2 空と湖太郎
意識が浮上してくる感覚に目を開くと、部屋のベッドの上にいた。といっても、現実のものではない。
サイガクの主人公、新月湖太郎の寮の部屋である。
セーブはベッドで行うので、ゲームを起動するといつもそのベッドで目覚める感覚を味わうのだが、そのせいか今までいた現実が夢だったかのように感じてしまう。
寮の一人部屋なのであまり広くないが、机、ベッド、冷蔵庫といった最低限の家具家電は備え付けられている。
いつも見ている光景ではあるが、サイガクの再現力の高さはいつ見ても感動的だ。
部屋を出ると、視線の端にポップアップが表示され、次の目的地が学園の体育館であることが示されていた。
ポップアップは確認するとすぐに消える。
体育館に行けばイベントが進み、最終決戦の火蓋が切って落とされることになる。
寄り道イベントは大体こなした。パーティーの仲間たちは皆強化され、ラスボスは楽勝かもしれない。
そろそろ最終決戦に向かうとしよう。とはいえ、俺にとっては十周目――つまり十度目の最終決戦になるのだが。
目的地を示すポップアップの他に、イベントが開始できることを示すアイコンも表示されていた。
その場所をタップすると、「最終決戦を前に、あの人に連絡を取ってみようか」という一文が表示された。
スマホを取り出して電話をかけると、数回の呼び出しで相手が出た。
「空? 湖太郎だけど、今いいかな?」
現実ではこんな喋り方はしないのだが、ゲームだとだいぶキャラに引きずられてしまう。女の子もサラッと誘えてしまう。
「はい、せんぱい。空です。今大丈夫ですよ」
スマホから涼やかな声が聞こえる。電話の相手は、九重空という、砕魔学園中等部に通う後輩だ。サイガク1のメインヒロインの一人である。
十週目となる今回のプレイでは、彼女の攻略を狙ってプレイしていた。
サイガクには五人のメインヒロインがいる。それ以外のキャラクターもサブヒロインとして攻略が可能なため、十周目となる今まで空の攻略はしていなかった。
ゲーム内では、主人公の湖太郎は高校一年生で砕魔学園に入学し、最終決戦前の今は三年生となっているが、空はゲーム開始時点で中学一年生、現在は中学三年生になっている。
俺はどちらかといえばお姉さんキャラの方が好きだし、現実の俺は三十代のオッサンなので、中学生を相手に攻略とか言ってるのはヤバイよなぁと後回しにしていたのだ。
登場キャラの大半は年下だし、そんなことを言い出したらキリがないがそこはまぁ置いておいて。
サイガク2をプレイする前にメインキャラは全員攻略しておこうと空のイベントを進めると、彼女の行動や仕草のひとつひとつが可愛らしく、次第に魅了されていってしまった。
湖太郎と空の関係が恋愛関係と言うよりは仲の良い先輩後輩のそれというのもあり、「空は俺の嫁!」と言うよりは、歳の離れた親戚の女の子を見るような謎の目線で彼女を見てしまっている。
それはそれでキモいな、と思うが、ゲーム内ではそういったことは忘れてのめり込むことにしている。
「せんぱい?」
「あ、ごめんごめん。これから体育館に行くから、その前に少し話したいなと思って」
ここでOKをもらえれば、そのキャラクターのエンディングルートに入ることが確定する。攻略サイトも隅々までチェックしてストーリーを進めてきたし、大丈夫だと分かっているが、少し緊張する。
「――はい、せんぱい。もちろん、構いません」
ほっとした。
「ありがとう。今どこにいるんだ?」
「今は寮の部屋です。15分後に、裏庭のケヤキの木の前に行きます。いいですか?」
「もちろん。じゃあ、15分後に。また後で」
通話を切って、大きく息を吐き出した。
「あー、緊張した」
部屋に備え付けられた洗面台の鏡で身だしなみをチェックしてから裏庭に向かうことにした。
鏡に映る湖太郎はイケメンであった。
現実では腹の出てきたおっさんである俺とは大違いだ。