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2.強制出会いフラグが立つとか聞いてない

 そうしてあっという間に時が経ち、社交界デビュー当日になった。

 本日の夜、若い貴族令息令嬢たちのためのパーティーが開催される。

 朝からミラベルお母様と唯一のメイドの手によってドレスアップされたグレイスは、すでに疲労困憊気味だ。


(パーティーへ向かう前から死にそうなの、どういうことよ……)


 世のご令嬢方に、一体どれだけ体力があるのか。

 それとも、魔術のおかげで疲れ知らずなのだろうか。

 どれでも構わないが、できることならばそれを分けて欲しいとグレイスは思う。


 しかしミラベルお母様は美しく飾り付けられたグレイスを見ると、その柔和な顔をさらに緩めて喜んだ。


「グレイスちゃん、とっても綺麗よ!」

「……ありがとう、お母様。お母様が選んでくれたおかげだわ」

「ふふ。このレモンイエローとミントグリーンのサマードレスは、グレイスちゃんに似合うと思ったのよね。……本当に綺麗よ、グレイスちゃん」


 ミラベルお母様はそう言って、噛み締めるように微笑む。そこには娘に対しての確かな情が溢れていて、こそばゆい。


(前世の私は、あまり愛されてるとは言えなかったから……)


 前世は両親共々、様々な理由で家庭を顧みず、家を空けていることが多かった。必然的に食事はスーパーの惣菜や弁当、外食になり、家族が揃う機会などほとんどなかったように思う。

 だからか。今世の両親はとても愛情深くて、なんとなく眩しい。前世よりも貧しく、食事を工夫したり金銭のやりくりをすることが多い生活だったが、それでも両親は愛をめいっぱい注いでくれた。

 それは、今着ているドレスからも分かる。これは、グレイスが生まれたときからコツコツと貯めたお金で作られたものなのだ。


 だから、前世の記憶を思い出してよかったとも思う。そのおかげで恋にうつつを抜かすことなく、破滅することなく、家族を大切にできそうだから。

 胸の内側に浮かび上がった哀愁を振り払う意味で、グレイスは笑った。


「でもどうせならお母様みたいな、綺麗な金髪がよかったわ」

「またそんなこと言って。赤毛だって素敵な色よ? あなたのお父様の色なんだから。わたしの大好きな色だわ」

「……ふふ。そうよね、ありがとう、お母様。私も、お母様とお父様が大好きよ」


 自分への決意を固める意味でそう言えば、ミラベルお母様はグレイスと同じ青色をした瞳をやわらかく細めて「わたしもよ、グレイスちゃん」と言ってくれた。









 宮廷は、グレイスが考えていたよりもずっと華やかで煌びやかで荘厳だった。

 そびえ立つ白亜の城は大きく、馬車で進んだ道は舗装されており、整えられた庭には初夏が見頃の美しい花々が咲き乱れている。


(季節によって花を植え替えるって小説内で語ってたけど……この広さの庭を変えるの、本当に大変そう……)


 庭師をたくさん雇っている理由も頷ける広さと手間だ。爵位こそあるが中身が小庶民なので、馬車の中で変なところで感心してしまった。

 そうやって窓から外を見つめていたら、同席者であり今回のパートナーでもあるケネスお兄様が声をかけてくる。


「ほらグレイス。行くぞ」

「あ、うん」

「馬車から降りるときに、転けるなよ」

「……子ども扱いしないで」


 と言いつつ、グレイスは差し出された手を取る。

 ケネスお兄様は、父親似なグレイスと違い母親に似たため、明るい金髪に青目をした青年だ。グレイスより歳は二つ上で、すでに社交界デビューは終えている。

 社交界デビューの際は、社交界デビュー済みの近親者か婚約者が同伴するのが決まりなので、今回付き添ってくれたのだ。


 父親が同伴者というのもなくはないが、年頃の貴族令嬢たちの間では古臭い……つまり、ダサいことだとされている。その気持ちは分からなくない。

 なのでグレイスも無難に、兄が同伴者になってくれたというわけだ。


 ケネスお兄様にエスコートされながら、グレイスは周囲を注意深く観察する。


(ひとまず……会場に入る前に出会う、なんていうことにはならなそうね)


 そんな出会いイベントのようなものは、物語のヒロインに起こればいいのだ。グレイスには必要ない。

 そう内心毒づいたが、直ぐにそれどころではなくなった。

 大広間のあまりにきらびやかさと人の多さに、緊張感がこみ上げてくる。


 それに、誰も彼も美しく着飾っていて、生き生きと輝いている。

 これからの未来に希望を持っている顔だった。


(生き残るために必死な私とは、別世界すぎるわ……)


