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6.素早い方針修正

 リアムから求婚された日の翌日。

 グレイスは、六冊目の手記に書かれた『リアムとの婚約を避ける。』に二重線を引いてから、新たな方針を記載した。


『リアムのラスボス化フラグをことごとくへし折る。』


 これが、グレイスが生き残るための唯一の道だ。


 そのためにまずやらなければならないことは。


(家族の説得よ!)








 その日の午後。ターナー家のタウンハウスに、リアム・クレスウェルがお忍びで来訪した。


 予想だにしていなかった大物の来訪に、ターナー家内部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。だがこれは作戦の一つだった。


(ごめんなさい、お父様、お母様、お兄様! でも、これが最善なの……!)


 こんな状態なら、冷静な判断はとてもではないができないだろう。

 それを利用すれば、多少の違和感なら勢いで押し通せるはず。


 そう。これからするのは、グレイスとリアムが互いに一目惚れし、このまま結婚を前提に婚約。お互いに離れたくないから同棲をしたい……という突拍子もない話なのだ。

 もちろん、ほとんどが嘘である。


 だが本当のことを言えば、なおのこと家族に心配をかける。

 そう思ったグレイスは、リアムに「この体質とその赤裸々な理由を伏せた状態で、家族を説得してください」という無茶ぶりをして、作戦を考えてもらったわけだ。

 そんな無茶ぶりな要求にも動じず、ものの数分でこの作戦を考えたリアムを見たとき、グレイスがこの世の無常さを感じたのはまた別の話である。


 それでも、グレイスは不安だった。

 演技力にはあまり自信がなかったからだ。


(家族は、上手く騙されてくれるかしら……)


 そう思いながら、グレイスはリアムが待つ客間へ家族たちと向かったのだが。


「――お話は、分かりました。娘のことを、どうかよろしくお願いいたします……!」


 リアムの説明を聞き終えるや否、感極まりながら頭を下げたジョゼフお父様の姿を見て、グレイスは複雑な心境になってしまった。


(え……? そ、そんなあっさり、了承してしまうの、お父様……)


 我が父ながら、聖なる水とかべらぼうに高い怪しい壺とかを買わされそうで怖いと感じてしまう。

 しかしジョゼフお父様だけでなく、ミラベルお母様やケネスお兄様までもが良かったという顔をしていて、ひどい疎外感を覚える。


「そう……グレイスちゃんに、そんなにも愛する人ができるなんて……そしてそれがクレスウェル公爵閣下だなんて……! 神よ、この幸運に感謝いたしますっ……!」

「クレスウェル卿であれば、安心して妹をお任せできます……どうぞよろしくお願いします」

「……え、いや、あの……はい……」


(他にも、目の前でイチャイチャする作戦とかあったんだけど……まったく必要なさそう……ね……?)


 その点に関しては安心したが、やはり釈然としない心持ちには変わりない。


「ああ、グレイス嬢の荷物に関しても、ご安心ください。こちらで全て、引越しの人員も準備もさせていただきますから」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「こちらこそ、お嬢さんを今まで育ててくださりありがとうございます。おかげでこうして、わたしたちが結ばれることになりました」


(勝手に話が進んでいる。そして、リアムは一体どういう心境でその言葉を言っているのかしら……)


 本気なのか嘘なのか、さっぱり分からない。

 しかし家族に詳しい説明をしなくて済んだこともあり、グレイスはほっと胸を撫で下ろしたのだった。



 *


 両親と兄は金銭事情と領地管理の関係もあり、グレイスを置いて早々に領地へ戻ってしまった。

 婚約発表の際には、また戻ってきてくれるらしい。

 こちらの自主性を尊重する放任主義な両親だとは思っていたが、ここまでさくさく話が進むことに色々な意味で複雑な気持ちになったが、魔力が使えないことを知られずに済むことにはほっとしていた。


 そんな調子で、数日後にクレスウェル家のタウンハウスに引っ越してきたグレイスは、その規模の大きさに遠い目をした。


(庭から屋敷までの距離が、すごくある……何より屋敷自体が我が家の十倍はあるわ……)


