76 一年四組第四班、今度こそ山に登る 5
木刀を奪われたことで、ジャッキが一気呵成に攻めてくるかと思ったのだが、そうはならなかった。
ジャッキは二度と木刀に触れる気はないようで、その周りをウロウロしている。
ジャッキにダメージを与えられる手段は、現状その木刀だけ。それを分かっているので、俺たちを木刀に近づけるつもりはないようだ。
「よしっ、一匹やったぞ」
渓の声が聞こえた。イリヤを守りつつ、砕魔技で大岩の上の投石する魔を攻撃していたがそれが上手く行ったらしい。
ほとんど見えない魔を砕くとは、渓はこの戦いを通して成長している。
まだ数匹は魔がいるようなので持ち場を離れられないが、しばらくすればこちらに加勢できるかもしれない。
時折轟音が響く焔は、見なくても大丈夫だということが分かる。
焔の燃えるような砕魔力を感じるし、フラさんの叫び声が時々聞こえる。
「上は通さんぞぉぉぉぉ」
また聞こえた。元気そうだな。
「思い通りにいかないなぁ」
ジャッキが憎々しげに吐き出した。
奴は策を練って俺たちを追い詰めた。地面や木々に焦げ跡を偽装し、自分達が有利になる場に俺たちを連れてきた。そして、班の要として活躍していたイリヤの意識を奪うことでこちらの戦力を低下させた。
あとは、大量の魔で俺たちを消耗させて、数の暴力で押し切るつもりだったのだろう。遠距離から攻撃する魔も用意して、俺たちに反撃の隙を与えないつもりだった。
それがどうだ。追い詰められてから俺たちはしぶとく戦っている。窮鼠猫を噛むとはこのことだ。
だが、それも俺と不滅と不朽次第だ。焔も渓も奮闘しているが、ジャッキが自由に動けばバランスは崩れてしまうだろう。それどころか、俺たちがこれ以上手間取っていれば、焔と渓の体力もいずれ尽きる。
「不滅」
「うん。満月の木刀を回収できるかが勝負の分かれ道」
不滅も考えは同じようだ。
「囮は私がやるから、満月は木刀を回収して」
「それは危ないぞ」
「今は危険を冒すべき時」
不滅は短刀を抜いた。不朽も棒を出して構えながらジャッキににじり寄る。
「お姉さんじゃ僕の相手にはならないよ。分かってるでしょ?」
「……黙れクソガキ」
不滅こわい。
不滅と不朽の連携も精度を増している。山に登る前は、二人の連携はあまりうまくいかないと言っていたが、今日一日でかなり上達しているのが分かる。
不滅が攻めれば不朽が隙を作り、不朽が攻撃に転じれば不滅がサポートに回る。俺はジリジリと回り込んで木刀を狙う。
ジャッキが時折視線で牽制してくる。俺はまるで盗塁を狙う走者のようだ。やはりジャッキは随分木刀を警戒している。
「はっ」
不滅の短刀がジャッキを斬りつける。
「鬱陶しい!」
大鉈が振り回されて、不滅は後ろに下がる。
一瞬後に不朽が前に出て、棒を叩きつける。
今だ!
