8話 藤杲の話
「瑶春様は私にとって女神のような方でした」
滔々とした語り口で藤杲は話し始めた。
主人と従者という身分差はあったものの、従者の側がこれほど主人のことを買っているのを見るに、瑶春は相当に「出来た」人物だったのだろう。
――自分とは大違いだ。
「才能に溢れ、従者に優しく、動物にも愛れておりました。私は瑶春様を幼い頃から知っておりますが、その知性は昔も変わらないものでした。私は元々、瑶春様のお母君・毅氏様の従者でした」
貴族についてあたしは詳しく事情を知っているわけではないが、平民の街でもよくあった話だ。
娘には母親の従者を付ける――そうであれば、藤杲はもしかしたら瑶春の乳母だったかもしれない。
「公妃様は子氏の分家筋の出生でしたが、かなり落ち目の一族でした。私もそれほど身分の高くない貴人の家の妾の子でしたから、婚家にやって来た始めはかなり肩身の狭い思いをしました」
藤杲はそのまま、自身と瑶春の経緯について話をしてくれた。
あたしからしてみればどうでも良い話だったかもしれないが、あたしは瑶春に成り代わろうとしている。半ば脅されているような形であったとしても、病弱勝ちで死んでしまった瑶春に成り代わろうとしていることには多少の申し訳なさもある。
詫びるような形であたしは藤杲の話を聞いていたのかもしれない。
そして同時に、これほどまでに慕われている瑶春のことをうらやましいという気持ちもどこかにあった。
貴人の家に生まれ、家族がいて、自分のことを大切に思ってくれる従者がいる。
瑶春は本当にどれほど恵まれた人間だったのだろうか。あたしには計り知れない。
瑶春にあった才能をあたしは努力で賄うことが果たしてできるだろうか。
話を聞くうちに瑶春に成り代わることへの自信が削がれている。
もともとあったわけではないが、高く険しい山を登ろうとしていることに気づかされたようだった。
藤杲は自分の話ができたことで気持ちを落ち着けることができたのか、頬をぶったことを詫びた。
「仮にもお仕えすることになる方に手を出してしまい、申し訳ありません。私は一介の従者に過ぎませんから、いかようにでも罰してくださいませ」
「主人が別人になろうとしているのだから、憤りを覚えるのは当然のことではないか?」
あたしの言葉に藤杲は拍子抜けした様子だった。
しかし、すぐに貴人の従者らしく笑みを取り繕う。
藤杲が話をしてくれたのだから、次はあたしの番だろう。あたしの自分の話をすることにした。
生まれが貧しかったこと、それ自体を恨んだことは何度もあったこと、孤児が集まって生活していたこと、その生活も壊されてしまったこと、彼らを助けるために瑶春になろうとしていること。
全てを話し終えるうちに藤杲が涙をこぼしていた。
あたしよりも幼い子がいなくなった母親や父親、家族のことを思い出して泣いているのは見たことがあったから、軽くあやすことはできるけれど、自分よりもずっと年上の女性が、それも気高い貴人の従者が涙をこぼすのを見るのは初めてだったので、どうすれば分からなかった。
「なぜ、藤杲は泣いているんだ? あたしの身の上の話がそれほどひどいものだったのか?」
「ええ、ええ……本当の本当に可哀そうです。瑶春様と同じように生まれてきた方がそれほどまでに苦難の道を歩まねばならなかったなど、私には想像もしておりませんでした」
藤杲は何度も可哀そう、可愛そうと声を出して泣いてくれた。
どうしたら良いか分からないから、泣き喚く子供たちにそうしてきたように抱きしめてあげた。
藤杲の話を聞き、自分の話をした桂瑶。
桂瑶の身の上話を聞き、涙をこぼす藤杲。
どうすればいいのか慌てふためく桂瑶。
藤杲と桂瑶は打ち解けることができた――。
瑶春としての生活が本格的に始まります。
次は中央に話を戻して、時が進みます。




