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69 長村凌牙、笑みを浮かべる

 翌日、思ったよりもスッキリ起きられた。

 焔の家と同様、幽素が濃い空間で休んだことで、回復力が強化されたのかもしれない。

 筋肉痛もほとんどない。

 朝食後に掃除をしてから、道場に集まった。


 道場は、寺の中でも一番広い場所だった。

 皆、動きやすい格好(もちろん俺はジャージ)に着替えている。

「よし、午前中の稽古では二つのチームに分かれて、俺と空から指導を受けてもらう。俺は手加減とか苦手だからな。死ぬなよ」

 指導者のセリフじゃねぇ。真顔で言っているのがよりゾッとする。

「危険はないように配慮はするけど、気を抜いたら怪我につながるから、集中してね。辛かったらすぐ言ってください」

 空は笑顔。空に教わるチームがいいな。

「よし、じゃあ今日はそこの金髪とスカジャンが俺の担当な」

 畜生! まずは名前を覚えろ!


 一人ずつ凌牙と組み手をすることになった。まずは焔から。

水無月(みなづき) (ほむら)です。よろしくお願いします」

 まずは名乗ってから焔が頭を下げた。そのまま構える。

「へぇ。水無月、なかなかやるな」

 どことなく嬉しそうな凌牙。一方の焔は真顔だった。

 空気が張り詰めている。緊張感がすごい。横で見ているだけで押しつぶされそうになる。


 初めに動いたのは焔で、踏み込んでの突き。凌牙は手に持った木刀でその拳を防ぐ。

 二度、三度と突くが、凌牙は木刀で受け止める。

 凌牙は簡単そうに防いでいるが、いつも焔の突きを受けている俺からすれば信じられない。細い刀身を、的確に突きの軌道上に合わせている。

 焔の突きは、見てから反応できるような代物ではない。一番安全なのは、大きく回避してしまうことだ。しかしそうすると反撃に打って出るのが難しくなる。

 凌牙の防ぎ方なら、間合いは保たれたままだ。

 しかし凌牙は反撃しない。

 焔は突きを囮にして、ハイキックを繰り出した。

 蹴りの威力は突きよりも段違いで強い。

 側頭部を刈り取ると思われたその蹴りは、やはり凌牙の木刀で防がれてしまった。しかも凌牙は片腕で木刀を持っている。それであの威力の蹴りを軽々と防いでいる。

 疑っていたわけではないが、凌牙の実力は本物だ。

「やるじゃねぇか! お前本当に学生か? すぐに砕魔師として活躍できそうだぞ」

「やってますよ、一応ね」

「そうか。水無月のおっさんもなかなかスパルタだねぇ」

「普通にやったんじゃ厳しいんで、もっと出力をあげますよ」

 そういうが速いか、焔の全身から炎が立ち昇った。

「らあっ!」

 またしても突きだが、先ほどよりも速い。凌牙も流石に受け切れなかったのか、紙一重でかわす。

「ちっ!」

 反撃に転じようとしたが、何かを察して凌牙は下がった。焔の纏う炎が吹き上がり、凌牙を掠める。

「熱っつ!」

 焔の砕魔技、燎原(りょうげん)の火。野原を瞬く間に焼く火のように激しい勢いという意味の、攻防一体の砕魔技だ。

 身体能力の向上に加え、纏った火で追撃も防御もこなせる。

 ゲーム的に言えば、攻防速アップに加えて火の追加ダメージを発生させる自己バフと言えばいいだろうか。

 焔は凌牙に反撃の間を与えない。そのまま飛び込んで連打を放つ。

「はあああっ!」

 炎が渦巻き、見ているこっちにも熱さが伝わってくる。

「トドメだ!」

 渾身の突きが凌牙をとらえる!

「ははっ! 甘ぇよ!」

 凌牙は今まで使っていなかった左手で、焔の突きを受け止めている。

 凌牙の振り下ろしは見えなかった。気がつけば、焔の首元に木刀があり、勢いよく風が走り抜けた。

「ッ! 参りました」

 燎原の火を解くと、焔は頭を下げた。

 レベルが高すぎる。

 この後、戦いたくないな。絶対期待はずれになるぞ。


「よし次。金髪坊主。いつでもいいぞ」

「河合 満月です。よろしくお願いします」

 一応名乗ってから木刀を出現させる。焔に借りた御神木の木刀は今日も神々しい。

「いい武器持ってるじゃねぇか。さて、実力は伴ってんのかね」

 うるせー! 伴ってないよ!