俺は朧月夜で消えて、木刀を狙う。
「ケケケ、死ねぇ!」
朧月夜で出現した場所の目の前を振り下ろされた鉈が通り過ぎていった。
「あぶね」
木刀を拾える場所に出現していたらあの大鉈に叩き潰されていた。朧月夜は対応されている。ジャッキも学習しているのか。
木刀は拾えず、一度後退する。
「うーん、硬い」
俺を狙っている間に無防備なジャッキを不滅達が攻撃したが、手応えはないようだ。
膠着状態になってしまった。
「不滅、不朽、囲むぞ」
「了解」
俺が前から、二人が背後から攻撃をする。
ジャッキは、二人よりも木刀を持っていた俺の方を警戒している。正面から俺が攻めれば、何か策があるのかとさらに警戒するだろう。
というか、してほしい。特に何も思いついていない。
最近は木刀を振っていることが多かったが、最初に焔に鍛えられたのは素手での格闘術だ。
砕魔力を高めて、構える。
近距離に持ち込めば、鉈が怖い。懐に入り込めば、武器は威力を半減するかとも思ったが、そもそもジャッキは小さいので、俺の格闘と奴の鉈が同じくらいの攻撃範囲になる。
鉈という武器が取り回しやすいサイズだということもある。
ということは、俺は攻撃よりも防御に集中しなければ即座にミンチにされてしまう。
いや、ジャッキの攻撃なんかより、焔の蹴りの方が脅威だ。彼女の蹴りは、予備動作もほとんどなく必殺の威力で繰り出される。
ジャッキの鉈は、重さ故に予備動作がでかい。余裕で対応できる。
そう信じて飛び込み、連撃を叩き込んだ。
ジャッキを打った拳の方が痛いくらい、奴の皮膚は硬い。
鉈が振り上げられたのを見て、すぐに下がる。
後ろに回った二人がすかさず攻撃を加える。しかしジャッキは意に解さない。
「ちょこまか動くなぁ。男らしくないよ」
「残念ながら、今はそういう時代じゃないらしいぞ」
「ふーん、あっそ」
ジャッキはイラつき始めていた。見ていれば分かる。感情を制御できなければ動きはさらに読みやすくなった。
こちらが一方的に攻撃を加え、イラつきはさらに増す。
「あー、もう。面倒面倒面倒!」
子供が癇癪を起こしたかのように叫ぶと、ジャッキは動きを変えた。
俺から意識を外し、木刀の近くからも離れる。向かう先には不滅がいる。
「しね!」
不滅に体当たりをかます。これまでにない動きに対応しきれず、不滅は崩され、膝を突いてしまう。
「ははは!」
「くそっ」
慌てて俺も不滅の元に向かおうとした。
「満月、木刀を」
不滅の冷静な声に頭が冷えた。
このまま駆け寄っても、ジャッキの攻撃はそれよりも速いだろう。
俺のやるべきことは不滅に駆け寄ることじゃない。
ジャッキが鉈を掲げ、そのまま振り下ろす。
膝をついた不滅には避けられない。
不朽がジャッキに突進するが、敵の方が速い。
ゴキン。
嫌な音が響いた。骨が折れたことが、音だけで分かる。
不滅は右腕に砕魔力を込めて防いだのでそれくらいで済んだ。まともに食らったら、命の危険すらあった。それくらい強烈な一撃だった。
血が吹き出したりはしていない。刃は砕魔力で防げても、重量は防げなかったようだ。
「ぐっ」
「ケケケ、さよなら!」
再び鉈が振り下ろされようとしたが、先に不朽が飛びかかる。
しかし、あえなくジャッキに吹き飛ばされてしまう。
「ん? ぐえっ」
不朽が飛ばされたのは俺がいる方向で、飛んできた不朽を受け止めることになった。
拾った木刀がまた手から離れる。不朽の棒も転がった。
「くそっ、不滅!」
早く助けに行かねば。木刀と棒をまとめて拾い、一本を不朽に渡した。
ジャッキは再び鉈を振るう。
しかし不滅は、少し後ろに下がって鉈を避けると、右手に持った短刀で反撃した。
右手で?