 公爵で皇弟なのだから当たり前といったら当たり前なのだが、ここまでの差を見せつけられると引いてしまうのが人の心というものだ。

 しかも今日からここで住むのだと考えると、場違い感を如実に感じてしまう。


 その上、玄関で主人の来訪を待ち受けていた使用人の数もすごかった。


「おかえりなさいませ、旦那様。いらっしゃいませ、お嬢様」

「ただいま、みんな」

「よ、よろしくお願いします……」


 そんな腰の低さと共に、無事屋敷の中に入ったグレイスは、客間のソファに座りようやく詰めていた息を吐き出した。

 使用人たちもリアムが下がらせたので、今は二人きりだ。


「お疲れ様です、グレイス」

「いえ。こちらの要望を呑んでくださり、ありがとうございます」

「いや、わたしとしても、あなたと同棲したいと考えていましたから。むしろわたしとしては、グレイスがわたしの要望を呑んだことのほうが意外でした」


 そう。体質と、婚約した本当の理由を伏せて欲しいと言い出したのはグレイスだったが、同棲を希望してきたのはリアムのほうだった。しかしそれに文句を言わずこうしてやってきたのは、グレイスにとってもそのほうが利益があることだったからだ。


(だって、婚約発表があるからもうしばらく首都にいるのだとしても、それが終わればいずれ領地に帰らなきゃいけないのだし)


 そうすれば自ずと、グレイスが魔術を使えないことが家族に知れてしまう。こんなのはただの先延ばしだということは分かっているが、それでも。できる限り先延ばしにしたいと考えていた。

 話した後の反応が分からず恐ろしいというのもあるが、正直言って自分のことで手いっぱいだからだ。


(だって、婚約フラグですら折れなかったのに、リアム・クレスウェルラスボス化フラグでもあり闇堕ちフラグをへし折らなきゃいけないのよ……? 本腰を入れて臨まないとやばいに決まってるじゃない……)


 そして、グレイスが同棲することを呑んだ理由がもう一つ。

 ――そのラスボス化フラグを立ててくる人物が、グレイスを暗殺しようとしてくるからである。


 前者の理由は伏せて、グレイスは後者のほうをリアムに話すことにした。


「求婚してきた際に、クレスウェル公爵閣下が仰ったではありませんか。クレスウェル公爵閣下の周りには未だに、閣下を皇帝に擁立したがる方々がいると」

「ああ、そうでしたね」

「そして私と閣下が婚約を公表すれば間違いなく、私は命を狙われます。家族が巻き込まれることは避けたいですし、私としても閣下と同棲したほうが身の安全を確保できる。そう考えたからこそ、閣下の希望を呑みました」


 そう言えば、リアムが嬉しそうに微笑む。


「わたしも、そういった理由でグレイスをわたしのそばにおきたかったのです。……もちろん、あなたと離れがたかったのもありますがね」


 本気なのか冗談なのか分からない言葉に、グレイスは顔を引きつらせた。


「……あの。あくまで契約結婚をする関係なのですから、そういった冗談を仰らなくともよいのですよ」

「……冗談? 嘘は吐いたことがありますが。生まれてこの方、冗談を言ったことはありませんよ」

「では、どういうおつもりで……」

「ですから、本心です。言ったではありませんか。わたしは今、あなたのことがとても気になっていると」

「確かに仰っていましたが……」

「それに、グレイスは言いましたよね。わたしがあなたを好きになれば、あなたもわたしを好きになってくださる、と」

「……いえ、それに関しては認めていませんよ⁉」

「おや、ばれましたか」


 さらりと事実を曲解して取られそうになり、グレイスは頭を押さえたくなった。

 それでもあまり強く出れないのは、確かにそう取られてもおかしくない発言をしてしまったからだ。


(こんなことになるんだったら、はっきりと「あなたを好きになることはありません」って言うべきだったわ……)


 まあそれを言ったところで、現状が変わるのかと言われたら分からない。分からないので、試しに聞いてみた。


「……あの。私がもし『閣下を好きになることはない』ときっぱり言っていたら、どうされましたか」

「わたしは契約結婚であろうと良好な関係を築きたい人間ですので、好きになっていただけるよう最善を尽くす、とお伝えしたかと思います」


(言ってること、結局変わらないじゃない)


 むしろ、前より言葉の圧が強めだった気がするのだが、グレイスの気のせいだろうか。


(もういいわ……なんだか疲れてきた)