「満月を甘く見ると後悔しますよ」

 焔……ありがとう。でもその信頼が今はちょっと重い。

 凌牙はニヤリと笑って、木刀を構えた。

「へぇ。水無月が言うなら期待できそうだな。来い!」

 その笑顔が怖いんだよな、凌牙は。なぜ空はこんな怖い男と……いや、やめよう。

 焔が見ていると思うといいところを見せたいと言う気持ちになる。信頼もしてくれていることだし。

 空のアドバイスを受けて鍛えてきた戦い方をここで試してみよう。

 木刀を構えた俺を見て、凌牙は鼻白んだ。

「なんか力んでるな。もう少し力抜けよ」

 まだ木刀を振り始めて一ヶ月も経っていない。ゲームのサイガクで振り回していたからか違和感はないし、なんとなく馴染んでいるような気がするが、身体は追いついていない。

「初心者なんで!」

「ま、いいや。打ち込んでこいよ」

「やあっ!」

 間髪入れずに踏み込んだ。機先を制すれば隙も出来るかと踏んだ。

 しかし、上段からの斬撃は難なく回避される。

「いちいち声出してたらタイミングが丸わかりだ。奇襲するつもりなら気をつけろ」

 なるほど。

 今度は向かい合って数秒待つ。

 凌牙は、向こうから攻めてこない。焔との手合わせを見ていて分かった。まずはこちらの力量を測っているのだろう。

「……来ないのか?」

 凌牙が口を開いたタイミングで攻め込む。今度は無言で。しかしそれも難なく受け止められてしまう。

「ま、発声がなくても全身の動きを見ていればタイミングは分かる。まだ動きに無駄が多いな」

 俺が少し下がると、それ以上に凌牙が踏み込んできた。

「相手の動きに合わせれば虚はつける」

「げっ」

 木刀の柄を鳩尾に叩き込まれた。

 手加減されていた。さらにこちらも砕魔力を込めていたので、そこまでのダメージはない。しかし一瞬息が詰まった。

 凌牙は追撃してこない。

「一応急所は守ってるか。いいぞいいぞ」

 凌牙は笑う。

 向こうから直接攻撃はしてこないと勝手に思い込んでいた。

 俺の油断だ。それに対する戒めも込められているのだろう。

 焔の教えで急所を守っていなかったら、今頃悶絶していた。

 一度凌牙が離れた。

「さ、もう一回来いよ」

 笑顔が少しだけ迫力を増している気がする。

 木刀を振り下ろす。凌牙は受ける。

 反撃の隙を与えないように、何度も攻撃するが、全て防がれてしまう。

「はっ、はっ」

 武器を振り回すのには体力が必要だ。息も切れる。

 酸素が行き渡らず、脳の働きも鈍る。

「頑張れほら、もっと打って来い」

 何度目になるか分からない木刀の振り下ろしを、凌牙が防いだ。

 そろそろ限界。ここだ。


 俺は再び木刀を振り下ろして、凌牙はそれを受けようと木刀を持ち上げた。

 朧月夜。心の中で唱える。

 俺は一瞬消え、すぐに現れる。

 凌牙の木刀は、俺の木刀を受け止められない。このタイミングを狙っていた。

 木刀同士が打ち合う瞬間に朧月夜を使うことで、刀をすり抜けさせた。

 獲った!

「ちっ!」

 渾身の一撃が凌牙の頭をとらえる。はずだった。

 すんでの所で凌牙の頭が動き、御神木の木刀は吸い込まれるように凌牙の肩を打つ。

 あ、やば。一応止めるつもりだったけど振り抜いちゃった。

 ――!?

 総毛立った。全ての感覚が危機を告げている。

「朧月夜!」

 短い距離の移動なら、砕魔力の消費も少なく連続して使えるようになっている。体一つ分だけ、横にズレる。

 一瞬前まで俺がいた場所を、凌牙の木刀が斬り裂いて行った。

 避けていなかったら無傷では済まない一撃だった。

「うおっ……と! あん? 避けたのか?」

 一瞬焦りの表情を浮かべた凌牙だったが、俺が無傷だと知ると一瞬キョトンとしたような表情になり、すぐに獰猛に笑った。

「金髪。俺に一撃入れた上に、自動迎撃を避けただと? テメェ、牙を隠してやがったな」

 そんな覚えは全くないので、ブルブル首を振って否定する。

「金髪、名前は?」

「さっき名乗りましたけど」

「悪ぃ、忘れた」

 コイツ……。

「河合満月くん。私の大切な生徒だよ」

 いつのまにか凌牙の後ろに空がいた。

「凌牙くん。今、本気出したでしょ。生徒を殺す気なの?」

 空の、静かな怒りの表情。

「いや、違うんだ……」

「へぇ、何が?」

「うぐぐ」

 気圧されて小さくなる凌牙。こう見えて尻に敷かれているのか。いい気味だ。

「金髪、いや、満月。何笑ってやがる」

「笑っていませんが」

「いいや、笑っただろ。俺が見逃すとでも思ったのか!」

「ちょっと凌牙くん、話は終わってないよ」

「はい」


 お説教モードに入ってしまった空と、小さくなる凌牙から離れる。空のアドバイスを活かした朧月夜の使い方は上手くいった。

 これまでは、朧月夜を決め技のように使っていた。大きく転移して、相手の隙をつく。今回は最小の動きで細かく朧月夜を使った。

 必殺の技とはならないかもしれないが、使いやすさはこちらの方が上だ。まさか凌牙を相手に一本取れるなんて。

「すごいじゃん、満月」

「イリヤ、見てたのか?」

「うん。ちょうど満月が凌牙の攻撃を避けたところをね。無事でよかったね」

「死んだかと思った」

「はは、大丈夫大丈夫。死んでもセーブポイントからやり直しだから」

「これがサイガク2だったらな」

 ゲームだったらどこがセーブポイントになるかな。やっぱり今日の朝だろうか。


「金髪……いや、満月。悪かったな」

 空にしぼられて、どことなく元気のない凌牙から謝罪を受けた。

「お前、思ったより鍛え甲斐がありそうだよ。楽しみだな」

 凄絶な凌牙の笑顔を見て俺は思った。

 全然楽しみではない。

 これから毎日のように行われる午前中の稽古は、命懸けになるかもしれない、と。

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