65 河合満月、部活に出る
双子の先輩の会話シーンで、先に話すのは桔梗先輩、後に話すのは撫子先輩です。
日々は瞬く間に去っていった。
六月の初め、ついに遠征の班が発表される。
あれからイリヤと話したが、やはりこんなイベントに覚えはないらしい。というか、砕魔大会で優秀な成績を残すとアイテムがもらえるので、必死でやり込んでいたという記憶があるとのことなので、ゲームでは砕魔大会が行われていたようだ。
そもそも遠征して各地で魔を砕くというのは、これまでとは段違いに増えた魔の発生のせいで、砕魔師の手が回らなくなっているから行われるらしい。
学生の手も借りたいということで、サイガクの生徒はほとんど駆り出されるし、日本各地にある他の砕魔師の学校からも生徒が派遣されるそうだ。
俺が知らない間に、砕魔師の学校が増えているようだ。二十年のブランクは大きい。
「最後に四組第四班、班長水無月さん。班員は入谷くん、細貝くん、定岡さん、河合くん。以上五名です」
焔とイリヤと同じ班か。これは嬉しい。太陽とは別の班になってしまったが、あいつなら上手くやるだろうから心配はしていない。
「派遣先は〇〇県ね」
結構遠いな。新幹線で二時間くらいかかる。そこに一ヶ月近く滞在することになるのか。
ゴールデンウィーク明けは、どこか緩い空気があった。だが今は、教室中――いや、学園中――が緊張感で張り詰めている。
授業でも気を抜いているクラスメイトはいない。遠征では、学生ではなく砕魔師としての覚悟を持たねばならないと教え込まれた。
そうでなければ、自分も周りも危険に巻き込むかもしれないのだ。自然と気合が入る。
俺も、この一ヶ月はこれまで以上に修行に打ち込んだ。
御神木の木刀を振り、走り込みをし、焔と手合わせをする。
焔だけではない。豪炎さんや美雨、界に加えて、手が開けば空とも戦った。
授業ではクラスメイトとも実践形式で戦った。
太陽やイリヤは強いし、村雨さんや友部さんもメキメキ実力をつけている。
四条くんや中林くんも、最近砕魔技を習得したらしい。
最初の砕魔試験で好成績を収めたという、岡野くんや織部さんとも戦ったが、二人とも強かった。
イリヤ曰く、その二人はサイガク2のメインキャラだったような気がするとのこと。
実際、一班が太陽、二班は岡野くん、三班は織部さんがそれぞれ班長になっている。
班が決まって、来週からついに遠征が始まる。四班の引率は空に決まった。
もう一人引率がつくらしいが、その人物は教師ではなく、外部の砕魔師になるとのことだった。
そんな、学園全体が浮き足だったような雰囲気に包まれる木曜日、俺は薬草部に顔を出した。
「こんちゃー」
「来たな、満月!」
「来たね、満月!」
テンションの高い二人の先輩に出迎えられる。
「桔梗先輩、撫子先輩、お疲れ様です」
二年生の薬草部員、双子の漆間先輩だ。
ショートな髪型をしているのが桔梗先輩、長い髪を編んで後ろで一つのお団子にしているのが撫子先輩。
「あれ、部長はどこ行ったんですか?」
もう一人、小関部長を加えて四人で薬草部なのだが、一人足りなかった。
「屋上の花壇」
「水やり中」
先輩を働かせてしまった。
「私たちは満月を待つ係ね」
「大仕事だったよ」
屋上の花壇は大きくないので一人で事足りるだろうが、申し訳なくなる。本来は後輩の俺の役目だ。
「河合くん来た? お、来たね。お疲れ様」
そうこうしているうちに部長が戻ってきた。
「水やりありがとうございます」
「いいのいいの。じゃあ、みんな集まったところでミーティングしようか」
部室の奥に小関部長、左右に撫子先輩と桔梗先輩、出入口を背に俺が座る。
いつのまにかこれが定位置になっていた。
「はい、今日のお茶」
「はい、今日のお菓子」
どこから取り出したのか、いつの間に淹れたのか、ハーブティーとクッキーが用意された。
全員で飲んで一息つく。俺はクッキーをつまんだ。
そして気がついた。今日薬草部で何もしてねぇの俺だけじゃん。
やばい、これはやばい。なぜか急に焦り始めてしまった。先輩たちは怒ってないだろうか。
汗が垂れてくる。
新人の俺が何もしていないなんて。
謝罪を、いやまずはお礼が先か? いや、それはさっき小関先輩に伝えたんだ。サラッと流されたけど。
あれ、もしかして怒ってたのか? やばいぞ!
