その断罪、ちょっと待った。 〜皇女殿下は愚弟皇子の断罪に待ったをかける〜
四方国と呼ばれる四つの国の一つ。
西方に位置する王国、リューゲンベルク。
自然豊かで神や精霊、妖精が住むと言われる大きな森を領土に持つ国。
その国を治める国王には2人の息子と1人の娘が居た。
今日はその1人であり、次期国王となる予定の長男、アルベルト・リューゲンベルクが通う、王立魔法学院の卒業式。
とてもめでたい日。明日からは、彼らもこの国のために、ここで学んだことを生かしていくことになる。そう、いわば大人たちの仲間入りをするとても大事な式なのだ。
しかし、この日は毎年何かしら問題が起きる。そして今回もまた、まるで陳腐な小説のような展開が幕を上げる。
「セシリア・イグラーナ。第一皇子、アルベルト・リューゲンベルクの名の下に、ここに宣言する」
まるで罪人に処刑宣告をするように、傍に愛らしい少女を抱き、高い位置から高らかに非道な言葉を浴びせる彼。
「貴様との婚約を破棄する!!」
会場がざわつく。
膝をつき、今にも泣き出しそうに震える彼女は、先ほど死刑宣告をした男、この国の第一皇子であるアルベルトの婚約者。セシリア・イグラーナ公爵令嬢。
二人の婚約はこの国の未来のために結ばれたもの。セシリアは未来の王妃になるために厳しい王妃教育に耐えてきた。
しかし、二人の仲は良いものではなかった。セシリアに非があったわけではない。問題があったのはアルベルトの方だった。
セシリアはとても優秀な人物だ。王妃教育をこなし、学院の成績もトップ。古代文字が読めると言う事で、教師たちからも一目置かれていた。非の打ち所がないほどに、彼女は完璧な令嬢だった。しかし、アルベルトはそれに対して腹立たしさを感じていた。
単純に、彼女が自分よりも上であることが許せなかったのだろう。
八つ当たり同然な理不尽な言葉を彼女に浴びせ、あまつさえ彼女の前で堂々と浮気する。
周りの貴族たちは二人の関係を見てずっとヒヤヒヤしていた。当然だ、この二人がこの国の頂点に立つのだから。
だが、結果として奇跡的にバランスよく積み上がっていたものは全て崩れ落ちてしまい、今この場面が出来上がっている。
「お前は自分の優秀さを鼻にかけ、アイシャをいじめていたな!」
「そのようなことはしておりません!」
「黙れ!自分がアイシャのように明るく、愛らしくないからと、ネチネチと嫌味を言っていたと聞く」
「私は、彼女が貴族らしくない振る舞いをされたので注意したまでです!」
「それが彼女を傷つけたと理解できないのか!」
どうしても、アルベルトはセシリアを悪者にしたいようだった。
彼女が何か言えば、強い言葉で彼女の言葉を否定し叩きつける。
傍に抱かれている少女、アイシャ・アルバーン子爵令嬢は、目を潤ませながら恐怖でアルベルトに震えながらしがみついていた。
「アルベルト様、あまり、強く言われてはセシリア様が可哀想です。あの方も、王妃となるお立場だったのです。悪いのは私なのですから……」
「あぁアイシャ、なんて心優しいんだ。自分をいじめた相手にそれほどの慈悲を……安心しろ、もうあいつは王妃ではない。これからは、君が王妃になるのだから、もう安心しろ」
「まぁ、アルベルト様」
まさに、ロマンス小説のような場面。
悪役令嬢を断罪し、深い愛を勝ち取った二人の図。
あぁ、なんて反吐がでるのかしら。
「お取り込み中失礼」
口元を隠していた扇子を畳み、私はステージへと足を運んだ。
全員の視線が私に向く。
愛し合っていた二人も、悲しみで俯いていた彼女も。
「な、なぜここに……姉上……」
「あら、可愛い弟の卒業パーティーに参加するのはいけないことなのかしら」
クスクスと笑いながら、私は弟の横を通り抜け、階段を降り、今にも泣き出しそうなセシリアの側にやってきた。
あぁ、可愛い顔が台無しね。
「セ、セレスティーナ様……」
「ほら、これで涙をお拭きなさい。王妃になろうとしている者が、人前で簡単に泣いてはいけないわよ」
「すみません……しかし、私はもう……」
「……ねぇセシリア、貴女古代文字が読めるのよね」
「え?あ、はい」
私はにっこりと笑みを浮かべ、膝を着く彼女の手を取り立たせる。
安心しなさいセシリア。私が、貴女を幸せにしてあげる。いえ、全員が幸せな未来をつかむことをして差し上げるわ。
「四方国の一つである【オロル】はわかるわね」
「はい。北方の国ですよね。1年の半分以上雪が降ると言われている」
「えぇそうよ。あの国は、古代遺跡が多くあるのだけど、なぜか古代文字を読める人が全くいないのよ。そこでね、もし貴女がよければそこの第一皇子と結婚しない?」
「え!?」
