まじまじマジカルメンチキット
朝、明るく清々しい天気である。そんな天気とは裏腹に一人、薄暗くジメジメとした旧校舎の一室でなにやら怪しげなことをしている。彼の名前は井ノ原浩二である。紫色の薬品が入ったビーカーを弄んでいる。浩二は不気味な笑みを浮かべた。薬品をお菓子に染み込ませる。そのお菓子はメンチキット。チョコレートでクッキーをコーティングしたものだ。
「誰に食べさせようかな」
彼一人だけ、他には誰もいない部屋の中で独り言ちた。
「だりいな」
場位尾連巣中学校の新校舎2階の廊下を歩く松ノ下刃は音楽室に向かっていた。3限目の音楽の授業はとうに始まっている時間だったが、ゆったりだらだらと教室に向かう。大人に従うのが嫌いな絶賛反抗期な中学生、刃は制服を着崩してけだるげにしている。髪は赤く染め耳にピアスをしている。
「何してんだよお前。授業は始まってんだぞ」
声をかけられた刃は振り向いた。同じく制服を着崩してよれた靴にズボンを腰にまで下げた男子中学生が気怠げに立っていた。名前は勝俣亮だ。
「おめえこそ授業はどうしたんだよ」と刃は言った
「あんなもん受けるわけねえだろ。くそデンボがよう。うぜえ」と亮は答える。
デンボとは数学教師である。生活指導の先生で飴と鞭でいうと鞭寄りの先生で生徒に嫌われている。
「辛気臭ぇ面だな」
刃は言う。刃は亮のことが嫌いである。嫌いな人間が不快そうにしているのは刃にとって愉快である。亮は睨んで答えた。
「おめぇもな」
亮は刃が愉快そうにしているのを感じ取り、眉をひそめる。
「一丁前に髪なんて染めやがってデンボに見つかったら坊主にされるぞ」
「見つからなきゃ良いんだよ」
「俺がチクってやる」
「やめろよ」
「だせえ髪型しやがって」
「なんだと?」
いつの間にか二人の距離は縮まり。息が互いにかかる位置まで寄っていた。シワの寄った眉間が二人には互いに見えた。
「まぁまぁ」
ぼさぼさ頭の生徒が二人の間に割って入った。
「何だオメェ」
刃は割って入った生徒を突き飛ばした。廊下の床に投げ出される。投げ出された生徒はよろよろと立ち上がり言った。
「酷いじゃないか。もう宿題見せてあげないよ」
「浩二か。悪い。頭に血が上っていたみたいだ」
突き飛ばされたのは井ノ原浩二である。態勢を崩したはずみでずれた眼鏡を直している。
「二人共、かっかしすぎだよ。お菓子でも食べて落ち着きなよ」
浩二は刃と亮にメンチキットを差し出した。刃と亮は顔を見合わせた。二人はお菓子を手に取ると口に放り込む。浩二は仄暗い笑みを口の端に浮かべた。
「俺の髪をけなすやつは許さねぇ」と刃は亮に話す。
落ちついたのか亮は謝罪した。
刃は無言でうなずくと言葉を発した。
「なんか熱くねえか」
「そうか? そういえば体が火照ってきたな」
刃は二人の視線を感じた。一人は浩二。なにやらうっすらと笑みを浮かべている。刃には浩二と長い付き合いがあり馴染みでもある。浩二はトリックスターだ。何かよくないことを企んでいるに違いない。二人目は亮からだ。熱のこもった視線を感じる。刃は不安を覚えた。
「おいどうした?」と刃は亮に問いかけた。
「なあ、キスしないか」
「はぁ?」
浩二は噴いた。刃は驚愕してあんぐり口を開けた。刃は浩二を見て言った。
「何かしたのか」
「実はね、お菓子に惚れ薬を混ぜてみたんだ」
ふざけんなと刃は口を開こうとしたが体は動かない。それどころか体が勝手に動いた。意思とは関係なく刃の手は亮の肩を抱いた。二人の顔が近づく。刃にも惚れ薬の影響が出始めていた。僅かに残った正気の中で刃は絶叫した。刃と亮は口づけをしていた。刃のわずかな意識は嫌いな亮の唇の感覚を捉えていた。ふと横目で浩二を見るとスマホのカメラをこちらに向けていた。
しばらくすると薬の効果が切れた。薬の効果中でも意識をわずかに保っていたのだろうか亮は屈辱に顔を真赤に染めている。刃と亮は浩二を睨みつけた。
「よくもやってくれたな」
刃と亮は浩二を追いかけ回した。