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5.神様、小説の内容を変えた理由を教えてください

(きゅう、こん? いや、待って……小説より一年早いのに、なんで⁉)


 グレイスが逃げ続けているからだろうか。

 いや、関わらないようにしているだけだ。それだけでまさかこんなことになるなんて。


(それともこれ、もしかして確定フラグってやつなの? そんな理不尽、ある⁉)


 そう思い混乱していたグレイスは、思わず後ろに下がってしまった。恐らくだが、無意識のうちに恐怖心というものがあったのだと思う。

 しかしそれが、大きな間違いだった。


「グレイス嬢っ!」


 リアムが珍しく、その顔に驚きをにじませて手を伸ばしてきた。


(え?)


 グレイスが事態を正確に把握するより先に、体が不安定な形でのけ反り、そして宙に浮いた。

 自分が手すりを乗り越え、落ちかかっていることに気づいたのはその後だ。

 そして、リアムが魔術を使うのを見たのも。


(やば、い)


 落ちかかっていること。

 そして、リアムが何かしらの魔術を使ってそれを止めようとしていること。

 その両方に、グレイスは顔を青ざめさせた。


 しかし時すでに遅し。リアムが放ったなんらかの魔術は、グレイスにかかる前に弾かれる。

 そしてそれが逆に、グレイスの落下を助長してしまった。


 宙に身を投げ出されたグレイスは、思わず遠い目をする。


(ああ……短い命だったわ……)


 そう、完全に諦めていたのだが。


 気づいたらガシッと抱えられ。グレイスは庭園に着地していた。


「……え?」


 思わず素っ頓狂な声を上げると、グレイスを横抱きにして難なく着地したリアムが、ほっとした顔をしている。


「……場所を変えて、話しましょうか」


 グレイスはそのまま、リアムの腕の中で借りてきた猫のようにおとなしくする他なかった。







 リアムが向かった先は、宮廷の休憩室だった。

 たくさんある部屋の中、奥まったところにある一室に滑り込んだリアムは、きっちり鍵を閉めて中へ進む。

 リアムはその部屋のソファにグレイスを下ろすと、自身も向かい側の席に腰かけた。


 それまで完全に放心状態だったグレイスは、そこにきてようやく死にかけたこと、そしてその前に求婚されたことを思い出しだらだらと冷や汗をかいた。

 そして、リアムに魔術を弾いてしまったことがばれたことも。


(すごい……絶対にバレてはいけない人相手に、バレてしまった……)


 いやでもあれだけで、グレイスが魔力や魔術を使えないこと、そして体質的に弾いてしまうことまでは分からないはず。ない、はず。


(あれ、この下り、ついさっきもやったような……)


 それはどうやら、グレイスの気のせいではなかったらしい。


「先ほどは、驚かせてしまい申し訳ありませんでした」

「い、いえ……私も過剰に反応してしまいましたし、助けてくださったのはクレスウェル公爵閣下です。ありがとうございます」

「……つかぬことを窺いますが、グレイス嬢はもしかして、魔術が使えないのでしょうか」


 躊躇いながらも、リアムはそう言った。

 思わずぎくりとすると、彼はさらに続ける。


「先ほど、魔術を弾いていましたね。しかも意図した形ではありませんでした。つまり体質的に魔術を弾いた、ということになります。そうなると、そもそも魔術も使えない可能性が高いかなと。魔術が使えるのに魔術を弾くなんて矛盾は、存在しませんから」


(たったあの一度きりでそこまでの推測をするのは、本当にどうかと思うのですが)