辺りがざわめく。まぁそうよね、ついさっき婚約破棄された相手に、次の結婚先を薦めているのだから。でも、ここで彼女を失うわけにはいかない。
「古代文字が読める人物は希少よ。北方の王妃は、私の叔母の旦那の姉なの。貴女のことを話したら大喜びしていたわ。すでに王妃教育も済んでいるし、卒業したらすぐにでも来て欲しいって」
「え、し、しかし……」
「もちろん、貴女の意思を尊重するわ。北方は年中雪が降って寒いもの。女性としては乾燥とかも気になるし」
「い、いえ……そういうわけではありません」
「じゃあ何が問題なのかしら。あぁ愚弟のことなら気にしなくていいわ。貴女は何も悪くないもの」
私がまた笑みを浮かべれば、セシリアは慌てふためく。ふふっ、愛らしいわね。
貴女が私の妹にならないのが残念だわ。
「姉上!いきなり出てきて何を言われているのですか!」
せっかくセシリアと楽しいお話をしていたのに、空気の読めない愚弟が声を荒げる。王族がなんてはしたないのかしら。
「何とは何かしら。貴方はセシリアと婚約破棄をして、そこの女狐と結婚するのでしょ?」
「め、女狐……!?」
「でも残念ね、貴方たちが結婚することはないわ」
「ど、どういう……」
私は、その場で軽く手を挙げた。同時に、影で身を隠していた兵士たちが私たちを見下ろす二人を捕らえ、膝をつかせる。
無礼だ何だとわめき散らしながら二人は暴れるけど、貴方たち如きの力で、長年鍛えて来た兵士が負けると思っているのかしら?
「アルベルト。私は昔から言っていたわよね。無能は嫌いだと。学院で少しはマシになるかと思ったのだけれど、やっぱりダメね」
無様に這いつくばる愚かな弟に、冷たく、失望した眼差しで私は見下ろす。
「貴方に王は無理よ」
「そ、それはどういうこと、ですか……」
「理解力が足りないわね。貴方は王位を継げないってことよ。すでに、次の王は第二皇子であるレノールに決まったわ。王妃もその婚約者がなることに決まったわ」
「そ、そんな!」
やっぱり、何があっても自分が王位を次ぐものだと思っていたみたいね。でもねアルベルト、私は貴方よりも国を、民を、婚約者を大事にするレノールこそが王にふさわしいと思うの。それに、貴方は女を見る目がないわ。
「アルバーン子爵令嬢。申し訳ないけど、貴方についてはすでに調べがついてるの。貴方、アルベルト以外にも複数の男性と関係を持ってるでしょ?」
「っ!」
「ア、アイシャ?ど、どういうことだ……君は僕のことを……僕だけを愛していると!!」
「騒がないでアルベルト。会話を遮らないと散々教えたでしょ」
「ぅ、ぐ……」
「それと、アルバーン子爵令嬢。貴女がアルベルトに訴えていたセシリアの言葉は全て貴族令嬢としては当たり前のことなの。あの子に非はないわ」
周りから散々「かわいい」ともてはやされ、自分は誰からも愛される存在、自分が絶対的正義だと疑わない可哀想な子。
「そんなに愛されたいのなら、とてもいい結婚先を紹介するわよ。きっと貴女のご両親も大喜びするわ」
「ぇ……」
「喜びなさい。貴女は明日より、ルリウス辺境伯の妻となるのよ」
「っ!」
あぁ随分怯えているわね。そう、貴女も知ってるでしょ?辺境伯のことは。
彼は大きな体の熊のような人。でも、とても人当たりが良くて剣術の腕も立つ。領民にも使用人にも愛されている素晴らしい方。
ただ、彼の愛情はとても歪んでいる。
——加虐性愛者
それが、心優しい辺境伯が結婚できない理由。
彼は国にとってとても重要な人物。そんな彼に子供、後継がいないというのはいささか王族として見過ごせない。
だから……
「きっと、彼は深く愛してくれるわ。それこそ、目移りできないほどに、ね」
令嬢の耳元でそう囁いてさしあげれば、悲鳴を上げられた。
あら、そんなに嫌がらなくてもいいのに。
ちなみに、私にも一度声がかかったのだけれど、すでにその時には国のためになり、私が愛してやまない相手がいた為お断りした。
「姉上、なんて酷いことを!同じ女だというのにアイシャの結婚相手に辺境伯など!」
さっきまで彼女に裏切られて絶望的な顔をしていたというのに、すぐに手のひらを変えて私を非難するなんて、本当に救いようのない愚弟だこと。
でも安心しなさい。私は優しい姉だから、そんな愚弟でも幸せになれるようにちゃんと準備しているのよ。きっと、嬉しくて涙を流して呆然とするはずよ。
「まるで他人事ね。アルベルト、私が貴方にも結婚先を準備してないと思ってるの?」
膝をつき、アルベルトの顎にセンスを押し当てて上を向かせる。
確かに彼は次の王にはなれない。でもそれはこの国での話。
このまま廃嫡でもいいけれど、せっかくなら国の役にたってもらわないと。
「アルベルト。先日、南方の国王が亡くなったの」