 特に令嬢たちは、社交界に出ることで嫁ぎ先を決める、という使命がある。それもあり、現段階でメラメラと燃えている少女たちが数人見受けられた。

 絶対にリアムに近づかない、と真逆のことを考えているグレイスとは大違いだ。


 色々な意味で虚しい気持ちになる。しかし当初の目的を忘れてはならない、と我に返った。すると、ケネスお兄様が首を傾げる。


「グレイス。どうかしたか?」

「どうもしません、お兄様」

「……いやでも、顔色が悪いぞ?」

「気のせいです、お兄様」


 今はそれどころではないので、話しかけないで欲しい。


(そう、今はリアム・クレスウェルを探さないといけないのよ……!)


 敵の場所を先に把握しておかなければ、上手に逃げることが出来ない。

 だからグレイスは、リアムの居場所を注意深く探す。


 リアムの居場所は、さほど苦労せず探し出すことが出来た。

 令嬢たちの視線を一身に集めていたからだ。


 しかし視線を集めているだけで近づく令嬢たちがいないのは、まだパーティーが始まっていないからだろうか。その分、リアムの姿をはっきりととらえることができた。


 その姿を見て、グレイスは思わず息を吞む。

 そこには、神が作ったと言っても過言ではないくらいの美しさを持つ男性がいたからだ。


 まず目についたのは、その瞳だった。

 紫水晶(アメシスト)を思わせる深い紫色の瞳は、皇族だけが持つとされる特別なものだ。同時に独特の色気を感じ、自然と目が吸い寄せられる。

 その瞳を縁取るのは、髪と同じ白銀のまつげだ。

 顔立ちもどこか中性的でありながら、しかし女性らしい曲線は少なくすらりとしていて、それがより造形美を生み出していた。

 長く伸ばした白銀の髪は、空色のリボンで一つにまとめられている。

 身にまとうのは、純白の礼装だ。その上から左肩にぶら下げる形で群青色の外套を羽織っている。全体的にすらりとした体格は完璧な造形をしていて、美しかった。

 こんな二十四歳、果たしているのだろうか。いや、いないと断言する。


 何もかも完璧な姿に、グレイスはぐっと唇を嚙み締める。


(な、生リアム・クレスウェル……イケメンすぎる……!)


 表紙や挿絵ですら、その姿を見るたびに悶えていたのに、それを肉眼で確認できるなんて誰が思うだろうか。

 これでも一応、小説を長年リアルタイムで追い続けたファンなのだ。そして、一押しキャラはリアムだった。

 つまり、顔だけなら好みも好み。……いや、認めよう。大好きです、と。


 今この場に人がいなかったら、床に手をついて悶えていただろう。

 その上、微笑みをたたえ、誰にでも分け隔てなく優しくするその姿は、まさしく聖人だ。同じ人間とは思えない。


(……いや、待ちなさいグレイス・ターナー。見た目に騙されてどうする……!)


 この男は、グレイスの恋心を利用した挙句、悪事に協力させたラスボスなのだ。恋などすれば、破滅どころか奈落へ一直線ルート。気をしっかり保たねば。


 幸いというべきか、リアムに熱のこもった視線を向けているのはグレイスだけではない。というより、会場内のほぼ全員が何かしらの好意的な視線をリアムに向けていた。

 それは、グレイスの兄もだ。


「相変わらず、クレスウェル卿は見目麗しいな……」


 そうぼそっと呟いたケネスお兄様に、グレイスは胡乱な眼差しを向けた。


「……お兄様は、クレスウェル公爵閣下のことがお好きなの?」

「ば……人として尊敬しているだけだっ」

「へえ~」

「……お前がどう勘違いしているか知らないが、クレスウェル卿は本当に偉大な方だぞ。僕のような弱小貴族の後継者にも分け隔てなく話しかけてくれるし、色々とアドバイスをしてもくださるからな。そのおかげで、ターナー家の財務状況も少しはどうにかなりそうなんだぞ? 尊敬もそうだが、感謝するだろう」


 それを聞いたグレイスは、ぴしりと固まった。


「……お兄様は、クレスウェル公爵閣下と面識があるの?」

「ああ。まあ僕だけじゃないがな」

「そ、そう……」

「だから、陛下からの開会の挨拶が終わったら、初めに挨拶をしに行くぞ」

「え」

「……当たり前だろう。それともお前は、この兄を恩知らずにしたいのか?」

「い、いえ……いえ……」


 そんなことは断じてないが、だがしかし。


(フ、フラグが……出会いフラグが立ってしまうわ……)


 避けられなさそうな展開に、グレイスは内心涙を流したのだった。

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