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曇り空を仰いだポールは、隣の荷物持ちの男にこぼした。


「なんだってこうも夫人はこだわるのかね?手元にはいくらだって刺繍ができる侍女や、お針子がいるだろうに」


 体に余るほどに荷物を背負った白髪交じりの男は、馬に乗るポールのほうは見ず、


「女というものは、着飾ることに際限がありませんから」


とかすれた声でこぼした。




 この辺りではまず見ない小綺麗な格好をした男に、農夫や町の女たちは好奇の目を向けてくる。領主に仕える従者のポールは、領主により受けた命により領地の端にある北の山間の麓まで来ていた。街道を逸れ、刈り取りの終わった牧草地帯を抜けていけば、湿り気を帯びた草の香りが濃く香った。先ほど休んだ街で聞いた話によれば、目的の村はあと小一時間ほどで着くはずである。


「また雨に降られては鬱陶しい。急ぐぞ」


 


2人が目指しているニール村は、この領地ではよく見かける酪農と少しばかりの麦を育てている小さな村である。領主に仕える従者にとって、おおよそ縁のない場所に向かう理由は領主の一人娘であるサーニアの婚姻に起因する。


 国の中でもあまり裕福とは言えないこの領には、領主夫妻とその子供が3人いる。


 領主の娘のサーニアは末の子にあたり、美しい顔立ちに金の髪を持ったお姫様であった。まだ12歳になったばかりではあるが、評判を聞きつけた都の貴族との縁談が持ち上がり、準備が進められている。


 花嫁衣裳の準備も進められているが、そこでサーニアは


「街で聞くレースという飾りつきのべールがほしい。」


と、領主夫妻に願った。


 美しい娘に甘い領主夫妻の命により噂をたどると、ここ数年でニール村出身の若い娘が数人嫁入りの時に持参したものらしい。聞いた話をまとめると、


「エヴァ・ミールに好くした家の娘へ、嫁入り祝いとしてもらえる」


と、いうことらしい。


 聞いた娘によって違ったが、娘の親族がが力仕事に協力したり、娘がパンやチーズなどを日常的にエヴァ・ミールに分けていると、お礼として婚礼前の娘にとレースがついたべールをもってきたという。


 街の男に嫁入りした娘が婚礼やミサに身に着けていたことによって、その瀟洒な装飾の評判と噂が広がり、領主の娘の耳にも届いたという訳である。

 制作の命を授けるという役割は、従者であるポールが選ばれた。


 

 村長宅についたポールは歓迎された。


 領のはずれにあるこの村に領主の使いが来る機会は滅多になく、しかもハンサムな顔のポールに、村長の娘や妻は浮足立った。


 挨拶もそこそこにヴィンスと名乗った村長は、妻のマレーヌと娘のヨハンナと三人暮らしである。家をすでに出た子供もいるらしく、空いた部屋に案内された。


 すぐにこの村特産のチーズや具沢山のスープなどの食事を供され、疲れただろうときれいな湯まで用意をされた。荷物持ちの男にも、惜しみなく世話を焼いてくれる。


 馬に揺られての旅路でくたくただったポールは、それらを遠慮なくもらいひとごこちついたところで、村長に切り出した。


「この村にエヴァ・ミールという人物がいるだろう。領主マルツィオ閣下の命を預かってきているので紹介してほしい。」


「エヴァ・ミール?はちみつ娘のエヴァのことでございますか?どういった御用で……。」


レースを頼みに来たポールは、予想外のはちみつ娘という言葉に首を傾げた。


「はちみつ娘?レースというものを作るエヴァ・ミールというものが、この村にいると聞いたが、違うのか。」


村長は困惑した顔で、妻を見た。


 対して村長の妻は、村長の視線に眉を寄せながら、


「エヴァという娘はおります。確かに、私どもの上の娘にレースを作った娘にございますが、


今は街に出ておりまだ帰ってきていないのです。」


「間の悪いことだな。いつ戻るのだ?」


顎に手をやった村長は記憶を遡り、


「6日前にこの村を出ましたので、帰ってくるのはもう2、3日かかるでしょう。街での買い付けもあるといっておりましたから。」


「そうか、悪いがその娘に会わないことには、こちらも帰ることができぬ。礼はするから、ここで待たせてもらう。」


「それは構いませんが、なにぶん……、気難しいといいますか、変わった娘にございまして。



歯切れの悪い口調でこちらの様子を伺う村長に、ポールは首を傾げた。


「気難しい?どんな娘なんだ。」


「なんといいますか、根はいい娘なんですがねぇ。そもそもこの村の娘ではなく、5年ほど前に木こりのジャンという男に拾われた娘なんです。」


村長もあまり話したことはないらしく、続きはマレーヌとヨハンナが教えてくれた。


 この村ではちみつ娘として知られているエヴァという人物は、すでに亡くなった木こりのジャンという男が森の中で拾ってきた娘だという。山の麓でジャンが使っていた山小屋に住んでおり、お針子ではなく養蜂で生計を立てているということだった。


 街で噂になったレースのベールは、すでに嫁いだ村長の上の娘が持ち主ということらしく、エヴァと仲が良かったという。


 普段はジャンの孫でアルという少年と共にいるらしく、はちみつの収穫が済んだことから街に卸しに行っているということであった。


 レースを作っているということは事実だったが、それも限られた仲の良かった村長の娘や一緒に住んでいるアルの姉妹に渡したきりであり、あまり社交的な性分ではないらしい。

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