表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砕魔学園にかける青春  作者: 木々 杯
砕魔学園にかける青春2
21/127

21 豪炎と界

「焔、ここにいたのか」

 道場に、スーツの男性が入ってきた。道場の清浄な空気が、更に清められたような気がする。

 細身で長身のその男性は、まるで猛禽類の様な鋭い視線をしていたが、全体の物腰は柔らかい。どこかで会ったことがあるような気がするが、どこだったか。

「親父。今日は早かったんだな」

「ああ。ただいま。界くんのおかげで、早く仕事が終わったよ。獅子倉さん、申し訳なかった」

「いえいえ、旦那がお役に立ったならよかったです」

 獅子倉? 界? 旦那?

 まさか、美雨の旦那は獅子倉 界なのか!?

 獅子倉 界は、サイガク1の登場キャラである。

 猪突猛進を絵に描いたような脳筋キャラで、ライオンのようなボサボサの髪と、大きな身体が特徴だった。

 俺はパーティーにほとんど入れたことはないが、主要キャラだけあってなかなか強いらしい。

 パーティーに入れていなくても、イベントをおバカな言動で盛り上げてくれたので、人気も高かったキャラクターだ。

 しかし、その印象が強いので、結婚して子供がいる姿が想像できない。

 しかもその結婚相手が美雨だとは。

 絶句していると、道場の入り口をくぐるようにして、大男が入ってきた。

 サイガク時代より、更に一回り大きい。焔の父親も長身だが、それよりも大きい。鍛えられた腕や胸板も合わせて、横幅も大きい。まるで、小さな山がそこに鎮座しているかのような存在感がある。

「お父さーん!」

 律ちゃんが界に飛びついた。

「おお。律。いい子にしてたか?」

「してたー」

 ガシッと界にしがみついて、律ちゃんは嬉しそうだ。

「こらー、お母さんをのけものにするなー」

 美雨も界へと突進して、ガシッとしがみつく。

 というか、あれはほとんどタックルだな。俺だったら吹っ飛びそうな一撃を受けても、界は微動だにせず、ガハガハ笑っている。

 獅子倉ファミリー、なんだかすごい存在感だ。

 威厳のある焔の父親だが、獅子倉ファミリーの前では存在が霞んでいる。

 しかし、慣れているのか焔もその父も全く気にしていなさそうだ。

「おや、はじめまして。焔の……友人、かな?」

 友人のあたりで、鋭い視線で睨まれた気がする。

「は、はい、そうです。友人の河合です。初めまして!」

 怖い。

「今日クラスメイトになったんだよな」

「ほう、今日? うちにまで連れてくるとは、早速、仲良くなったんだな」

 言葉の端々に異様な迫力がある。

「ああ。とある事情でな。お、そうだ。親父、よかったら満月を鍛えてやってくれよ」

 は? なんて? なんで?

「ふむ。今日は界くんのお陰で楽ができたからな。少し身体も動かしておくか」

 やる気満々の焔の父上。

「いや、俺……僕は、そろそろお暇しようかと」

「まぁ、そう言うな。軽い運動だ」

 ぎゃー!


 焔の父親は、武道のミナヅキ流当主にして、砕魔師の裏ミナヅキ流の当主でもあるらしい。名は、水無月 豪炎。

 その名を聞いて思い出した。彼も、サイガク1に登場するキャラであった。

 ストーリーの最後に、体育館で邪心を集める術式を展開していた中にいた一人だ。サブキャラクターではあったが、イベントをこなせば仲間にすることも可能らしく、かなり強いキャラクターらしい。そういえば、最後のプレイ時に、次は仲間にしてみようかと考えていた。俺は仲間にしたことがなかったので知らなかったが、その実力の一端を今日見せつけられた。

 何をされたかも分からず、畳に何度転がされたことか。痛みはほとんどなかったが、ボコボコにされすぎて心が痛い。


 しばらく俺をもてあそんだ後、「いい運動ができた。焔と仲良くしてやってくれ」という言葉を残して豪炎さんは道場から出ていった。獅子倉ファミリーも、いつの間にかいなくなっていた。

「満月〜大丈夫か〜」

「大丈夫な、ワケ、ないだろ」

 身体は動かさないと言われていたので俺は制服のままだったが、結局汗だくになってしまった。

「ま、いい運動になっただろ? 動けるようになったら送って行くよ」

 その言葉を聞いて、俺はすぐに起き上がった。

 散々転がされた割には身体に痛みはなかったし、疲労はあるが動けないほどではない。それよりも、焔と長時間二人きりだったと豪炎さんに思われる方が怖い。

「よし、帰ろう!」

「思ったより元気だな。親父が気にいるわけだ」

 多分違うと思う。娘に近づく羽虫を牽制しただけのような気がする。

 だが、確かに勉強にはなった。体の運びや砕魔力の練り方は洗練されていて、感動するほどだった。

 本来なら、簡単に指導を受けることもできない立場の人のはずだ。ありがたい機会だったと思うことにしよう。

 道場から外に出ると、すでに暗くなりはじめていた。スマホの時計を見ると、17時半を回っている。

 寮の門限は20時なので、まだ門限破りにはならないだろう。

「今日は本当にありがとう。なんとか、サイガクでやっていく自信がついたよ」

 空から特訓を勧められた時、断らなくてよかった。

「幽素の流れと、砕魔力の練り方をいきなり覚えられるとは、正直思ってなかった。今まで器が鍛えられてなかったのが不思議なくらいだよ、満月」

 ぽんぽんと優しく肩を叩かれた。

「私もうかうかしてられないと思ったよ。明日からも頑張ろうぜ」

「うん、頑張ろう」

 広い敷地ではあるが、しゃべりながら歩いているとすぐに門までたどり着いてしまった。

「ここでいいよ。今日はありがとう。本当に感謝してる」

 少し名残惜しいが、あまり焔を連れ回すわけには行かない。彼女はまだ道着を着ているから、ここで別れるのがいいだろう。

「学校までの道は分かるか? 送っていくよ」

 めちゃくちゃ面倒見が良い。だが、大丈夫だよ、とやんわり断る。あまり迷惑はかけたくないし、もし寮まで送ってもらったら、その後焔が一人でここまで戻ってくることになる。

 彼女が強いのは十分理解したが、それでも夜道を一人で歩かせたくはなかった。

「分かった。気をつけて帰れよ。また、明日な!」

「うん、今日はありがとう。明日学校で」

 焔に手を振って水無月邸を後にした。焔も手を振りかえしてくれた。

 俺が元々いた世界からサイガク2の世界に入り込んで、まだ24時間も経っていない。そんな短時間で、元の世界の三十五年間ではついぞ体験したことのない、女子との別れ際のキュンキュンするやり取りを経験してしまった。

 なんだか、この世界で楽しくやっていけそうだ。ふと、そんなことを思った。


 帰りに、俺の新しい青春に祝杯でもあげるか〜と、うっかり酒を買いそうになったことは内緒にしておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓ ランキングに参加しています。よろしくお願いします。↓

小説家になろう 勝手にランキング


ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