 しかしここまできっちりと言い当てられてしまったのなら、口をつぐんでいるのは逆に危うい。

 それはなぜか。簡単だ。グレイスだけでなく、ターナー家そのものが秘匿した罪に問われるからだ。

 貴族というのはそういう存在なのだ。


「……これは、四ヶ月ほど前に発症した後天的なものです。それ以前は、普通に魔術を使えていました」


 グレイスはそう、声を絞り出した。


「その後、色々と試してみましたが、魔力、魔術共々使えないこと。そして今回のように、どちらもを弾くことが分かりました。家族には、伝えていません」

「なぜですか」

「……我が家が貧乏だからです。もし治療できるものだったとしても、その治療費を払えるほどの余裕はありません。それに……」

「それに?」

「……家族が私のことをどんな目で見るのか。それが分からず不安で、ですから隠しました」


 そう言えば、リアムは首を傾げた。


「……血の繋がった家族ですから、見捨てられることはないのでは?」


 心底分からない、といった顔でそう言われ、むっとする。


(それは、あなたはそうかもしれないけれど……!)


 リアム・クレスウェルという人間は、血の繋がった存在を何より重要視している。それは、彼のスピンオフで幾度となく語られていたものだ。


 リアムは家族をこよなく愛し、だからこそ兄を皇太子にするために裏で尽力した。両親亡き後、リアムを操り人形にして彼を即位させようとする人間が出てきたときも、徹底的に拒み厳罰に処した。

 そして今も。皇位に興味がないことを示すために、位の高く歴史のある貴族や、勢いのある新興貴族に近づかないようにしている。


 隣国に嫁いだ妹のことも大切に思っていて。そして兄の子どもたちのことも可愛がっているのはそのためだ。

 同時にそれが、リアムが今まで悪事を働かなかった理由でもある。


 皇族として、また兄である皇帝が『民のため』の君主であろうとしたため。

 完全に闇堕ちするまで、リアムはその理念を貫き続けようとした。

 それが、彼にとっての〝絶対〟で〝唯一〟だったから。


 だからリアムには、家族を嫌うという考えすら分からないのだろう。

 そう思い、色々な意味で虚しくなった。


「……これは、私個人の問題です。気になさらないでください」


 思わずそう突き放したような言い方をしてしまえば、リアムが困った顔をする。


「わたしは、あなたを娶りたいのです。ですから関係ない話ではないかと」

「……でしたら私を娶らなければよいのではありませんか。貴族令嬢として、私は不適合ですから」

「いえ、あなた以上の適任者がいないのです」


 突き放し続けても食いついてくるリアムに、グレイスは怪訝な顔をする。


「適任者? どういうことでしょう」

「……これは、わたしの都合なのですが。わたしは今、結婚適齢期です」

「……確かにそうですね」

「はい。ですが、権力、地位、金銭がある貴族令嬢を娶ることはできません。そうなれば、わたしを次期皇帝に擁立させようとする輩が必ず現れますから」


 確信を持った言葉に、グレイスは口を開く。


「それはつまり、今もそういった方々に絡まれている……ということでしょうか」

「そういうことです。話が早くて助かります」


(まあ、その筆頭であるあなたの伯父が、あなたがラスボスになるきっかけを作る人ですからね……)


 いくらグレイスがリアムほど頭が良くないのだとしても、その事前知識があれば大なり小なり悟るというものだ。

 何より、グレイスは前世、聞くな悟れ、がデフォルトの国、日本で生きていたのだし、悟りスキルは高いほうである。


(その観点からいくと、確かにターナー家は適任よね……)


 なんせ、万年金欠。貧乏極まりない。商家の人間のほうがもっといい暮らしをしている。

 その上どの派閥にも属していない弱小貴族だ。なので派閥の筆頭家門からちょっかいをかけられることもない。

 なるほど。確かにグレイスは、この上なく適任だ。


「それに、わたしの会話を冷静に聞いてくださることも大変好ましいです。これは体質なので仕方ないのですが……周囲の方はどうしても、わたしと話をするとそれを必要以上に解釈してしまうようなので……」


(知っています……)


 小説の中でも重要な設定の一つなので。


 それは皇族の血に由来することらしいが、皇族血統というのは体質的に人に好かれやすいらしい。いわばフェロモンのようなものを発している、と書いてあった。

 リアムは力が強いせいかそれが特に強く、なのでどんなに息をひそめていても周囲の人間が彼を表舞台に立たせようとしてしまうのだ。

 それが好意からくるものなのだから、有難迷惑ここに極まれり、だ。


(そして小説内の私も、そのフェロモンにやられた人間の一人ですよ!!!)


