6 プレイスキルがモノを言う
陽が吹き飛ばされて地面に転がった。全身の至る所に擦り傷が付いている。
「斎賀先輩! 癒しの御手!」
風巻が即座に回復させる。
「大丈夫か?」
花城先生と空が遠距離から守護者を牽制し、美雨が突撃する。俺は陽を気にしていたら出遅れてしまったので、彼女を助け起こすことにした。
「ええ。助かったわ」
吹き飛ばされたとはいえ、しっかりと防御はしていたらしい。大きなダメージは受けていないようだ。全身の擦り傷も、風巻の砕魔技で回復してゆく。
「最初は優勢だったんだけど、段々と守護者が強くなっていって、気づいたら劣勢になっていたわ」
陽の言葉に風巻が首を捻った。
「あっ、それ私も感じましたね。そこまで変化はなかったんですけど、一回だけ敵の強さが上がったなってタイミングがありました」
守護者にそんな特性があったのだろうか。いつもは逃げていたから知らなかった。俺が戦った守護者には、そんな感覚はなかったのだが。
「おそらく、砕いた守護者の力が他の守護者へと吸収されるのでしょうね」
風巻の言葉に納得する。それならば、俺の戦った守護者がパワーアップしなかった理由が分かる。あの守護者を最初に倒したからだ。
「新月! 斎賀は無事か?」
「大丈夫そうです」
「よかった。それならこっちを手伝ってくれ」
美雨、花城先生、空の力があれば楽勝かと思ったのだが、そうではなかったらしい。
「陽、行けるか?」
「もちろん!」
「風巻、フォロー頼む」
「了解です」
砕魔力の高まりを感じる。早速風巻からバフがかけられる。刀を抜き、砕魔技を使う。
「歩法、新月の夜」
湖太郎が最初に習得するこの技は、高速で動くことが可能になるという砕魔技である。ただし、ゲームシステム的には自分が早く動けるようになるのではなく、周りの挙動が遅くなり、その間でも自分は変わらずに動くことができるというものである。移動の技という括りであるが、応用すれば攻撃にも緊急時の回避にも使える、便利な技だ。
守護者との距離を詰め、巨体から振り下ろされる巨大な拳に斬りつける。そこで新月の夜の効果が切れ、周囲の速度が戻った。
美雨を狙っていた拳は、斬りつけたことによって僅かに軌道を逸らした。美雨は突然現れた俺に動じることもなく、拳を紙一重でかわす。守護者は、拳の軌道を逸らされたせいで、振り抜いた後に体勢を少しだけ崩した。
「はあっ!」
その隙を美雨は見逃さず、一瞬の間に五発も拳を叩き込み、最後にハイキックをお見舞いして、守護者から距離を取る。美雨の攻撃に気を取られた守護者に俺は一太刀浴びせ、後ろに飛ぶ。
すぐに花城先生の火炎弾が降り注ぎ、空の氷塊が守護者を押し潰す。ダメ押しとばかりに、陽の砕魔力を込めた刺突が守護者を穿つ。全ての攻撃に風巻のバフが乗り、威力は何倍にもなっている。
最高のコンビネーションだ。しかし、守護者はまるで効いていないとでもいうように氷を撥ね飛ばすとすぐに起き上がった。
これまでの四体ならば、すでに倒せているはずの攻撃を受けてもピンピンしている守護者に、少しだけ焦りが生まれてしまう。
六体に分かれた守護者の力が一つにまとまると、これほどまでに強くなるのか。六人の連携で押し込んでいるように見えるが、どこか崩れれば一気に形勢が傾いてしまう。それでも、地道に削るしかない。
均衡を保っていた天秤が傾く瞬間は唐突に訪れた。花城先生の巨大な火炎弾を受けて吹き飛んだ守護者が倒れたまま起き上がってこない。
「やったか……?」
花城先生の声はかすれていた。砕魔技の連続使用により、体力も砕魔力も消耗しているようだ。それは、他の仲間たちも変わらない。そして、俺も例外ではない。これ以上消耗すると、ラスボスとのバトルもかなり厳しくなる。
突然、守護者の体が光を纏い、その眩しさに目が眩んだ。
「くっ」
慌てて手をかざして光を遮るが、視界は白く染まっていた。
「マズい」
暗闇という状態異常はあるが、光に目を焼かれるのはゲームでは初めてだ。
