7.その笑みは反則
リアムが連れて行ってくれたのは、屋敷の裏手だった。
何があるのかと思えば、小さいながらもちゃんとした温室がある。
(温室って……花?)
花と護衛の関係性が全く分からず首を傾げていたが、中に入って直ぐにグレイスはその理由を察した。
温室には植物だけでなく、大小様々な動物たちがいたからだ。
それも、よくよく見ると普通とはどこか違う。体の一部になんらかの模様が刻まれていて、それが淡く発光しているのだ。
グレイスは思わず、ぱあっと表情を明るくする。
(これはもしかしなくても……神獣では⁉)
神獣というのはその名の通り、夫婦神によって特別に創造されたとされる動物たちのことだ。神術が使え、思念を直接伝えることが出来るため会話が可能。何より高位の神獣は魔力も持っているため、魔術も使えるらしい。
気に入った人間を見つけると契約を交わしてくれることもあり、そういった人間は神獣使いとして宮廷、教会問わず重宝されるのだとか。
しかし普段は、警戒心が強く選り好みをするため、人にはあまりなつかないしこんな人の多い場所には表れない。
だからか、よりテンションが上がってしまう。
(す、すごい……右を見ても左を見ても、神獣しかいない……!)
何より、グレイスは前世も今世も動物が大好きだった。自領で飼っている動物の世話は、グレイスが中心になってやっているくらいだ。
なので、テンションが否が応でも上がってしまう。
リアムがいるからか、グレイスという部外者がいても隠れるような様子もないので、その姿をしっかり確認することが出来た。
しかしそれをリアムに知られたくはない。なんというか、自分の弱点を見られたような気がして大変癪だからだ。
なので、務めて平静を装いつつ、グレイスは口を開いた。
「あの、どうしてここには、こんなにも神獣がいるのでしょうか」
「ああ。どうやらわたしの気が清浄で心地好いらしく、住み着いているのですよ」
「……住み着いて、いる……?」
「宮廷にも似たような温室がありますよ」
(え、このもふもふパラダイスが、年中無休で味わえる、と……?)
いや、いけない。正気を失うところだった。
こほんとひとつ咳払いをしたグレイスは、首を傾げた。
「では、リアム様が契約しているわけではないのですか?」
「契約している神獣もいますが、大半は野生ですね。ただ、宮廷側も温室に神獣が住むことを推奨しています」
「……なぜですか?」
「密輸をしようとする人間が、少なからずいるからです。ですので皇族が使用する施設には、保護の目的で必ず温室を設置しています。……わたしたち皇族が放つ神力は、神獣たちにとっても心地好いようなので」
これにはちゃんと理由がある。
皇族は皆、夫婦神の子孫たちだからだ。
それもあり、そこにいるだけで大気中の邪気を神力に変えるという浄化能力があるらしい。それが、フェロモンのようなもの、の正体だ。
代わりに神力を使うことができないのだが、その分魔力を上手く扱えることが多いため、魔術師として頭角を現すことが多い。リアムもその口だ。
つまり、天然の空気清浄機、みたいなものである。
帝国民が皇族に好意的なのも、一緒にいると神力によって心が清められるからだ。特に善性が強い人間ほど、その力を強く受けやすいとかなんとか。
呼吸をしているだけで酸化していくのと同じように、この世界の人は多かれ少なかれ、悪性を吸って生きているからだ。
ただその反面、悪性が強い人間には効かず、場合によっては都合の良い存在として利用しようとしてくるらしい。
だから、皇族は幼少期から人の善悪を見抜けるよう、徹底的に教育を施される。
その教育すべてを習得し、使いこなしている人こそ、リアム・クレスウェル、というわけだ。
(そういえばこの設定が出たとき、リアムが「フェロモン垂れ流し男」「人間ホイホイ」とか言われてたわね……)
なんてことを思い出していると、リアムがグレイスの手を取り、中へ進む。
温室は手入れが行き届いており、マーガレット、ラベンダー、パンジーといった夏の花々が生き生きと咲き誇っていた。
どうやら区画ごとに季節の花を植えているらしく、何も植えられていない場所や葉だけが覗く場所もあったが、それを含めてよい庭だと思う。
「手入れの行き届いた、美しいお庭ですね」
特に他意もなくそう呟けば、リアムが笑う。
「外の庭のほうが、美しいと思いますよ。そちらは庭師が手入れをしたものですから。今は夏薔薇が見事です」
「いえ、神獣たちが住み着きたくなる理由が分かります。綺麗な空気に愛情いっぱい育てられた草花……それに暖かい陽光。私にすら分かるのですから、神獣たちにはより強く感じられているでしょうね」
そこまで言ってから、グレイスは「ん?」と首を傾げた。
(うん? その言い方だと、まるでここだけは庭師が手入れをしていない、みたいな……)
そしてここにいる神獣たちがリアム目的で住み着いている、ということを考えると、ここの手入れをしているのが誰か自ずと分かる。
リアム自身だ。
手入れをした本人の目の前で温室をべた褒めしてしまった、という事実に気づき、グレイスは唇をわななかせた。
顔から火が出そうなくらい、熱い。きっとグレイスの顔は、髪色に負けないくらい赤くなっているだろう。
かといってつながった手をほどこうとすればぎゅうっと握られてしまい、逃げようにも逃げられなかった。
ちらりとリアムのほうを仰ぎ見れば、彼は今までにないくらい嬉しそうな顔をしている。
それが社交場でよく浮かべている、慈愛に満ちた微笑とも。
美しいが何を考えているか分からない笑みとも違っていて、羞恥心がより刺激される。
(私が、リアムにとっての特別なんじゃないかって勘違いしちゃうから、そういうのはやめて……!)
「……見ないでください」
「はい。……ふ、ふふっ」
「……~~~~~ッッッ!!! 笑わないで! ください!!!」
羞恥心のあまり大きな声を出してしまうと、リアムとばっちり目が合う。
「……庭、褒めてくださりありがとうございます」
「あ……」
「皇族の義務として始めたものではありましたが、わたしの唯一の息抜きなのです。それをこうして褒めていただけると……なんだかくすぐったいですが、それ以上に嬉しいですね」
面と向かって喜ばれ、とうとう何も言えなくなってしまったときだ。
たしっと。グレイスの足を何か、柔らかく小さいものが叩く感触があった。
『ちょっとあんた! あたしのリアムと、何イチャイチャしてんのよ!』
「……え?」
下を見れば、そこには。
美しい毛並みをした、青色の瞳の猫がいた。