11 砕魔学園にかける青春2 オープニング
主人公が初登校です。よろしくお願いします。
「空の、空のエンドが見たかったよおおおお」
喉からほとばしる魂の叫び。一瞬の浮遊感の後に、全身が叩きつけられて痛みが走った。
目を見開くと、知らない天井が目に入った。俺のアパートの天井は木目の入ったクロスだったが、ここは白い壁紙が張られている。
「ここはどこだ」
一瞬病院かとも思ったが、どうやら違うようだ。病室のような雰囲気は感じない。全身に走った痛みは、ベッドから落ちたためらしい。簡素なパイプベッドが左側にあった。
「いってー」
上体を起こしてみたが、やはり自分の部屋ではない。だが、なんとなく見覚えがある。
「大丈夫か?」
「うわっ!」
突然後ろから声をかけられて、心臓が跳ね上がった。とっさに振り向くと、学ランに身を包んだ少年がいた。
少し長い黒髪に、キリッとした意志の強そうな目元が印象的な少年は、とてもイケメンだった。誰かに似ているような気がするが、パッとは思い浮かばない。
「パイロットでも目指してんの?」
「はぁ?」
少年は泥棒には見えない。学生に見える。学生の泥棒という線もあるが、そもそもここは俺の部屋じゃない。彼の落ち着きを見るに、俺の方が闖入者のような気がする。
しかし、なんて言った? パイロット?
「空のエンドが見たいーとか叫んでたからさ。いや、パイロットじゃ空の果ては目指せないのか」
空のエンドとは空のエンディングのことであって、空の果てではない……! だが、状況を理解できず俺は曖昧に答えていた。
「あー、まぁ、そんなとこ」
「へぇ、夢があっていいじゃん」
来る学校間違ってる気もするけど、と少年は笑った。
学校? いや、そうだ。イケメン少年は学ランを着ている。混乱しながら立ち上がって見回すと、そこそこの広さがある部屋であることが分かった。白やグレーで統一された壁紙や家具は、シンプルだが落ち着く雰囲気を持っている。
部屋の入り口の方には小さな冷蔵庫と流し台がある。
流し台の前にはスペースがあり、折り畳み式の座卓が壁に備え付けられている。二人なら同時に食事が取れるくらいの大きさがあり、横には座布団が重ねて置かれている。座卓が備え付けられている壁とは逆側に扉がある。その中トイレと洗面所があることを俺は知っている。
流しから部屋の奥側にはベッドが二つ置かれている。ベッドの間は通り道になっていて、二人がすれ違えるくらいの広さがある。ベッドの奥にはそれぞれ机があり、本や教科書などが並べられている。ベッドと机の周りはカーテンが閉められるようになっていて、最低限のプライバシーは確保できそうだ。
ここは俺が一人暮らしをしている部屋ではない。俺の部屋はもっと狭く、雑然としている。人生で、この部屋に住んだことはない。だがしかし、ハッキリと見覚えがある。
「サイガクの学生寮じゃねぇか……」
一、二年時に使用する二人部屋だ。三年からは個室になるが、それまで湖太郎が住むことになる部屋にそっくりだった。
「え? 今更?」
イケメン少年が何か言ったが、俺はショックを受けていて彼の言葉が入ってこない。
しかし、俺の知るサイガクの学生寮とは違う部分もある。サイガクがいくら高品質のVRゲームとはいえ、現実とは違う。視覚、嗅覚、聴覚、触覚。四感から得られる情報量が圧倒的に違う。その情報量が、ゲームの領域を遥かに逸脱している。これはまるで……現実ではないか。
細かい部分に目を向ければ、今いる部屋がゲームで住んでいた部屋と比べてどこか古びていることが分かった。壁紙や家具についた細かな傷や、ベッド上の布団のくたびれ具合が経年劣化を思わせる。
イケメン少年に目を向ければ、彼もゲームの中のキャラではなく、現実に存在している人間だということが一目で分かる。頬にニキビがあったり、制服に糸屑が付いていたりなんて、ゲームで再現する必要があるとは思えない。
「ここどこだよ!」
「今自分でサイガクの学生寮って言っただろ? どうしたんだよ、本当に大丈夫か?」
すごく心配させてしまったようだ。一旦落ち着こう。大きく息を吐き出して、気持ちを落ち着ける。
俺の記憶と彼の言うことが正しければ、ここはサイガクの学生寮だ。俺はどうしてここにいるのか? 考えてみたが、思い出せたのはサイガククリアの直前でゲームがバグったということだけだった。
まだゲームがリセットされていないのだろうか。そう思ったが、俺の感覚はここがゲームの中の世界だということを否定している。いくらVRが現実に近づいているとはいえ、現実と同じではない。違いはすぐに分かる。それならば、犯罪にでも巻き込まれているのか、そもそもこれは夢なのか。夢の中で、この夢は現実感があるなぁ〜なんて思っているのもシュールな状況だが。
分からないことだらけではあるが、何か行動を起こさなければならない。まずは、目の前の少年に色々聞いてみよう。
「えーっと、初めまして」
「あ、ああ。昨日も会ったけどな」
昨日? 昨日はサイガクをプレイして一日過ごしていたから、誰かに会った覚えはない。
「もしかして僕の名前も忘れてるとか? もう一度自己紹介しておこうか。僕は新月 太陽。太陽って呼んで欲しい」
「新月……?」
その名を聞いて、思わずまじまじと少年を見つめてしまった。サイガク2の情報はなるべく遮断していたが、主要なキャラの名前くらいは目にしていた。新月太陽は、サイガク2の主人公の名前だった。
「ああ、気づいた? サイガクの理事長と副理事長は僕の両親なんだよ」
隠すつもりもないから先に言っておくけど、と太陽は付け加えた。
そのことに気づいたわけではなく、ただ名前に驚いただけだったが、色々と情報を出してくれて助かる。
サイガク2の主人公である新月太陽の両親は、サイガク1の主人公新月湖太郎と、メインヒロイン斎賀陽の息子だった。その設定は何かで読んだ覚えがある。言われてみれば、太陽の目元や口元に、湖太郎と陽の面影がある。最初に誰かに似ていると思ったのは、その二人にだったようだ。
サイガク2の世界。そんな言葉が頭をよぎった。
「君の名前は覚えてるよ。河合満月。名前に月が入るもの同士、よろしくな」
「!」
河合満月。完全に俺の本名じゃねぇか! マジでどういうことだ?
「あ、そろそろ行かないと遅刻だぞ。行こうか」
「行く? どこへ?」
太陽が呆れたようにこっちを見てくる。
「入学式」