砕魔力を研ぎ澄ませ、敵の動きに備える。目が見えなくても、気配は感じ取れるはずだ。
しかし、何も起きないまま少しして徐々に視界は回復した。光もおさまっている。
守護者を見ると、その巨体がボロボロと崩れて行くところだった。
「倒したのか?」
「先輩、守護者が光の柱になっていないということは、まだだと思った方がよさそうです」
確かに、一瞬凄まじい光を放ったが、柱にはなっていない。
守護者の残骸の中から、何かがむくりと体を起こした。
全員に緊張が走る。
大きさは先程より縮んで、俺たちと同じくらいのサイズになった。横幅も、呆れるほど大きったのが随分とスリムになっている。全体の色は黒。単純な黒ではなく、色という色を混ぜて作り上げた、黒よりも濃い漆黒だった。
しかも、放っている威圧感は段違いに強い。
「これまでだって結構強かったのにさー。それ以上になっちゃうか」
美雨は変化した守護者の強さを肌で感じているのだろう。リストバンドで流れてきた汗を拭っている。
この後のラスボスのことを考えて、温存して勝てるような相手ではない。
こんな展開になるとは予想外だった。リセット覚悟で、全力でぶつかるとしよう。
先に動いたのは守護者だった。素早く向かってくると、突きを繰り出す。シンプルな動きではあるが、その一撃は速く、鋭く、重い。
一番前に出ている美雨を狙った攻撃を、彼女はギリギリのところで回避する。いつもは反撃する余力を残して動く彼女だが、その攻撃は回避するだけで精一杯だった。しかも、その余波で吹き飛ばされてしまう。
一拍遅れて花城先生の火炎弾が守護者を襲うが、敵はその場所からはすでに移動している。
「なっ」
動きを阻害するように空が氷の柱を張り巡らせたが、一瞬にして砕かれてしまう。
次に狙われるのは俺だ。
「歩法、新月の夜」
砕魔技を発動すると同時に体感の時間が緩やかになる。
「うお、やばっ」
守護者の拳が迫っている。しかも、動きは「新月の夜」発動中にしてまだ動いていることが分かるほど速い。
刀を納刀し、拳を避け、背中を守護者に密着させる。
「斬法 三日月」
そのまま正面に向けて居合抜きで斬りつける。当然斬るのは虚空である。同時に新月の夜の効果時間が切れ、時間の進みが正常に戻る。
「ガアアアッ!」
「手応えあり!」
前にそのまま離脱すると、花城先生と空、さらに陽の砕魔技が追い討ちをかけた。
斬法三日月は、居合によって放たれる必中の砕魔技である。どれだけ遠くで発動しようと、敵を認識していれば斬撃は必ず当たる。
しかし、遠距離攻撃として使えるかというとそういうわけでもない。距離が遠くなればなるほどその威力は下がって行き、5メートルも離れれば、ほとんど撫でるくらいの威力しか無くなってしまう。
そもそも、刀が直接当たる間合いで、斬法三日月で斬りつけたとしても、威力は普通に斬るよりも低い。
一時期は使えない砕魔技と評価されていたが、とある使い方が発見されたおかげで、評価は一変した。
威力が距離に依存するならば、さらに近い距離で三日月を使えばどうなるのか。
刀を振るのにも窮屈なほど近くで三日月を使ったところ、その威力は倍増した。しかも、実際の刀で斬りつけつつ三日月を発動すれば、二段攻撃になる。
しかし、窮屈な体勢で振るった刀はその威力を伝え切れない。二段攻撃とはいえ、実際の刀で与える威力はさほど高くなかった。それでも便利なテクニックではあったが、さらにその上の使用法が発見された。
相手に密着して三日月を放つ。そうすれば威力は最大限に高まるはずだと考えた者がいた。しかし、密着してしまえば刀を抜くことすらままならない。三日月は、納刀している状態からしか発動できない。
それならば、必中技であるということを利用して、相手に密着しつつ、抜刀できる方向へと斬りつければ良い。相手に密着するのは難しいが、歩法、新月の夜を合わせれば不可能ではない。
上級者の中には、新月の夜を使わずとも相手の攻撃が当たる瞬間に三日月を発動させる強者もいるらしいが、俺はその領域には達していない。