あたふたする俺をみて、桔梗撫子の両先輩がニヤニヤしている。
「撫子!」
「桔梗!」
「だいせいこーう!」
「二人とも、後輩で遊ばないの」
部長が水のペットボトルを渡してくれた。
「河合くん、とりあえず水飲んで」
「え、はい」
水を一口飲むと落ち着いた。
「ごめんね、また二人がいたずらして」
いたずら?
「そのクッキーに含まれてるハーブに、焦りを生む効果があるんだよね」
それはやばい薬なのでは……。
「あ、心配しないで。効果は数秒だし、砕魔力で自分を守ってると効かないから。もちろん中毒性とかもないよ」
そうなのか。ホッとした。
「おいおい、満月。このハーブが効いてしまうとは何事だ」
「砕魔力の鍛錬が足りないんじゃないのかー」
「うぐっ」
桔梗先輩と撫子先輩の言葉が刺さる。
「二人とも、事情は人それぞれなんだから。砕魔力の扱いが上手くない人もいるんだから、このハーブが効いちゃう人もごく稀にいるんだよ」
「ぐはっ」
そして部長の言葉も刺さる。
「部長が一番きついこと言ってるよ」
「満月、元気出せ」
「あ、ご、ごめん河合くん」
「だ、大丈夫です」
俺の砕魔力が低いのは事実だからな。
「えーっと、気を取り直してミーティングをします。桔梗ちゃんと撫子ちゃんと河合くんは遠征で行く場所決まったのかな?」
「おう、決まったぞ」
「なんと××県だ。すごいだろう」
すごいのか?
「二人は同じ班なんですか?」
俺の質問に桔梗先輩がフッと笑う。
「当然だ、満月。愛する二人を引き離すことは誰にもできない……」
「ぽっ」
謎の寸劇が始まりそうだったが、部長が遮った。
「二人を引き離すと後が怖いからね」
納得してしまった。
「満月はどうなんだ?」
「お姉さんに教えなさい」
「俺は〇〇県ですね」
「ふーん」
「へー」
それってどこよ? と視線で問いかけられる。
「二人の行く県の、隣の県ですよ」
「おお! やるな、満月」
「遠征中に会えるかも」
いくら隣県とはいえ、そんなに近い場所ではないと思うが黙っていよう。
「会えたら嬉しいですよね」
「おいおい、撫子。後輩がかわいいぞ」
「キュン」
「河合くん、二人の扱いが分かって来たね」
喜んでいいのだろうか。
ミーティングが全く進まない。
「あれ、みんな遠征に行っちゃったら花壇とか鉢の水やりができなくなりますよね」
二、三日ならともかく、一ヶ月も水をあげないのはまずいだろう。これからあったかくなる時期だし。
「そうそう、それなんだけど、僕は遠征に行かないから水やりとか雑草の処理は任せてよ」
「遠征行かないんですか」
「うん、三年は受験もあるし僕含めて半分以上は学園に残るよ。近場で魔が発生することもあるからね」
敷波市を拠点にする砕魔師の多くは、今回の遠征の引率に駆り出されるらしい。
それをカバーするという意味でも、三年は残る人が多いのだろう。
結局、部長が部の仕事をすることになってしまう。申し訳ない。
「すいません」
「好きでやってることだからね。気にしないで。それよりも、三人とも遠征では気をつけてね」
「私は撫子がいるから心配ない」
「私には桔梗がいるね」
二人の視線が俺に向いた。
「満月は心配」
「だね」
「俺も自分が心配ですよ」
「ははは、まぁ、クラスメイトもいるし、引率の先生や砕魔師さんがいるんでしょ。大丈夫だと思うよ」
