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8.魔性の『全方位ホイホイ』様

 たし、たし、と。

 白猫が、グレイスの足を踏みつけている。しかし爪を立ててくるわけでもなく、全体重をかけてきているわけでもないのでさほど痛くない。

 むしろ、その可愛らしさに、グレイスは内心悲鳴を上げた。


(か、か、かわいいーーーーーー!!!!!)


 何より、白ということもあってそこはかとない高貴さを感じた。グレイスの屋敷でもネズミ捕りのために猫を飼っているが、あの猫は黒、茶、白の縞模様だったし、どちらかというと野性味が強かった。

 しかしこちらは白。体に青色の文様が描かれているからなのか、高貴さで満ち満ちている。ソファの真ん中に一匹陣取っていたとしても、まったく違和感がない立派なお猫様だった。


(まあそうでなくても、我々人間はお猫様のしもべなんですけれどね)


 というのが、現代日本から転生をしてきたグレイスの意見である。

 それもあり、思わずにこにこしながら白いお猫様を見つめていると、たしたし攻撃がより強くなる。


『ちょっと! 何にこにこしてるのよ、あなた! あたしのリアムから離れなさいよッ!』

「わあ。お声も大変お美しいのですね~」

『ちょっ、何言っているのあなた!?』


 思わず本音を呟いてしまったら、毛を逆立てながら後退されてしまった。少し落ち込んでいると、リアムがそんなお猫様を抱える。


「ああ、いました。彼女に、グレイスの護衛を頼もうと思うのです」

『え』

「えっ」


 お猫様と一緒に固まっていると、リアムは微笑みと共に続ける。


「彼女の名前はシャル。治癒と防御を得意とする神獣です。神術だけでなく、魔術も使える高位の神獣ですよ」

「それはとても素晴らしいですね!」

「はい。ああ、ただ、真名と呼ばれる本当の名は別にあります。わたしは知っていますが、契約者以外が知るのはあまり良くありませんので、いずれシャル本人から聞いてください」

「あ、はい」


(真名の件に関しては、存じ上げております)


 神獣が人間に真名を教えるということは、契約を結ぶというのと同義である。

 また不用意に真名を教えると魂を握られてしまうため、無理やり従わされたり、消滅の危機があるという。

 これもまた、『亡国の聖花』内の知識だ。


「契約外の神獣の中で一番、わたしになついてくれているのです」

「あ……は、い」


 なので、契約外なのに神獣の真名を知っていること自体がおかしいのだが、グレイスの認識がおかしいのだろうか。

 しかしそれを言うわけにもいかず黙っていると、リアムがお猫様――シャルに語り掛ける。


「シャル。あなたにグレイスの護衛をお願いしたいのです。どうでしょうか?」

『いやよ! こんな、どこの馬の骨かも分からない田舎娘!』


 シャルはそう言って、つんっとそっぽを向いてしまう。

 そんなシャルの姿を見たリアムは、とても悲しそうな顔をした。


「そのようなこと、言わないでください。グレイスはわたしの伴侶なのです」

『……え? えっ!?』

「正確には、伴侶になる予定の女性ですが……大切な方なのです。そんな女性を守ってもらうならば、あなたのような契約せずとも強く美しい神獣がよいと思ったのですが……」

『そ、それ、はっ!』

「残念です。無理強いをするつもりはありませんから、他の神獣にお願いする他ありませんね……」


 リアムがそう言って悲しそうな顔をするのを見て、シャルがぶるぶると震えている。

 それを見たグレイスは、ああ……と思った。


(私は今、一人の雌猫(女性)が悪い男に嵌められる瞬間を目の当たりにしているわ……)


 あれが自分に向けられなくてよかったな、と、グレイスは他人事のように思った。向けられていたら確実に、プライドと罪悪感と褒められたことへの羞恥心と喜びでメンタルをぐちゃぐちゃにされていたはずだ。


 実際、シャルは今そんな気持ちだと思う。

 そして結局、シャルはまんまとリアムの策略に乗ってしまった。


『~~~~~っ! 分かった! 分かったわよ! この田舎娘の護衛をすればいいんでしょう!?』

「本当ですか、シャル! 引き受けてくださり、とっても嬉しいです!」

『ふ、ふん! 当たり前じゃない! リアムのお願いだものね』

「はい! でしたら、わたしの愛しいグレイスをよろしくお願いします」

『い、いとし……!』


(すごい……悪い男の見本だわ……教本に載せられるレベルの手口だわ……)


 リアムの発言に一喜一憂しているシャルを見ながら、グレイスはそう思った。

 同時に、若者の情操教育に心底悪そうだな、と遠い目をする。


 人間だけでなく神獣まで落とすとは。これからは「人間ホイホイ」などではなく、「全方位ホイホイ」と呼ばなければならない。

 そう思っていると、たまらなくなったのか。シャルがリアムの腕からするりと抜け出す。

 そして太く膨らんだ尻尾を左右に振って「怒っています」サインを出しながら、叫んだ。


『何してるのよ、田舎娘! 行くわよ!』

「はーい。……それではリアム様。護衛の神獣様と親睦を深めて参ります」

「いってらっしゃい、グレイス。わたしも責務を全うするために、少しの間外出しようと思います。夕食までには帰りますから、一緒に食べましょうね」

『あたしの前でイチャイチャしてんじゃないわよ!?』

「ははは。分かりました。では夕食のときに、また」


 なんていう混沌極まりない会話をしつつ。

 グレイスは尻尾を左右に振りながら先へ行ってしまったシャルを追いかけたのだった。


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