 しかしこうして話をしていても、リアムの言葉すべてを好意的に捉えられないので、安心した。

 きっと恐らく、前世の記憶を思い出したおかげなのだろう。魔術が使えなくなったのは痛いが、弱小貴族令嬢が運命から逃れるための代償と考えれば、当たり前かもしれない。


 そう一人で胸を撫で下ろしていると、リアムは首を傾げた。


「というわけで、いかがでしょうか」

「……いかが、というのは……結婚のことでしょうか……」

「はい」


 答えは決まっている。もちろん「いいえ」だ。

 が、それを言う前に、リアムは微笑みと共に告げた。


「わたしと結婚をすれば、グレイス嬢の体質を治すための援助をお約束します」

「……それ、は、」

「また、ご家族が不自由なく生活できるよう、金銭援助もしましょう」

「っ、」

「他にも希望があるのであれば、わたしにできることをします」


(それって……なんでもするって言っているようなものなんだけど……)


 リアムは、兄である皇帝から土地をもらっている。その上、皇帝がこっそりリアム名義の鉱山も用意しているので、潤沢な資金があるのだ。

 リアムは必要以上の贅沢はしないので、そのほとんどを領民や慈善活動のために使っているが、それでもあまりある資金だったはず。


 グレイスは、贅沢には興味がない。しかしそれでも、この体質と付き合っていく上でやってみたいことはあって。

 そのためには、お金が必要になる。そして、人脈や権力も。

 そしてそれは、ターナー家にいただけでは絶対に手に入らないものだ。


 それもあり思わず固まっていると、リアムが首を傾げた。


「ですが、これを受け入れていただけないというのであれば……わたしも公爵ですので、あなたの体質のことを陛下に報告しなければならないでしょう」

「ッ! やめて!」

「……申し訳ありません。わたしにも立場というものがありますから、いたしかねます」


(柔らかい言い方しているつもりだろうけど、それって脅しだからね……)


 つまり、グレイスに選択権はないのだ。


(やっぱり、絶対にへし折れない回収確定フラグじゃない!!!)


 グレイスは、内心絶叫した。

 同時に、前世で考察をしていたあのアカウントの存在を思い出し、歯ぎしりする。


(あの考察サイトに書かれていた通り……リアムがグレイス()を求めた理由って、政治的なものじゃない!)


 もし叶うのであれば、今からでもあの考察を一から十まで舐めるように見たい。

 しかしそれは、叶わない願いだった。

 だが素直に頷くのが悔しくて、最後の悪あがきも兼ねて言葉を絞り出す。


「……分かり、ました。そのお話、お受けいたします」

「ご快諾いただけて嬉しいです」

「ですが。これだけは言わせていただきます」


 キッと。グレイスはリアムを睨みつけた。


「私が、あなたを好きになることは絶対にありません。あなたが、私を好きになることが絶対にないように」


 これが小説の内容通りに進むのであれば、それは絶対だ。リアムがグレイスを愛することはない。


(なら私だって、愛してやるもんか!)


 そういった決意を込めた言葉だったのだが、リアムは不思議そうな顔をするだけで特に効いていないようだった。

 むしろ、予想外のことを言い出す。


「それはつまり、わたしがあなたを好きになれば、あなたもわたしを好きになってくださる、ということでしょうか」

「それ、はっ!」

「でしたら、可能性はあるということですね。だってわたしは今、あなたのことがとても気になっていますから」

「……は、い?………………はいッ⁉」

「あなたにも同じものを返していただけるよう、努力しますね」


(はい?……………………は、い……?)


 婚約する時期も含めて、既に小説の内容とは変わってきている気がするのだが、これは一体全体どういうことなのだろうか。


 神様、どうか教えてください。


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