それでも、背中合わせゼロ距離三日月は強力な砕魔技であり、普段から愛用しているテクニックであった。
ゼロ距離三日月は流石の守護者にも大きなダメージを与えられたようだ。三人の追撃も加わって、守護者は大きく吹き飛ばされた。その間に美雨も立ち上がり、風巻が回復をさせた。
「あいたた。急に強くなりすぎじゃない? ありがとクレハ」
「新月、良い攻撃だった」
「先生たちの追撃もベストタイミングでしたよ」
空と陽がグッと親指を立てた。
「でも、このままだとジリ貧ですね」
砕魔力もだいぶ削られてしまいました、と風巻がつぶやく。
「……後のことを考えて出し惜しみしてる場合じゃないな」
俺の知っているゲーム展開からはかなり異なってしまったが、守護者の後にはラスボス戦も控えている。それを考えて消耗を抑えて戦っていたら、ここでやられかねない。
吹き飛ばされた守護者が立ち上がった。流石に無傷ではないようだ。ならば、全力を出してすぐに終わらせた方がいいだろう。
「よし、気合入れるぞ」
俺の言葉に、美雨が「おーっ!」と腕を突き上げた。
仲間の頼もしさに、自然と笑みがこぼれた。
起き上がった守護者は俺を睨みつけている。ゼロ距離三日月を叩き込まれたのがよほど腹に据え兼ねたらしい。
「ははは、来いよ!」
テンションの上がっている俺は、ついつい守護者を挑発してしまう。
守護者の姿が消えた。
「隠形法、朧半月上弦」
上空から破壊の意思を込めた拳が叩きつけられた。
しかし、俺の砕魔技の発動の方が先だ。
引っ張られるような感覚とともに、視界が瞬時に切り替わる。守護者の拳が当たる直前に、俺の姿はぼんやりと朧げになり、消える。そして、守護者の更に上から勢いよく飛び出す。
これが隠形法朧半月上弦の効果である。派生の技として朧半月下弦というものがあり、これは地中から飛び出すように姿を現すことができる。
「くらえ!」
朧半月の勢いに落下の勢いも乗せて、刀を守護者に突き込む。攻撃を外したことと、警戒していなかった上空からの攻撃ということで守護者の反応が一瞬遅れた。肩に刀が突き刺さる。
「ガアアアッ!」
「あっ、抜けねーゲフッ」
根元まで刺さった刀が抜けず、守護者に弾き飛ばされてしまった。
「やあっ!」
だが、その間に陽が守護者へと肉薄し、突きを入れる。
「こっちだって負けてらんないよねー」
美雨の連撃が守護者を殴打する。
「ここが勝負どころですよ!」
風巻のバフで砕魔力が上がる。
「しっかり決めろ!」
花城先生の放った火炎が形を変え、拘束するように守護者へと巻きついた。皆の期待が俺へ――と向いていない。俺は吹き飛ばされてしまった上に、刀は守護者に刺さったままである。こちらへは誰も注意を払ってない。
「もっともっと――この一撃で、とどめ」
空の掲げた右手に、氷が集まっている。彼女は、集めた氷をハンマーのような形状にして接近戦もこなせる。
しかし、空はいつも振り回している大きさになっても氷を集めることをやめない。
巨大で美しく、繊細で歪な氷のハンマーは、ビルの3階に届きそうなほどの大きさになった。
「やあっ」
氷は砕魔力で操っているのだろう。そのハンマーの重さを感じさせず空は動く。ここまで巨大化させたハンマーは見たことがない。イベントをこなしたことで、空の操れる砕魔力は大幅に強化されたようだ。
大上段から振り下ろされたハンマーが守護者へと襲いかかる。
守護者も危険を察知しているのだろう。後ろに飛ぶ姿勢をとるが、花城先生の火炎拘束が動きを阻害した。
瞬時に判断を切り替えた守護者は、氷のハンマーを迎え撃った。
重く鈍い衝撃音に続いて、氷の砕ける音が響き、破片が舞い散る。氷のハンマーはヘッド部分を半分ほど砕かれたが、その大質量は健在だった。そのまま押し込む空に対して、ハンマーを受け止めて耐える守護者。徐々に空がハンマーを押し込んでゆくが、拮抗する二つの力に最初に抗えなくなったのは氷のハンマーであった。
びしり、と嫌な音が走ったかと思うと、小さなぴきぴきという音が続く。