あこがれの外資系
第二新卒の大江ルナが、外資系の採用試験を受ける話です。
ローエンタール商会。
創業1532年。
港区に巨大な自社ビルをもつ、世界有数の貿易会社だ。
私は、そこに就職のための試験を受けに来た。
いわゆる第二新卒である。
駅の改札のような受付で「大江ルナ」の名を記帳する。
そして、わたされた番号と名前が記された入館証をジャケットの襟につけ、エレベーターに乗って試験会場へと向かう。
試験会場ではすでに何人かの男女が席に着いている。狭き門になりそうだ。
「お好きな席におかけください。携帯電話等の電子機器は電源を切って下さい」
私と同い年くらいの女子社員が案内をしてくれる。
「筆記具は、先に出しておいてください。試験中にカバンを開いたり席を離れると、失格とみなして退席していただきます。なお、試験内容については、一切外部にはもらさないようお願いします」
学校の試験とは違って扱いが厳しい。
「最初は筆記試験です。チャイムが鳴ったら試験用紙を表向けて答えてください。試験が始まったら一切の質問は受け付けません。よろしいですね」
机に伏せられた何枚かの試験用紙。そしてマークシートの解答用紙。
緊張の一瞬だ。
全社放送のチャイムが鳴る。
誰もが一言も発することなく、紙をめくる。
一問目。
「ローエンタール商会の設立はいつか」
選択式になっている。
1311年。1532年。1986年。2004年。
ごくありきたりの問題ばかりだ。
それにしても問題数が多い。30分の試験時間中にどこまで解けるだろう。
私は、ぱらぱらと試験問題をめくった。
後半は性格診断になっているようだ。
そして、私は気がついてしまった。
この試験に隠された罠に。
最初のページにさりげなく書かれた注意書き。
「全ての項目を一読してから回答して下さい」
周りの皆は、もくもくと鉛筆を走らせている。
そして、中程のページに記されたさりげない一言。
「ここまでの問題には答えず、ここから先の問題に答えて下さい」
同じような罠がないか、全項目を一読してから答えていく。
性格診断。
「一度した間違いは二度としない」「上司からの法令に反した指示は拒否する」「休日の過ごし方について会社の指示は受けない」云々。
なんとか回答を終えた。
「はい、終了です。名前と受験番号を書いたことを確認して、マークシートを裏返して問題用紙の上に置いて退出してください。廊下での私語は厳禁です。一次試験の合格者は三十分後にメールでお知らせします」
長い三十分だった。
スマホがメールの着信を知らせてくれた。
「一次試験合格です。ヒアリングのテストがあります。十三階の大会議室に集合して下さい」
階を移動して大会議室を探す。
探すまでもなかった。
製品発表会に使うような巨大会議室がワンフロアを占めていた。
そこで私は絶望の淵に追い込まれることになる。
私が卒業したのは地方の無名の大学だった。いわゆるFランというほどではないにしろ、Dランクくらいの大学だ。
授業は面白かった。
国文学専攻。
就職には何の役にも立ちそうにない学科だ。
そこを四年で卒業し、中規模の建材メーカーに就職した。
とにかく忙しかった。
表向きは「有給休暇の消化を」と言いつつ、無給の残業や休日出勤はあたりまえ、いわゆりブラック企業というヤツだ。
転職サイトを見ていると、ローエンタール商会が社会人経験者を募集しているという情報が入ってきた。
給料はいいし、ブラックな評判もない。何より、名の知れた外資系企業だ。
私は、ダメ元で応募してみた。
すると、一次試験の招待が来た。
ワープロと表計算ソフトは実務で使っている。タイピングは早い方だ。
英語も、受験勉強を頑張ったのでそこそこ読める自信はあった。映画を見て鍛えた発音にも自信はあった。
ヒアリングテスト。
まず驚いたのが、英語だけではなかったということだ。
中国語、ロシア語、アラビア語。
会議室のスクリーンに映し出された人たちが、どんな内容を話しているかを聞き取らなくてはならない。
字幕はおろか言語種別の表記すらなく、一方的に会話が進んでいく。
そして、ちょこまかと問題が挟まれる。
「彼らの会話で触れられていたのは何についてですか」
a.原子力発電の問題点について
b.国際通貨の安定について
c.水資源の確保について
d.AIの普及に伴う危機について
e.茶葉貿易の歴史について
こんな具合だ。
数カ国語が聞き取れる人には楽勝の問題だったろう。
私にはちんぷんかんぷんだった。
私は戦意を喪失した。
てきとーに、本当にてきとーに、投げやりな回答をした。
そして数日後、私は採用された。