小関部長は癒しです。ありがとうございます。
「ちぇっ、砕魔大会が開催されてたら優勝狙えたのにな」
「桔梗と私がいれば、優勝間違いなしだったのに」
この二人なら、本当に優勝しそうだ。
「遠征ってよくあるんですか?」
サイガク1では、斎賀学園がまだ創設したばかりだったためか、砕魔大会などというものはなかった。秋に普通の体育祭があった。
「いや、僕が知る限り初めてだね。今年は魔の発生が多いなんて言われてるし、その影響かな」
この時期に限らず、遠征などはこれまで行われていなかったのか。
魔が増えているのは、原初の魔の影響だと思う。
だが、イリヤの記憶では、遠征なんてゲームの中では行われていなかったという。
影の未来視よりも、原初の魔が動き出すのが早いのかもしれない。
遠征も、一筋縄ではいかないだろう予感がする。
「ミーティングは終わり?」
「というかなんの話し合いだったの」
「はは、みんなが遠征中は、僕が水やりするから心配しないでって伝えたかっただけだよ」
それにしては、随分遠回りをしたような気がする。
「よし、ミーティングは終わり。買い出しに行こう」
「部長、満月、早く準備して」
「クッキーまだ余ってるし、もう少しゆっくりしても……」
「撫子!」
「ほい来た桔梗!」
撫子先輩がラップを取り出して、桔梗先輩に渡す。瞬く間に、残ったクッキーはひとまとめにされ、ラップで包まれた。
「はい、大事に食べてね」
「食べ過ぎ注意だけどね」
ニコニコ笑顔でクッキーを渡される。
俺!?
そのクッキーを食べると汗をかくしなんだか焦るし、正直あんまり食べたくないんだけど……。
「日持ちするから、遠征に持って行くといいよ」
「必ずや汝の助けになるであろう! ふはは!」
撫子先輩のキャラがおかしい。
「ふはは!」
「ふはは!」
あ、桔梗先輩にうつった。
「ふはは」
俺も笑ってみた。
クッキーは結局俺がありがたく受け取った。
買い出しと聞いて、俺は正直ビビっていた。桔梗先輩、撫子先輩に振り回されて、荷物持ちにさせられてぐったりするのではないかと。
しかし、そんな心配は杞憂だった。二人は本当に必要になりそうなものをしっかり話し合って購入して、無駄なものは買わない。
俺も参考になった。
「はい、これ部長用」
「こっちは満月用」
俺たちは買い物の最後に、手作りの装飾品を扱う、期間限定の店を覗いていた。
普段は目にしないようなモチーフのイヤリングやキーホルダーがあって、なかなか面白い。
部長用と言って差し出されたのは、寿司折や弁当に入っている緑の草を模したバランのキーホルダーだった。
草からの薬草部という連想だろうか。
部長も嬉しそうだ。
俺に渡されたのは、立体的な黄色い球体がついたキーホルダー。これは満月なんだろう。
どこにつけようかな。
桔梗先輩と撫子先輩もそれぞれに合ったイヤリングを購入していた。
桔梗先輩は紫の星形のイヤリング、撫子先輩は花弁の先がギザギザになったピンクのイヤリング。それぞれの名前がモチーフになった物を見つけられたようだ。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
礼を言うと、二人も嬉しそうだった。
薬草部の絆はさらに深まった。




