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4.公式設定に物申したい

 再来週のとある夜。

 グレイスは予定通り、今季最後に出席する宮廷の夜会に参加していた。

 これが終われば、グレイスを含めたターナー家は自領に引っ込む予定だ。


 社交界というのは基本、夏と冬の二季に開かれるものだ。期間は大体三か月ほどで、夏の社交界のほうが社交界デビューが開催されることもあり重要だとされている。

 参加する期間は各々自由だが、お金もあり高位の貴族たちは大抵、期間いっぱいまでいるのが当たり前だった。それが、自身の家格を見せつけるための術だからだ。


 もちろん、ターナー家にそんな、金銭的な余裕はない。

 しかしそれでもこうして時間を取っているのは、グレイスに友人関係を構築して欲しいから。そしてケネスお兄様にも、友人たちと交流する機会を持って欲しいからだ。


 特に貴族令嬢は、爵位が高いか魔力量が高くない限り、魔術学園に通う機会を与えられない。最優先されるのは家を継ぐ長男だからだ。

 なのでターナー家も、ケネスお兄様は魔術学園に通ったが、グレイスは自領にある教会で魔術の使い方を習った。魔力というのは、このブランシェット帝国で崇められている夫婦神の片割れ・母神が生み出したものだからだ。

 なので教会では、基礎的な魔術知識を習える集会が定期的に開かれている。


(孤児でも才能さえあれば、教会の支援を受けて魔術学園に通えるのよね~)


 そういった経緯で魔術学園に入学し、才能を開花させ。そして飛び級をし、弱冠十六歳で卒業。宮廷魔術師として働き王太子と恋に落ち、このブランシェット帝国の闇に切り込んでいくのが、『亡国の聖花』のヒロイン、アリアだ。


(となると、ヒロインは今、十歳か……え、十歳のアリア? 会いたい)


 その歳となると、ちょうど教会に保護されているはずだ。くだんの教会に行けばその姿を見ることが叶うの のでは? というファン心理がこみ上げてくる。


 もちろん、そんな危険極まりないことはしない。これはあくまで現実逃避なのだ。


(一分一秒でも早く、この夜会が終わって欲しい……)


 そう、グレイスは端の端で壁とカーテンに同化しながら思った。

 何故こんなところにいるのかというと、リアムの気配を感じたからだ。なので先にあいさつだけして、話しかけられる前に脱兎のごとく逃げ、こうして息をひそめているというわけである。


(本当に無理……絶対に無理……)


 最初のうちはただの勘違い、思い過ごしかと思っていたが、リアムは明らかにグレイスを特別視していた。というのも、どんな会場にいても一番初めに話しかけてこようとするのだ。


 そう、敢えて、だ。敢えてくるのだ。

 それをされて、自意識過剰では? というような人間がいるなら見てみたいものだ。


 現に、数回参加した茶会では令嬢たちからの尋問を受けている。

 そのたびに何もないと言い続けてはいるが、これ以上は厳しくなってきた。


 だからグレイスは一刻も早く、この夜会の終わりを願っているのだ。


(体調不良でもないのに、弱小貴族が早々に帰れるわけがないわ……せめてもう少しいないと、今でさえ目立っているのにさらに目立ってしまう……)


 小心者が過ぎるが、しかし事実弱小貴族なのだ。悪目立ちをすると、友人すら消えてしまう。グレイス個人としてはぼっちでも構わないが、両親のことを考えるともう少し社交性を獲得したいところだ。


 そう思っていたのだが。


 遠くにいるはずのリアムと目が合ったような気がして、グレイスはぞわりと背筋を震わせた。


(え、待って? この距離で、気づい、た……?)


 いやいやそんなことはない、落ち着け。

 そう自分に言い聞かせたが、リアムはどうしてか会話を引き上げて確かにこちらへ向かってくる。


 グレイスは内心、絶叫した。

 そして身を隠せそうな場所を探し、人の間をすり抜ける。


(どこかいい場所……そ、そうだ、小説内でアリアが皇太子殿下との密会場所に使っていた、二階のテラス! あそこならもしかしたら……!)


 リアムが今いる場所から二階の様子は角度的に分からないこともあり、恐らくそこが一番身を隠す場所にはいいだろう。

 グレイスは、気配を殺しながらも二階へ続く階段を全力で上った。


 一応テラスを一度確認してみたが、場所があまり目立たないこともあり先客はいないようだ。これ幸いと、グレイスはテラスに出た。

 夏のからっとした涼しい風が頬を撫で、グレイスは手すりに手を置きながら詰めていた息を吐き出した。


(さすが、小説内で主人公カップルの密会場所にされていたところだわ……人がいかにもこなそう)


 あとは、リアムがこないことを神様に祈るばかりだ。

 まあこんなところまで、わざわざグレイスを追ってくるわけはないが。

 ないが!


「グレイス嬢」


 そう、高をくくっていたのがいけなかったのだろうか。幻聴が聞こえてきた。

 思わずびくつきそのまま動けないでいると、死刑宣告のようにこつりこつりと、靴音が響いてくる。


 グレイスが振り返るのと、リアムが歩みを止めるのはほぼ同じタイミングだった。

 彼は夜闇の中でも分かるほど神々しい笑みを浮かべたまま、首を傾げる。


「グレイス嬢。あなたは何故、わたしのことをこんなにも避け続けるのですか?」


(それは……ラスボス予定のあなたから逃げて、自分の死亡フラグをへし折るためですよーーー!!!)


 内心そう叫んでしまったが、まさかこれをそのままリアムに伝えるわけにはいかない。

 なのでグレイスは、俯いた。


「そ、それはその……大変恐れ多いからと申しますか……た、他意はないのです。もしお気に障ったのであれば、申し訳ございません」


 そう言い、ドレスの裾を掴んで頭を下げる。実際、恐れ多くはあるのだ。それに、グレイスの場合死亡フラグがついてくるだけで。

 なので嘘は決してついていない。何故ここまで用心深くしているかというと、リアムはその観察力をもって嘘さえ見抜ける、という公式設定があるからだ。


(ほんと、設定盛りすぎなのもどうかと思うわ!)


 内心そう毒づくと、リアムが顎に手を当てた。


「そうでしたか。それは大変申し訳ありませんでした」

「え、あ、クレスウェル公爵閣下が謝られることでは……」

「いえ、そのような女性を追い立てるようなことをしてしまったのは事実ですから」


 そう言い、リアムは姿勢を正す。


「ですがグレイス嬢。わたしはあなたと少し話がしたかっただけなのです」

「……と申しますと、なんでしょう……?」

「はい。わたしは、あなたに求婚を申し入れたかったのです」


(…………は?)


 グレイスの思考が、とうとう停止した。


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