まさか、あの鉈を素手で受け止めて折れてなかったのか? そう思ったが、あの音で無傷とは考えられなかった。
「折れてないの? どういうこと?」
「さあね、自分で考えれば?」
不滅の煽りに表情を歪めたジャッキに、ようやく近づけた。
「もらった!」
死角から思いっきり攻撃する。
「惜しい惜しい」
俺の攻撃をジャッキは鉈で受けた。
不滅に意識を向けているように見せて、しっかりとこちらを警戒していたようだ。
俺が振った棒はあっけなく折れてしまう。
ジャッキが笑った。
「思ったより呆気ない。ケケ」
「これでいいんだよ!」
俺はジャッキに組み付いた。そのままマウントポジションを取る。
「鬱陶しいなぁ」
鉈を持つ手を押さえ、攻撃は加えずジャッキの動きを制限することに集中する。それでも、コイツを押しとどめておけるのは数秒と言ったところだろう。
「不朽! 俺ごと貫け!」
「クソ、はなせ!」
ビュンと風を切る音が耳に届き、俺は笑った。
「お前の負けだよ、ジャッキ。砕けろ! 朧月夜!」
俺は消える。そして移動する。
ジャッキは拘束を解かれたが、突然のことにすぐには動けない。
直後に、上から不朽が降ってきた。右手に御神木の木刀を持って。
その勢いのまま、ジャッキを貫き地面に縫いとめた。
「ギャアアアア!」
「おっしゃあ! おらぁ! 砕けろ!」
とりあえず横で声援を送る。
「アアアアア……」
やがてジャッキの声が途絶えた。
不朽が突き立った木刀はそのまま、ジャッキの上から離れる。
「なんで……木刀は折れたはずじゃ……」
息も絶え絶えにジャッキがつぶやく。しぶといなコイツ。だが、無視するのも気が引けた。
「俺がお前に殴りかかって折られたのは、元々不朽が使ってた棒だ。で、不朽には木刀を渡しておいたんだよ」
棒と木刀をまとめて拾った時に咄嗟に思いついた方法だったが、上手くいってよかった。不朽の棒が折れたのは想定外だったが……。後で二人に謝らなければ。
「自分の武器を他人に預けるなんて」
「まぁ、元々俺の物じゃないからな」
愛着はあるが、他人には使わせられない、などとは思っていない。いずれ水無月家に返さなきゃいけないだろうし。
「お前は俺を警戒してただろ? 俺が木刀を持っても同じことの繰り返しになるからな。不朽に全て任せて、俺はお前を抑えることに集中したんだよ」
「ケ、ケケケ。他人に任せるなんて、僕には無理だな。手下はいても、仲間はいないから」
「……」
「僕も人間に生まれていれば、違う生き方ができたのかな」
「さあな」
もしかしたら。ジャッキは言葉を話せたし、野球を知っていた。言動も、人間に近いところがあった。もしかしたら、コイツと肩を並べて戦った世界があるのかもしれない。
「最後に」
「しぶといなお前」
だが、木刀に貫かれた腹から、キラキラとした粒子が立ち昇っている。もう間も無く、ジャッキは砕魔される。
「最後に、握手をしてくれないかな」
「分かった」
「満月」
黙って見ていた不滅が、流石にそれは見逃せないとばかりに声をかけてきた。
「大丈夫だよ。ほら」
弱々しく伸ばされたジャッキの手を握る。
グッと握られる。とても弱っているとは思えない力だ。
「ケケ、ケケケ! 油断したな!」
「朧月夜」
ジャッキの手から炎が立ち上った。
握手をしたままだったら、火だるまになっていたであろう、なかなかの火力だった。
しかし俺は朧月夜で逃れている。
「な、どうして」
「お前が炎を使えることは想像してた」
ここに誘き寄せられる道中、いくつもあった焦げ跡。俺たちが道に迷っている短時間でかなりの量がつけられていた。火を熾してつけていたのではとても間に合わないはずだ。
では何故か。敵にも、炎を使うやつがいる。そう考えられる。
しかしここまで、炎を使うような魔はいなかった。
となれば、強く知恵のある魔が、その力を隠していると考えるのが自然だろう。
「急にしおらしくなって、怪しい匂いがプンプンしたぞ。来世ではせいぜい演技力を磨けよ」
「クソ! クソ、ク……ソ……」
悪態を吐きながら、ジャッキは消える。
「よし、ジャッキ砕魔完了!」
倒したのは不朽だけど。班の勝利だ。
ありがとうございました。
次回は12月27日 水曜日 更新予定です。