「っ!」
意外にもそれだけで察したようで、彼は震えていた。こういうことには理解が早くて助かるわ。でもダーメ。もうすでに決まっているのだから。
「話をしたらすぐに許可が出たわ。子爵令嬢同様、貴方は明日から南方の次の王となるのよ」
「そんな!あんまりです!」
「あんまり?じゃあ、貴方はこのまま廃嫡になって平民として生きていくほうがマシだと?散々わがまま放題で、貴族としての暮らしが染み付いてる貴方が?」
「っ!」
「別に嫌がることはないわ。貴方は、こんな問題を起こしても明日からも王族としてしっかり責務を果たすのだから」
南方は女王が完全に支配権を握っている。
誰も、女王に逆らうことはできない。それは、彼女が怖いからではない。むしろ、文句がないほどに良い暮らしをさせてもらっているのだ。貴族も、平民も、皆平等に。
女王の結婚相手は、各国で問題児として扱われる王族や貴族ばかり。それは、彼女の好み、趣味のようなもの。生意気な男を跪かせ、屈服させ、依存させる。王族の、貴族のプライドを根こそぎ奪うのが好きな方なのだ。
でもそれは、彼女の趣味であって他の者には関係ない。
夫をくれた国にはしっかりと友好の明かしとして、南方の特産品や技術を提供している。それは、夫が死んだ後もずっと。
「貴方が結婚することで、南方の特産品が国に入ってくるの。海の幸はこの国では手に入りにくいから、民は大喜びするわ。もちろん、貴方にもね」
さて、こんなコソコソと話してもいずれすぐに広まることでしょう。
今日は卒業パーティー。多くの貴族が集まる場。宣伝には持ってこいよね。
「皆様。めでたい式に突然お邪魔してごめんなさい。そして、そんな場を私の愚弟がめちゃくちゃにして本当に申し訳ないわ」
にっこりと笑みを浮かべ、私は高らかに宣言する。
「私、リューゲンベルク第一王女、セレスティーナが国王陛下のお言葉を代理でお伝えします」
第一皇子アルベルト・リューゲンベルクとセシリア・イグラーナの婚約を破棄。
セシリア・イグラーナは北方の、オロル王国の第一皇子であるニクス・オロルと婚約。
アルベルト・リューゲンベルクは王位継承権を剥奪し、南方ラメール王国の女王と結婚。
アイシャ・アルバーンはルリウス辺境伯と結婚。
「そして、第二皇子レノール・リューゲンベルクが次期国王となり、その婚約者が王妃となります」
あたりがざわつく。
まぁあれだけ派手な舞台からのまさかの展開。貴族はこういうの好きだからしばらくはこの話で世間は盛り上がるだろう。
「それでは、私はこれで失礼させていただきますわ。卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます」
*
あの卒業パーティーから数日。
今日も今日とて私には穏やかな日々が訪れている。
アルベルトも、子爵令嬢も無事に結婚して、きっと今頃幸せな生活を送ってることでしょう。
そしてもう一人、国外に嫁いだ彼女は……
「セシリア嬢から?」
「えぇ。無事に婚約式も終え、今は結婚式に向けて色々準備をしているそうよ」
セシリア様も無事に北方に到着して、先日何事もなく婚約式が行われたそう。
まだまだ環境には慣れないが、ニクス皇子や学者たちと一緒に古代遺跡の調査を行なっているみたい。
「それにしても、卒業パーティーかぁ。僕たちの時のことを思い出すよ」
「ふふっ、そうね。今回と同じぐらい印象深かったわね」
「よく言うよ。あれをきっかけに、国内外問わず、君に喧嘩を売ってはいけないと思わせたのだから」
「何だかあまり気分が良くないわね」
「まぁ、国のためなら実の弟がどうなろうと関係ない。そんな相手に対して怖いと思わない方がおかしいよ」
私の噂は、私自身の耳にも入っている。
—— 国と婚約者を愛し、無能を嫌う影の権力者
前半はともかく、後半は悪役みたいで好きではない。
それに、私の時の卒業パーティーだって、調べれば事前にあの場で何が起きるのかは予想できる。そして、それを利用して国のために利益を得ようとするのは王女として当然のことだと思うのだけど。
「まぁ、あの出来事があったからこそ、私は大勢の前で貴方にプロポーズする事が出来たのだけれどね」
「本当にね。おかげで、ずっと考えていたプロポーズがダメになったよ」
あの卒業パーティーでのイベントは、毎年恒例。
今回もそうだけど、私の時もあった。そして、アルベルトと入れ違いで学院に入学したもう一人の弟、レノール。
きっと、彼の卒業パーティーでも何かあるかもしれない。その時はまた、しっかり調べて対策をして、国の利益へと繋がないと。
「んー、この海鮮系の料理美味しい」
まぁとりあえずは、今の平和な生活を楽しまなきゃね。
【完】