職か一般職のはずだったのだが。少なくとも、喫茶店でのアルバイトではない。
「勤務時間は、研修期間は九時から五時まで。お客様に癒やしと飲食を提供する、重要なお仕事です」
「はあ……」
「まずは、なぜあなたがここに配属されたかを説明しましょう」
アリサさんは、いたずらっぽく笑った。
「ヒアリングの試験が最低だったからです」
「え?」
「ここでは色んなお客様が打ち合わせをされます。重要な案件について話し合うこともあります。私達喫茶部のメイドは、その内容に聞き耳を立てることは許されていません。ですから、何も聞き取れない方を優先的に採用しているのです」
……なるほど!
「私達には別の業務もあります。各会議室への飲食物の配達です。これは裏のエレベーターを使って、なるべく人目に触れないように運搬します。会議室では重要な案件についてホワイトボードや模型を使ったプレゼンテーションがなされていたりします。社内のメイドなら、外部のスパイが入り込む余地はありません」
その他にも、いろいろな仕事があった。
各部署の自販機の補充、外部からの食事の配達、プレゼンテーションの場での茶菓の準備と提供など。
そうしている間にも、他のメイドたちはあわただしく動き始めていた。
どうやら、朝食の配達を頼んだ人たちのためのようだ。
「しばらくは、喫茶室勤務で、仕事を覚えたら各階への配達、お茶子の仕事もしてもらいます」
「……お茶子、と言いますと?」
「ティーセレモニーホステス、お茶子です。お茶に関する全ての仕事は、喫茶部を差配するお茶子ギルドの専管事項です。ですから、コピーとかタバコの買い出しはしちゃだめですよ。それはエランズギルドのお仕事ですから」
九頭竜店長の説明を要約するとこうだ。
かつて、ローエンタール商会では職能集団がギルドを形成していた。今でこそ会計士ギルドや探検ギルドは勢力がなくなったが、お茶子ギルドと警備ギルドは今も二大勢力を誇っている。ちなみに会計士ギルドは社債発行や社内融資、探検ギルドはプラントハンターの集団だ。エランズギルドは郵便物の配達と回収を専門にしている。
「さ、そろそろ制服に着替えてください。就業時間ですよ」
私は喫茶室の奥にあるロッカールームへと案内された。