 ここまで小説通りに進んでいる以上、道中でおかしな点があれ、進む先は変わらないのだ。つまり、リアムがグレイスを愛することはないのである。


 だって、本当に愛していたのであれば。


『グレイス。彼女が、僕と甥の仲を引き裂こうとするのです……彼には僕が必要なのに』


 小説内のグレイスに、アリアのことを遠回しに邪魔だと言わなかったはずだし。

 アリアをいじめて宮廷から追い出そうとするグレイスを諫めたはずだ。王太子の教育をしていた際は、そうしていたのだから。

 そして――


『グレイス。どうか僕のために、あの女を殺してください』


 本当に愛してくれたのであれば、グレイスにこんなこと、絶対に言わなかった。

 リアムが何かを直接的に指示したのはこのときだけだったのを考えても、リアムがグレイスを捨て駒としか見ていなかったことは明白。


(だから、絶対に好きにはならない)


 グレイスのためにも。

 ……そして、リアム自身のためにも。


 グレイスは、恋に落ちるわけにはいかないのだ。

 正気を保っていられる保証は、どこにもないのだから。


「……好きにはなりません。これは、お互いの利益のための契約結婚ですから」


 なのでグレイスは改めて、そう告げた。リアムへの牽制のため、というよりも、自分に対しての戒めの意味で吐き出した言葉だ。


 するとリアムは少し考える素振りを見せた後、にこりと微笑む。


「分かりました」

「……本当に?」

「はい。ですが、わたしたちは、表面上一目惚れをしてこの短期間で婚約にまで至った、言わばラブラブカップルです。呼び方だけは改めませんか?」

「……呼び方、ですか……」


「ラブラブカップル」という部分には敢えて触れずに、グレイスは唸った。


(まあ確かに、今のままはまずいか……)


 グレイスはリアムを「クレスウェル公爵閣下」と呼んでいる。確かにこれは、あまりにも他人行儀だ。


「……でしたら……リアム様……で構いませんか?」

「様付けはなさらなくてもいいのですよ」

「いえ、これでいきます」

「ではわたしは、グレイスと呼びますね。まあ、もう呼んでいましたが」


(知っています。知っていて、敢えて触れなかったんです……)


 とりあえず後は、態度でどうにかすればいいだろう。

 イチャイチャカップル、上等じゃないか。家族共々、生き残るためならなんでもやってやる。


(あ、そうだ。忘れていたわ)


 グレイスは、無事に引越しが終わったらお願いしようと思っていたことを口にする。


「あの。二つほど、お願いがあるのですが」

「おや。なんでしょうか」

「はい。一つ目は、護衛をつけていただきたいのです」


 これは暗殺者対策だ。

 魔術による耐性だけは鉄壁のグレイスだが、物理攻撃への耐性は皆無である。魔術が使えれば防御陣の一つでも作れたが、それもできない。なので別の方法でなんとかしなくてはならないのである。


「二つ目は、神術(しんじゅつ)を学ばせてください」

「……神術、ですか」

「はい」

「理由をお伺いしても?」

「魔術以外で自己防衛できる力が、それだけだからです」


 神術というのはその名の通り、神の力を行使することだ。浄化や防御、加護を分け与える、といった後方支援系の能力がメインだが、魔術と違い魔力がなくとも使える。夫婦神の片割れ、父神の加護を受けていれば、だが。

 そしてこの父神の加護は一般的に、このブランシェット帝国で生まれた人間なら受けているものだ。なので相応の手続きをして訓練を積めば、誰でも使えるようになるのである。


(……もちろん、才能は必要だけれど)


 魔術の才能もなかった身で神術が扱えるのかと聞かれると疑問符を浮かべてしまうが、しかし方法があるのならやってみるべきだとグレイスは思う。


(そうよ。こちとら、命がかかってんのよ! やるしかないでしょうが⁉)


 と、誰にもぶつけられない怒りを心中で叫んでいると、リアムが頷く。


「分かりました。愛する婚約者のためですから、どちらも叶えましょう」

「……あの。その言い回し、恥ずかしくありませんか……?」

「神術のほうは少し時間をいただきますが、護衛はすぐにご用意できます。わたしが外出するまでに少し時間がありますから、一緒に見に行きましょうか。わたしのグレイス」

「……ハイ」


 リアムにやめる気がないことを悟ったグレイスは、指摘するのを諦めた。


(そう、必要ないのにこんなことを言うのは、私をからかっているだけよ。飽きたらやめるはずだわ。……だから、いちいち反応するな、私の心臓)


 そう自分に言い聞かせ、グレイスは差し出された手を渋々取ったのだった。


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